7月28日(土) 広島市中区加古町にあるJMSアステールプラザで天辺塔本公演「オイル」を観る。

天辺塔本公演「オイル」を観た。

作:野田秀樹

演出:中村房江


物語が幾分複雑に構成されていると思った。各要素がそれぞれの意味と役割を持ちつつ、まずは現れ、次に変換や置換して、異なった観点から突然姿を変えるも、新たな意味と役割を与えられて戻れば、有機的に結合して発展していくも、それは発展ではなく、回帰しているのだと気付くことになる。


何度もメタファーという言葉が頭を飛び交った。


島根にマホメットがいたという学説には、言葉遊びというレトリックによる空疎な説得力があり、なんとなくそんな学説もあったのではないかと信じさせる力があった。出雲は昔イズラモと呼ばれ、マホメットではなくマホ女という異端者がいたという説に、古事記からの国譲りの神話を絡め、そこに日本を占領するアメリカの姿をまるで影絵のように写し出し、アメリカに敵意を持つイスラムという画一的な現代の社会情勢をも投影し、マホ女から古代の島根の人々に時間の概念を伝えるのは、アメリカの原爆に対する復讐を教えることで、まるでアメリカに対して簡単に怨念を忘れて服従する呑気な日本人の気質に対してのイスラムからの警鐘にもとれてしまうし、アメリカに対するイスラム=アメリカに対する日本という図式がイコールでない理由が、今という概念でしか考えることができず、赤児のように無邪気に笑う古代の島根の人々の姿に投影されていて、実際は歳をとっているのに歳をとっていることを気づけないことは、まるで日本人が痴呆だと呆れているようにも思えてしまう。


複雑に要素が交差していて、その一つ一つが幾つにも連関しているので、多くの釣り人で賑わう防波堤で、釣り糸が幾つにも絡み合って解けない姿こそこの劇であろう。釣り人は、日本、アメリカ、それにイスラムという要素だろう。オイルという言葉が多義的に広がりを見せ、オイルの性質は、石油の成り立ちは、老化するということは、化石の積み重なりはどういうことで、燃えることは何を意味するか。どれもが糸を伸ばして意味を紡いでいる。


二機の飛行機が9月にアメリカへ向けて飛び立つ。日付を勘違いする。2つの勘違いが劇を一気に引き戻す。島根ではない、広島なのだ。ナショナリズムを持てない傀儡の根なしは広島へ行き、国に裏切られて死亡する。


解釈の源泉はいくらでもある。この話は狡猾的とも言えるほど技巧的に構成されている。


しかし主題は一つ、始めも終わりも一緒だ。復讐と嘆きが一致して神への問いかけとなる。肉親を奪われたことが、電話ごしで消滅したことが、この世の不条理に対しての神への訴えになる。これは今もある。つい最近も雨が降って似た出来事があった。しかし、アメリカではない、自然だ。もっと悲痛でやり場がない。


それぞれの役者さんが味を出していて、本当に観ていて好感が持てた。ヤミイチを演じた恵南牧さんのうまいすっとぽげ具合と言葉の抑揚具合は嫌味がなかった。恋塚裕子さんの透き通る声は清涼感のある美しさで、どの演技も本人の心根の良さが滲み出てしまった可愛らしい品位が清潔だった。梅田麻衣さんと福山凛さんのコンビは、スピード感とユーモアがあった。


なにより舟木めぐみさんの幅と奥行きのある演技が魅力的で、落ち着きのある眼に、猪突猛進というか、周りを認識できない無邪気な狂気が出れば、男性の役では反射神経良く様変わりするし、眉をひそめる姿は女性らしく、情操が溢れて崩れる目には、演技でない心が出ているような気がした。


素晴らしい舞台だったから、終わった直後は、極度に感傷的になって、とにかく自分が嫌だった。あんな生き方をしたことがあるだろうか。そんな疑問が浮かび、この素晴らしい舞台を現出させた役者さん達が、とにかく羨ましくなった。


この劇は、復讐が核となる。それがあれだけ複雑な劇にさせる。許しは崇高で、救いにつながる。しかし、許しえないのもまた誰もが理解できる人間の感情なのだ。その強さは絶対的で、恐ろしいまで燃えるから、厄介で、美しさを持っているのだろう。


帰りは本当にやりきれない気持ちで、太田川がせっかちに流れていた。笑いも涙も、自分は経験していないのではないかと疑うばかりで、答えはとうに知っているのだ。

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