きゅっきゅちゃん、十四匹目


 長旅だった。

 バスを降りた頃にはもうお昼は過ぎていて……

「どっちかと言えばおやつだな……」

「お腹すきましたねぇ……なに食べます?」

 と澪夢が歩いていく。

 後ろを大人しく追っかけつつ俺は何が食べたいか考える。

 どうでも良い話ではあるのだが、俺はあまり「なんでもいい」と言いたくない。

 聞かれたら何かしらはっきりとした答えを用意する主義なのである。

 ……が、正直……腹減りすぎてるから、いまならなんでも美味しく食べれるなぁ……。

「澪夢の家何があんの?」

「大抵のものはありますよ。迷うなら和食・洋食・中華、カフェ飯でも良いですよ」

「あー……カフェ飯憧れるぅ……」

学生の小遣いじゃ、ああいうお高いものは滅多に手が出ない。

「じゃぁ、ホットケーキかフレンチトーストでもしますか」

「ホットケーキいいねぇ……」

 言いつつ澪夢の開けてくれたドアを潜る。

 なんか甘い匂いするな……

 と気づいて澪夢を見れば。


「……」 

 無言で目を細め、眉を潜めていた。

 ちょっと怖い。

「ちょっと失礼」

 と一声。

 澪夢が奥へと入っていく。

 俺は、その場で待つことにした。

 数拍。


「え、ちょ……これ別に食って良いって……ちょっと待て! 澪……ぎゃぁあああああああ!!!」

 女性の絶叫と共に破砕音が派手に響く。

 あーあー。やっちゃった。

 俺は投げられたであろう相手に合掌をしつつ、なんか昔もあったなぁ……と思い返した。


 †††


「橘ちっちゃくなったなぁ……つか、もう橘じゃないんだっけ。アーバイン? ふーん……ハルトって呼んで良い?」

「すひにひてふへへへっほー(好きにしてくれてけっこー)」


 俺は目の前の人が焼いてくれたホットケーキを頬張りつつ答えた。

 ムラのない焼き加減で、真ん丸いホットケーキが3枚。頬張れば滲みだしたバターとメープルの、香りと甘味が口のなかに広がる。ふんわりと焼き上げられた生地は、どこか懐かしい喫茶店のホットケーキに相違ない。

 うーん。デリシャス。

 皿のはじっこにホイップされた生クリームとフルーツが添えられているのも……ナイスである。

 これを作った本人は、澪夢にボコられ痛ましい姿をしている。

 取り置きしていた、取って置きのスイーツを食ってしまったようだ。そら、怒られる。


 青が濃い銀色の髪を長く伸ばし、ポニーテールにまとめたその人は、深い深海を思わせる濃紺の瞳をしていた。澪夢に負けず劣らずの美人さん。

 細い柳眉に長い睫毛。整った顔立ちは天女もかくや。もちろん、神格持ち。

 身長は、長身。前世の俺と同じくらいあるんじゃないか。引き締まった体、お胸はまぁ……控えめ。

 うーん。ちょっと、予想外っていうか。


 俺がこんな美人さんを目にテンションが駄々下がっているのは……まぁ。


 こいつが、優樹……いや、神族のユウキだから……つまり、クラスメイトが女装しているという衝撃に、ぶち抜かれたからで。

 あー……なんていうか。


 確かに高藤優樹ってそんなんだった。

 なんていうか、病弱を差し引いても中性的で、女装が似合いそうなやつだった。

 なんてーか。あれをそのまま女にしたような感じ。まぁ、体型は多少まろみ帯びてるけど。

 うーん。

 もとが男だって知ってるから、なんかなぁ……いまいち喜べねー。

「別に、戻ってもいいんだけどさー」

 俺の心情を察したのか、ユウキが微妙な顔をする。

「想像以上に負荷かかるぜ? 俺の本性見たら」 頬杖をついたまま、何でもないように言う。

「えぇー?」

 そんなユウキに眉をひそめて呻けば、ユウキは苦く笑いながら「ホントホント」と手を扇いだ。

「システムほどじゃねーけど、俺自身だって魂の質量がけた違いだからなぁ……能力限定してコレだから」

「なんで女性……」

 ジト目で尋ねる。

 女装癖があるなんて知らなかったぞ、と目線で訴えてみる。

「澪夢が男嫌いだから、かな……」

 そういうユウキの目線は泳ぐ泳ぐ……

 澪夢自身仕事の時は男性なのに?

 男嫌い……ねぇ。

「愛妻家ー……」

 感情が死んでるのが自覚できるが、治す気も起きない。

 砂糖吐かないだけマシというやつだな。

 うん。

 ようよう考えてみれば、愛の巣か。ここ。

 うへぇ……

 なまじクラスメイトだったという記憶があるから始末に終えない。

 でもまあ、俺だって前世合わせて22歳。

 澪夢やユウキに至っては億年以上生きてるわけで。

 そりゃ、結婚の一つや二つ……

「そう言えば、子供とかいないの?」

「新婚だぞ」

 気がはえぇ、と呻くように吐き捨てるユウキ。

 あえ?

「長生きしてんだよな? 転生……つか分離? してから何年よ」

「いろいろと事情あってな。澪夢がこの世界に戻ってきて10年。んで仕事の都合がやっととれて去年結婚したんだよ」

「今さらですけどね」

 と澪夢が苦笑する。

 んー。めっちゃそこらへん気になる。

「というか、同窓会が本題じゃないですよね。メイン忘れてません?」

 首を傾げる澪夢。

 あ。

 忘れてた、な。

「そだったそだった。ユウキ」

「おん?」

 首を傾げるユウキ。

 青い瞳を瞬いて、まじで不思議そうに俺を見ている。

 異性にこう、見つめられる経験なんてまあ積んでないので……本性がアレでもちょっと困る。

 そもユウキ、わりと美形だしなあ……。

 ……いや、まあ。嫁さんおるし、そもそも野郎だもんなあ……女装男子だもんな。そう思うことにする。うん。野郎に興味はない。

「じゃ、なくてだな……ユウキ、きゅっきゅちゃん飼って良い? 牧場主さんがユウキの許可が必要っていってたんだけど。あ、もちろん両親の許可はちゃんととるから」

「いいんじゃないかなー」

 即答でオッケー貰えたんですけど。まじか。

「めっちゃ即答……」

「や、だってハルト君や。お前がきゅっきゅちゃんをどうこうできんだろ」

「徹底的に愛でて増やしますが」

 まあ、虐待はしない。

「はははは、やれるもんならやってみろー」

 朗らかに笑うユウキ。

 それに澪夢が眉を潜めていた。

 ユウキが澪夢の表情に気づいてか、首を傾げる。

 さらりと青い髪が零れて流れていく。

 めっちゃ手入れしてるやん。女子かよ……。

 なんか、ユウキに対するイメージが総崩れである。

 こんなやつだっけー……

 まあ、この世界に来てかなり時間経ってるんだよなあ……そりゃ変わりもするかあ……

 ちょっと、寂しい。

「で、いま飼うの?」

「や、親に許可もらってからのつもり」

「まあ、それが妥当だなあ。ま、マツヤには言っとくから両親からオッケーとれたら好きなだけ救ってこい」

「いいかたー……」

つか、救ってこいって……あのおっさん何やってんだ?

 首を傾げるばかりである。

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