9月13日(金) 広島市中区加古町にある広島文化学園HBGホールで「広島交響楽団第393回定期演奏会」を聴く。

広島市中区加古町にある広島文化学園HBGホールで「広島交響楽団第393回定期演奏会」を聴く。


指揮:下野竜也

ピアノ:清水和音

コンサートマスター:佐久間聡一


ショパン:ピアノ協奏曲第1番 ホ短調

アンコール

ラフマニノフ:ヴォカリーズ

矢代秋雄:交響曲

アンコール

プーランク:平和のためにお祈り下さい


好みの作曲家があり、ハイドンをほとんど聴かないようにショパンも好んで聴いたことはなかったが、最近は2つのピアノ協奏曲に関心を寄せていた。持っているのがクリスティアン・ツィマーマンとカルロ・マリア・ジュリーニので、どちらの曲が1番か2番か区別のついていなかったのも、分かるようになっていた。


清水和音さんの演奏で第1番が聴ける機会を得られ、楽しみにしていたので仕事終わりの演奏会前の時間に、第2楽章まで聴いて川岸で食事をとっていたが、どうも分からなかった。音楽が鳴っていても響いてこず、枯れ木に水を与えても効果のないように、吸収することなく流れ去ってしまうようで、せっかく試験開始前の勉強のようにして少しでも違いを味わえたらと思ったが、意味はなさそうだった。


約1ヶ月ぶりの演奏会だろうか、その期間に生の音楽を聴いていなかったからか、ピアノが入る前の短くないオーケストラの音色を聴きながら、やはり先程まで聴いていたのは効果がなく、違いを聞き分ける耳と経験がそもそもなく、なんだか弦の響きが厚く聴こえると考えながら、リズムもテンポも模範的という印象を受けたのは、ジュレックを飲んで、これがジュレックと思うように、細かいニュアンスが聴こえていないのだろうと思った。


そんな自分でも、清水和音さんの音色は響いてきた。当然のように磨き上げられた技巧を前提としているも、つかみどころがなく思えた。それは印象として音の粒がぼやけているのではなく、その表現の玄奥が自分では届きそうもなかった。力の抜けた繊細なタッチと思えるも、力を抜くのとは異なったようにも見えて、澄み切った音色からは、古典派のピアノのような純粋な音楽性に聴こえるも、それはおそらく間違いのような気がして、瞑想的で、個人的な情感は表立っていないようにも思えるが、それもただ単に、自分が味わえていないだけのようだった。ロマン派の装飾はまとっておらず、かといって日本的な枯淡な素朴さでもなく、あくまでも清水和音さんのピアノの音色による整然とした姿で、内に秘める物の大きさだけがわからずに聴こえていた。


ピアノのパートからオーケストラへ移行するエネルギーの推移をまざまざと感じて、下野さんと清水さんのバランスの優れた演奏だと思った。耳からだけの音楽には反応しない感受性の乏しい状態であっても、生の音楽はわからないながらも、確かな手応えを感じさせてくれた。


アンコールのヴォカリーズは、耳触りのよいメロディーにピアノの音色は大きく変化していた。清水さんの手の動き以外はすべての視界がぼやけて、ショパンよりもはるかに情緒を感じやすい艶のある音色で、たやすく心は揺さぶられた。


矢代秋雄さんの曲は、ショパンとはえらく異なった弦の繊細な響きから耳に入った。現代音楽と説明はあったが、細川俊夫さんと同じ範疇に入るような“現代音楽”ではなかった。初めて聴いた曲に、作曲家の個性を見つけられるほどの鋭さのない者は、経験を符合してしまう。パリに留学していたのでフランスのエッセンスを持っていると思いきや、感じるのは、第1楽章にメシアンの輝きはあるも、ストラヴィンスキーの乱暴ともいえるリズムと打ち鳴らされる打楽器、プロコフィエフの諧謔的高低差のあるメロディーに、なによりもショスタコーヴィチらしき木管楽器のさまよいと金管楽器の吠えがあり、ロシアの古い現代音楽を感じるばかりだった。曲調から当時の時代を感じつつ、凶暴に膨れ上がって曲は終わり、若々しい野心のある昔の日本人作曲家から、たしかに古い日本映画と同じ香りと力を味わった。


アンコールの、オーケストラ版のメシアンの歌曲は、前期のMETライブヴューイングで最も印象の残った「カルメル派修道女の対話」を想起させるフレーズがあり、それだけで荘厳な気持ちに沈んでしまった。


ポーランドではどんなことがあったのだろうか。久しぶりの広響を舞台に見つつ、楽しい下野さんのお話を聞き、“おかえりなさい”という言葉がどうしても浮かんでしまう。いまだ聴いたことのない曲をプログラムに組み、新たな発見と刺激を与えてくれる取り組みに期待しつつ、もっと色々な音楽を実際の音として体験して、より細かい味わいを持てるようになりたいと、素直に思ってしまった演奏会だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る