9月14日(土) 広島市東区東蟹屋町にある東区民文化センタースタジオ2で地域新進演劇人育成事業クリエイティブ・レジデンス2019「『鉄輪』そして、消えない火の物語」を観る。

広島市東区東蟹屋町にある東区民文化センタースタジオ2で地域新進演劇人育成事業クリエイティブ・レジデンス2019「『鉄輪』そして、消えない火の物語」を観る。


三重制作「鉄輪」

原作:郡虎彦

構成・演出・美術・照明・音響:鳴海康平

出演:三浦真樹、宮地綾、長澤拓真


広島制作「埋み火」

原作:郡虎彦

翻案・演出・音響:藤井友紀

照明:佐々木正和

出演:阪本麻紀、木母千尋、坂田光平


演劇を観るのが2回目となったのは、広島で初めて観た鳴海康平さんの第七劇場による「人形の家」で、これこそが演劇は面白いとのめり込ませる決定的な経験となった。それは、たまたま町田市役所で10円にて購入したドストエフスキーの「罪と罰」と似た布石となっていて、「意外に良いじゃないか」ではなく、「こんなに面白いのか」と爽快な地平線が開ける新しい境地を見つける感動だ。


一年半くらい前の山小屋シアターでのチェーホフも記憶に残っている鳴海さんが演出するというので、今日の劇を観に来た。「鉄輪」と「埋み火」の2作品を合わせても約1時間という長くない舞台で、ショートフィルムの2本立てのように、それぞれが異なった持ち味でとても密度の濃い芝居となっていた。


「鉄輪」は、スケッチのように描き出された印象を受けた。装置はなく、小道具は木の椅子が4脚あるのみで、黒い床の長方形の舞台で3人の登場人物が交差していく。余分な要素はなく、昔の日本人作曲家を想起させるクラシック音楽と歪なノイズのような曲の2つと、照明は、2色だろうか、明かりと、赤の強烈なコントラストになっている。静けさと激動が繰り返されて、陰陽師がメフィストフェレスのような役回りで事の結末を知ったように音楽に乗せて台詞を唱え、執拗な追いかけっこが激しい椅子の倒れる音と共に続いてから、怨念の体現となる組み合わされた両の手の振り下ろしとなる。


軽い筆致で描いたような作品だからこそ、その単純に見える線が形態の真実を象り、鼎談するごとく無駄のない芝居が回される。少ない描線が凄まじい女の呪いを声と顔に映し出し、陰陽師が面白がるように鬼火を踊らせてこの情事を煽り立てるようだ。


暴力的な椅子の音、照明の加減に潜む目の光と顔の陰影、音楽に合わせて語られる呪文のような抑揚を持った台詞、どの役者も調和して、聴きやすい三重奏みたいだ。その分だけ、舞台空間は仕組まれた構造がむき出しになって、颯爽としながらも、どろどろした世界を現像させていた。


藤井友紀さんによる「埋み火」は、「鉄輪」に比べると不安定な要素を持っており、より生身の登場人物を感じさせる。卓越した腕前の素描ではなく、迷いのある色と線があり、それがかえって登場人物への親しみやすい情感を生んでいた。「鉄輪」は機械やある種のシステムに近い作品で、機能性に富んだ有機的な戦いとなっているが、「埋み火」は生きた女性がより主役となり、甘ったるさや俗っ気を持ち、登場する男性は深刻さに欠けている。煮え切らない男らしさが表れていて、「鉄輪」に登場する女性が打ちつけるほどの対象としての価値は持たないので、二人の女性の存在感はより鮮明となって両立する。それは、昔から女性という存在は強いのだが、制限されることで立場を低くされていた抑圧が弱まり、より開放的に力を発揮できるようになった現代の一面的な女性像を見るようで、臆面なく心情を吐露できる環境においては、あまりにも男性は弱々しい。釘で打ちつけたくなるどぎつい情動ではなく、我慢に我慢を重ねた女性の震える心は、「鉄輪」に比べれば回りくどいと思える現代の細やかな機微に揺れていて、抱きつかれたら即座に裸へと剥かれるのではなく、抱き合ったまま何かを確かめるように止まることを喜ぶのだろう。


特色の異なる2作品は、広くない舞台で分かりやすく違った世界を見せてくれるから、この企画はとても良い試みとして、観る側からすると嬉しい限りだ。


「人形の家」にも登場していた二人の役者さんに、昔の役柄を思い出し、改めて観るととても良い演技だと確認することができた。特に木母さんは、声も表情も、体の位置も、圧倒的な存在感を示していた。狂気と儚さに、人生に疲れ切ったような低い声がまじり、水を浴びた姿が可愛そうで、綺麗にほころびていた。


そして宮地綾さんに、チェーホフの「熊」の姿も思い出した。快活な女性が汗に光る表情と声音で餅つくのをひっくり返したように、憤怒と血に蝕まれた嫉妬を意気に相手の肉をこねくりまわすようで、殺人現場の凄惨な実行力をそのまま観るようだった。


短い時間の良い芝居で、アフタートークの素顔と解説に、もっと話を聞いていたかった。

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