11月11日(日) 広島市中区八丁堀のサロンシネマでイルディコー・エニェディ監督・脚本の「心と体と」を観た。

中区八丁堀のサロンシネマでイルディコー・エニェディ監督・脚本の「心と体と」を観た。


出演:アレクサンドラ・ボルベーイ、ゲーザ・モルチャーニ、レーカ・テンキ、エルヴィン・ナジ


毎晩同じ夢を見る若い女性と中年男性の恋の物語と言ってしまえばそれで終いだが、食肉用に屠殺される牛から出るおびただしい量の血や、蒼白な女優の凝り固まった表情や、皺に覆われた男の冷めきった目など、食肉処理場には冷酷な気配が漂う。


牛の屠殺シーンは目をそらしたくなる。普段食べている肉がいかに処理されているか、そんな当然で膨大な量の事実の一端を少し知っただけで、間抜けな自分の頭と弱さに気付かされる。


融通の利かない機械のようにルールに厳格で、嘘や言い訳などつけずに直接に言葉を発し、そのままに動揺し、コンピューターの計算処理のように驚異的な記憶力と観察力を発揮して、笑うことはない。


それでもやはり人間で、卑俗と柔軟性を持たないのか、それとも失ったのか判別しない無垢の魂は、夢の一致から愛が自己に生まれるのを覚え、殻を破ろうと痛ましいほど従順に変わろうとする。それがとても愛らしいのだ。


視線の動き、口元の動き、表情の一つ一つに微細な心の味わいがある。食肉処理場という職場を舞台に冷徹な雰囲気は漂い続けるが、劇中に、屠殺という仕事に哀れみを覚えることはあるのかというような質問があるように、冷徹に見えるその裏には、冷え切った優しさがあり、表面的でない分だけ、純真な関心が潜んでいるようにも思える。


風呂場のシーンなどはせつなさに震える。雑音が耳障りで、細かい屑なども拭き取らずにはいられず、持ち物は必要最低限にとどまる女性は、感情が表に出ずに、救いの電話に対して深刻な状態のまま機械的に応答するが、魂は震え続けている。


綺麗で美しい映画だ。汚れとなる冗談など存在しない。真面目がとてもやさしい、純粋な人間の映画だ。

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