1月25日(金) 広島市中区加古町にあるJMSアステールプラザ大ホールで広島交響楽団の「新ディスカバリー・シリーズ」を聴く。
広島市中区加古町にあるJMSアステールプラザ大ホールで広島交響楽団の「新ディスカバリー・シリーズ」を聴く。
下野竜也によるコンサートトーク
シェーンベルク:ヴァイオリン協奏曲
シューベルト:交響曲第8番ハ長調「ザ・グレート」
アンコール
シューベルト:即興曲(野本洋介編曲)
音楽総監督:下野竜也
管弦楽:広島交響楽団
ヴァイオリン:川久保賜紀
コンサートマスター:佐久間聡一
今日で計8公演、2年間の「新ディスカバリー・シリーズ」は終わる。一歩一歩進んで終わるのは、丁寧に溜められた力が放出されるのを味わえる。
シェーンベルクは、寝不足気味だったせいで、眠気に揺れていた。覚えのない男が横になる夢までみる始末だった。川久保賜紀さんのヴィブラートが柔らかく、それでいて音には芯があり、難曲といわれるこの曲を確かに弾きこなしていた。凛とした振る舞い同様の貫禄のある演奏で、体調を整えずに来たことが悔やまれた。
シューベルトは、壮大な曲だと改めて思い知った。前期、中期の交響曲を聴き進めてきたから、その構造の大きさと緻密さ、やや冗長にも思える生命力に、よくここまで発展したと感慨深かった。
第1楽章からシューベルトを軸にしての「新ディスカバリー・シリーズ」への思い入れが表れていた。いつもはもっと抑制の利いている下野さんの指揮は、この日は各パートの輪郭がやや背伸びするように活力に溢れていた。それは若き下野さんの心の記憶が、おそらく留学中の思いが死に近づいて円熟したと呼ばれてしまう夭逝の作曲家を追憶するようだった。
第2楽章がもっとも研ぎ澄まされた演奏で、木管楽器のアンサンブルには身震いするほどの美しさがあった。板谷由起子さんのオーボエが叙情的で虚ろな魂の歩みをみせるようだった。
ふと、最近ユーチューブで観たミッシェル・ガン・エレファントの幕張での解散ライブのステージ「世界の終わり」を思い出した。力に漲り、潔く果てたバンドの終幕としての劇的なパフォーマンスは、張りつめた悲壮感に満ちていて、気迫と魂がこもっていた。
この日の演奏も、色合いは違えど、エンディングに向かう気迫と熱意がこもって素晴らしく、仮に名演という言葉で形容できるなら、全楽章が完全な形で演奏されたというようなのではなく、ややはみ出す場面があるにしても、それを聴衆に飲み込ませるほどの圧倒的な部分がいくつも散りばめられていた。その形は決まっていないが、感動と根強い記憶を与えるのが名演だろう。
左隣では感涙して鼻をすするもの、右隣ではエアコンの効きすぎた室温に汗を流すもの、真ん中ではあくびも合わせて目が潤っているもの、なんだか湿っぽい公演だった。ただそれは、悲しさよりも、生き生きした、熱のあるものだった。
シューベルトは若くして死ぬが、その魂のかけらである曲には、暗さがあるにしても、美しくはかない青年がいつまでも宿っている。それが発露して閉まった「新ディスカバリー・シリーズ」だ。
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