8月3日(土) 広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで蔵原惟繕監督の「愛と死の記録」を観る。

広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで蔵原惟繕監督の「愛と死の記録」を観る。


1966年(昭和41年) 日活 92分 白黒 35mm


監督:蔵原惟繕

脚本:大橋喜一、小林吉男

撮影:姫田真佐久

音楽:黛敏郎

出演:吉永小百合、渡哲也、芦川いづみ、浜川智子、中尾彬、垂水悟郎


冒頭を観られなかったのがとても残念に思えるほど、渡哲也さん演じる余命が決まっていたような被爆青年と、未来のない恋愛であっても一途に彼を愛し続ける吉永小百合さん演じる若い女性との関係が、常に切羽詰まった剥き身の抱き合いによって胸を打ち続けた。


幸いだったのは、途中入場からでも、吉永さん演じる女性がチャイコフスキーの交響曲第6番が好きと笑いながら渡さんに話すシーンを逃さなかったことで、後々に悲痛なメッセージとして役割を果たす陶磁器のバンビ人形の意味などは冒頭に隠されていただろうが、映画のフィナーレを確然と予告する楽曲が前置きになければ、第4楽章について自殺という感想の言葉がはめられたシーンへの疑いは弱かっただろう。


昨日観た作品に比べると、カメラワークや演出は一段と熱意があり、雨の中のバイクシーンなどは、すっ転んでしまうのではと心配するほどで、雨に打たれながら走る二人の顔を下からの斜めのアングルでズームインするカットはお互いの思いで離れがたい未来を結束するようで、前半から劇的なほど、魂から手が伸ばされたような包容を繰り返す二人は、幸福を前半に無理に詰め込まれ、短い生涯を終える姿が鮮やかに先取りされている。


モノクロ画面の中での向かい合いで、広島の川と橋の名が並べられ、広島に住む自分に豊富な情報を与えてくれる。ただそれは今現在の広島のイメージとしてのことで、この映画の中では、バラック小屋が川沿いに敷き詰められていて、その隙間の道は土のままで、洗濯物がそこらじゅうに干され、夜となると開けっぴろげの窓を風が気持ち良さそうに通り、蚊の量も相当だと思わせる、昔の広島の原風景を持つ言葉として固有名詞は使われる。


そして、この作品で卓越した効果を与えているのが音楽で、各シーンにぴたりと、無駄なく各楽器の音が張り付いていて、静かに響くマリンバの音色や、現代音楽らしい扇動的な弦の音に、高らかな感情を示すフルートや、低音で響くクラリネットなど、この音楽は演奏会での情景をたやすく浮かべることができるほどの作品にあり、とても面白いと思っていたら、黛敏郎さんが担当していた。


見応えのあるショットはいくらでもあり、「東京流れ者」での気取った渡さんよりも、青年らしい性格を全面に出して、むしろ女性のような細やかで一筋縄ではいかない人物像を描きだしており、顔をくしゃくしゃに痛がる表情は人間の弱さを情けなく露呈していて、臨終の時は見事なあっけなさを演じきっている。


しかし、最も素晴らしいのは吉永小百合さんの演技で、この人は市川崑監督の「細雪」の印象があまりにも強く残っていたので、若々しい姿で無邪気に恋を謳歌するおしゃべりな表情に驚き、さすが女優さんだと思っていたら、その後の演技でも存在感が出されていた。激しく、前面的に何かが出るのではなく、静かにしていながら、奥にあるものの強さを感じさせる鋭さがあり、それは、臨終前に苦しむ渡さんを置いて病院から抜け出す前に、じっくりと息を潜めて観察するのだが、その時の目が凄く、その表情の奥にあるものの深さと広さを観衆に見せるようでいて、決して見せないようでもあり、人を愛することに覚悟を決めた女性の、恐ろしいまでの度胸の気強さが獲物を見守るようでもあった。


原爆の影響で余命が見定められた人物に対しての、合理に基づく諦観的な愛の行動か、それとも献身的な愛か、自分の倫理観で他人に助言を与えるならそれらしい方を選べるが、いざ自分の身となると、火事場での咄嗟の行動のように本性がでるのだろう。


この映画は原爆の影響による悲劇の一例を色濃く描きだすことで、数多くの人が、振り落とされた放射能からの死の宣告により、得られたであろう数多の愛を失わせた事実を川に浮かぶ灯籠よりも多く物語っている。

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