5月 広島市中区中島町にある平和記念公園の夜の野外を観る。

夜の野外で時間を過ごせる今の季節は素晴らしい。


平和記念公園は自宅から自転車で三分ほど、ここは緑が多く、ベンチもたくさんあるから、ベンチ活動する場所の一つとして欠かせない公園だ。昼は葉っぱが陽射しを遮り、夜は外灯で字を照らす。広島が好きかと尋ねられれば、引っ越して半年は新鮮だから「もう自然がすばらしくていいところだ」と答えていて、今はというと「自然は素晴らしいけれど、カープファンがぁぁ……」と不満があとについてしまうが、広島市を流れる川、平和大通りの植物達、チケットの安い映像文化ライブラリー、その近くになかなか見ごたえのある常設展示のひろしま美術館、演劇や古典芸能、クラシックコンサートなど幅広い舞台が開かれるアステールプラザ、毎週水曜日に神楽が行われる県民文化センター、など数えればきりがないが、なかでもベンチの多い平和記念公園はとくに自分の生活に密着している。植物を見に、人を見に、暇を見に、とにかくここに来ては満潮に揺蕩う原爆ドームの鏡面を眺めて、三滝の方の山に思いを馳せもする。こんな素晴らしい環境に住めて良かったと思うばかりだ。


今日も夕食後、夜の気温もそれほど下がらないので、原爆ドーム対岸のベンチに行った。ここのベンチの一つは外灯の明かりが強く、本を読むのに適したところなので、とてもすばらしいのだ。目の前には原爆ドームがあり、原爆ドームというアイコンに対しての様様な意見はあり、宗教のように不用意に触れられないものがあるけれど、自分は、やはりこのドームには美しさが備わっていると思う。ライトアップされているのもあるし、そのように整備されているけれど、どうしたって水面に映る原爆ドームは美しいし、朝方、相生橋の手前で澄み切った空気の下に聳える威容は、なんとも言えない美しさがある。過去の惨禍の象徴だけれど、皮肉な美を宿してしまったように思える。


今日はベンチに坐っていると、蛙の鳴き声が聴こえていた。もうそんな季節なのかと思ったが、蛙の鳴き声に季節を感じるようになったのは広島に来てからで、町田では蛙の鳴き声はホタルのように記憶にあるかないかぐらいで、平和の鐘を囲む堀の蛙のうるささにびっくりした。それから蝉と同じ季節の風物として存在感を勝ち得てしまった。


暇だったからどんな鳴き声をしているか聴いていると、大まかに言えば三種類あった。クマゼミのように一定して鳴くのと、アヒルのようにグゥワァァァと二三回震わせて鳴くのと、三音ぐらいの短い音を吸い込むように鳴らすのがあり、この三つ目の音がいたるところで鳴り、音程を含めた鳴り方がそれぞれ違うから、タイミング良く連続して鳴くのを聴くと、まるでショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第二番第三楽章の代わる代わる音が鳴らされるのと同じように聴こえた。


蛙の鳴き声は味があるなぁ、と鐘の近くに座り耳を澄ませる。当然、蛙の鳴き声に注意を傾ける者は他にいない。

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