2月22日(金) 劇団青年座第二百七回公演、マキノノゾミ作、宮田慶子演出「横濱短編ホテル」劇団青年座上演台本を読む。

劇団青年座第二百七回公演、マキノノゾミ作、宮田慶子演出「横濱短編ホテル」劇団青年座上演台本を読む。


市民劇場の集会に出席して、担当する例会の台本を借りることができたので、全部読んだ。


この台本の構成、登場人物の役割、配置、物語の舞台、その推移、セリフ、久しぶりに一冊の本を一度に読み切ったことで色々と感じるところがあった。


しかし内容よりも、自身の体験が最も浮かび上がってきた。普段は音楽が家のあちらこちらで流れ、雑音が好きというわけではないが、眠っている時もラジオ局を2つ流すという行為をするような暮らしの中で、長い無音が続いた。


それは外からの無音ということで、自身からは長々と音が発せられていた。朗読が好きだから、少し手間はかかるも、全部声に出して内容をつかもうとした。どんな文章も振動という形に表すと味わいが変わってくる。特に詩や戯曲となると、音の響きがより効果を発揮する。


時間を忘れて読みふけったわけではないが、静かな夜の時間の中で、文章が生み出す世界に入り込み、流れて、終わると、やけに静けさが意識に響くものだ。映画や音楽とは違う、静の中の動が止まり、空気が目を覚ますようにだ。


この体験は若さがある。少なからず味わったいくつもの夜の時間が思い出されて、にわかに心が沸き立つ。生きているじゃないか。寝不足のうえに重ねられた眠気が立ち、それは冴えとなり、たしかな夜の時間がそこかしこに浮遊して、モーツァルトが毎晩の共とした無の存在が露出している。


歳を重ねたものにとって夜更けは青春の残骸をたやすく拾える。そこから新たな若さを、夢を、思い込みを拾えた気になる。むしろ夜更けに足を踏み入れる行動じたいが、すでに証明しているのではないかと思わせる。


さあがんばろう。こんな言葉はやってられないほどくさいものだ。がんばろうってもういわないで、がんばっているから。そんな他人の言葉も浮かぶ。しかし、自分はこの言葉に頼っている。たしかな力を与えてくれる言葉だからだ。


くしゃみとはなみずで転げ回りそうになる静かな夜の笑いのなかで、手を振って否定するほどの言葉がやはり出てくる。さあがんばろう。そんな言葉に潰されることはない。むしろ潰してくれとせがむほど、この言葉はエネルギーを生み出す。生きるか死ぬか、そんな瀬戸際を問いかけてくれるありがたい言葉が、ガスストーブの燃焼する音だけがある部屋の夜の中で、青い台本から発せられている。


本は本当に良い。水をあげたカラテアの葉が物音を出す。

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