きゅっきゅちゃん、三十八匹目
「えー、超かわいい。こんなのいたの? ≪たんまつ≫も知ってたら教えてくれりゃいいのにぃ」
「ちゃーん! ちゃーん!」
ムニムニときなこのほっぺをいじりながら言う彼女……ハネズさん。
それにじたばたともがきつつ警戒音を放つきなこ。
触手のような手もだしてぐいぐいハネズさんを押しやろうとしている。
さっきのような圧力は消え失せたので、きなこも遠慮なしに警告音を放っているらしい。
なんだったんだ、さっきの圧は。
なんていうか……、逆らったら……いや、気づかれたら死ぬと思わされる雰囲気だった。
今はみじんもないけど。
と、ユウキが指で俺の肩を叩く。
「ん?」
「改めて紹介しとく。真祖のハネズだ」
「は?」
真祖。
それは、吸血鬼の始祖である……という、種族。
真祖は複数人いて、だいたいは魔術によってそう成った、元人間であるのだが……
「あの人も魔術師なわけ?」
とユウキに尋ねてみたが、答えたのはハネズさんだった。
「ちがうよ? ハネズさんは、この星が生んだ唯一のオリジナルなんだよ」
と、彼女はきなこを床におろしてから会釈する。
星に望まれて生まれた? ……ようわからん。
しかし、ハネズさんが行ったその動きは、貴族のそれを思わせる。なんだっけ、あぁ。
カーテシーだ。
長い白銀の髪に赤い瞳。
黒いロングスカートのスリーピースを纏った体は長身でナイスバディー。
170はあるな。どいつもこいつも羨ましい限りだ。
……見た目は人間と差違はない。果てしなく美形なところ以外は。
あぁ……口を開けば立派な八重歯……吸血鬼っぽーい。
「何考えてるか、わかりやすいね? ハネズさんは血は吸わないよ?」
「あ、そうなの?」
その牙で吸うわけじゃないんだ。残念。
「ん。魔力炉は自前であるしね。ハネズさんが血を吸うともれなく吸血鬼にしちゃうし……」
あぁ、やっぱ真祖が吸血鬼を産むって伝承は本当なのな。
「そういえば、真祖って日光とかどうなのさ」
「んー。ハネズさんは、他の真祖とは訳が違うから。あんまり関係ないかなー。聖水も飲めるよ?」
「ワインは?」
「大 好 物」
まじか。
吸血鬼はもとより、真祖なんて小説でしか知らない存在なのだ。
興味が尽きない。
「銀は……好きそうだね?」
豊満な胸元に揺れる銀細工のネックレスを見て俺は言う。
セイレーンが剣を抱えている、精緻なものだった。高そう。
「武器商人が武器を恐れてどうするのさぁ。心臓を穿たれても全然へーき」
「わお、すげぇ。実質不死かぁ」
俺が言うのもなんだけど。
「ノーライフキングですから。霧にもなれるし蝙蝠にもなれるけど、実体あるから鏡に映るよ。それは神と一緒」
あぁ、吸血鬼は鏡に写らないとか、あったっけ?
「つか、ハネズと俺ら神族の違いってぶっちゃけ権能の有無だけだからなぁ……下手したら並みの神族より出力上だし」
と、きなこを抱えたユウキが割って入る。
きなこはハネズさんから必死に逃げようとばたばたしていた。
かわいいけどかわいそう。保護欲を刺激してくるやつだ……。
「流石に本性のユウキには負けるけどねー」
それにハネズさんがあはは~と朗らかに笑みを返した。
あぁ。なるほど。
俺は不意に納得した。
初対面で感じたあの空気。魂が屈するとはアレのことをいうのか。
で、全力をだしたユウキはあれ以上だ、と。
「……俺の周り化け物ばっか」
ぼつり、と零した声にユウキが苦笑を深めた。
「人間のくせに不老不死なお前が言う言う」
「わぁ、類友だ」
ハネズさんの一言で俺の心がぽっきり折れる音がする。
拝啓、前世の母さん、父さん。
いつの間にか化け物に化け物認定される化け物になってました。
最近心折れる回数が増えてきた気がする。
状況適応が働くので発狂できないところがなんとも……。
たぶん、このままいくと心が折れることもなくなるだろう……スキルのせいで。
嗚呼、人間から離れていくぅ……。
「あー……こんなかわいいショタっ子つれてくるんだったら先いってよぉ。バアルちゃん悔しがるじゃん……」
とハネズさんがいう。
かわいいショタっ子って俺のことですか?
冗談は良子ちゃんだぜ? え? まじ?
まぁ、それはおいといて……
「バアルちゃん?」
「バアル・ゼブル」
答えたのはこれまたユウキ。
つか、バアル・ゼブル様だと?
「……いるんすか」
驚きだ。いるのか。嵐と慈雨の神。
ソロモン72柱の1柱としても数えられるお方だが、俺は神様のバアル様を推したい。いや、ゲームとかではカッコいいけどさぁ、バエル。
悪魔より神のほうがかっけーじゃん。ハエの王? もってのほかです。
つか、ちゃんづけなんて恐れ多い。外津神じゃねーの。
あ、外津神っていうのは、この世界由来ではない、異世界から来た神の総称だ。
「お前、外津神に対して結構博識だよな」
俺の反応に、ユウキが呟く。
そうかなぁ……博識って程でもないと思うんだが……
邪神とか、日本の神様とか、ソロモン72柱とか一般教養だろ。
「ラノベ読み漁るのが趣味だったので?」
「なるほど……」
なんか納得された。
えぇ……一般教養だろ……
しっかし、思った以上に外津神が多いな?
「もしかして、パンドラ由来の神様探す方が楽?」
「そこに気づいてしまったか」
ハネズさんがSAN値チェック? SAN値チェック!? とかハシャいでるけど、なんのことやら……。
お目が高いとユウキに頭を撫でられる。癪。
一瞥を放ってから「何故」と聞いてみた。
問えば応えてくれるこの環境最高。
そしてやっぱりユウキが解説してくれる。
人差し指を立てて、先生っぽいジェスチャー。
うわ。現実でするやつ初めて見たわ。
「ま、割としょうもない話で。パンドラ由来の神様は弱くてな。黎明期に大体死滅してるわけでして」
外津神という名の外来種に根絶されたと言っていい。
とユウキが身もふたもないことを言う。
えぇ……。
「この世界で純粋なパンドラ産神様なんて……字斬童子と……鈴様くらいじゃね? あ、あと女王」
「墓守っちは?」
「アイツ化身じゃん」
ハネズさんの問いに、ユウキが即答で切り捨てる。
が、俺は、ユウキがいった一言に、驚きで思考が停止していた。
心臓も止まりかけたかもしれない。
……化身?
それは、否定してほしい。
そうであってほしくない。
違うと言ってくれ。
祈りにも似た思いで俺は口を開いた。
「……化身って、まさか」
それに。
「……」
ユウキは何も言わずにんまり、と。
人がおおよそしてはいけない笑みを浮かべた。
ああ……
言わなくてもわかる。
答えを言ったも同然だ。
……神様……
この世界、邪神様もおわすんですね……。
「なんでそんな絶望してるの? この子」
「そら、正体見たら発狂すると言われてる存在がこの世界に実在するって知ったから?」
「……ハネズさんやユウキにはなんともないのに?」
「正体だしてないでしょ俺はぁ……」
「出してないんだ?」
「システムの優樹(俺)ですら遠慮して人型とったんだぞやべぇだろ」
「なにそれやばい」
俺が orz よろしく床に手をついている間に勝手に話は進んでいく。
まぁ、雑談っぽいからいいか。
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