きゅっきゅちゃん、十三匹目
「あのおっさん、なにしたの?」
バスに揺られながら澪夢に尋ねる。
澪夢は下らなそうに鼻で笑った。
「まぁ、いろいろと、ね。大人の汚い事情ですよ」
吐き捨てる声はとても冷ややかで。
あぁ、やっぱ澪夢に逆らうことはしない方がいいね。全うに生きよう。全うに。
と俺は痛感する。
「あのおっさんにはきゅっきゅちゃんを俺が救うまではちゃんと運営してほしいんだがなぁ……」
「その、きゅっきゅちゃんで世界を満たすって、本気ですか?」
と、澪夢が俺の顔を覗き混んでくる。
その瞳は金色に爛々と輝いていた。
きゅっきゅちゃんで世界征服……勢いで言ったけど……まぁ、半分以上嘘である。
が、まぁ、世界をきゅっきゅちゃんで満たしたいのは……ほんとの話で。
でも不可能なのも、知ってる。
だから曖昧な笑みを浮かべる。
「限界まで増やしてみたいなぁ……とは思うけど」
と、微妙な答えをあげつつ。
それに澪夢は頷いた。
「ま、成人になるまでまだ10年ありますしね、すこし冷静に考えるべきですよ。あと、世界をもっと知るべきとも言っておきます」
と澪夢は姿勢を戻し、前方へ視線をやった。
「澪夢は、きゅっきゅちゃん飼おうと思わなかったの?」
「飼ったらかわいそうじゃないですか」
即答で返ってきた答えは、意外だった。
かわいそう?
「なんで?」
いや、まぁ。自然にいる動物を愛玩にするのは……まぁ、かわいそうなのかもしれないけど。
澪夢、気に入ったものは絶対手元に置きたいタイプだと思ったんだが……
「言ったでしょう? 私、忙しいんですよ。今はさほどでもないですけど、忙しい時は10徹も平然とやるくらいには。自分の食事も微妙になるのに、ペットなんて飼えないでしょう?」
あぁ……確かに。
つか、10徹?! 人間だったら死んでるわ……
無茶をする……。
完徹でも死ぬほどきついのに、10徹って……
「私だから出来るのであって、お薦めしませんよ」
と澪夢が半目でいう。
そりゃ、そうだ。
頷いて、俺は外へと視線を向ける。
このバスは俺の家とは正反対の方へ走っている。
このバスの行方は中央区のど真ん中……Ark行きなのだ。
何故か、といわれれば……
澪夢の家に行くためである。
「めっちゃ緊張するんだけど……」
この世界での友達は皆無で。
前世でも友達の家にお邪魔することなんてなかったからなぁ……。
いや、友達はいたよ? ただまぁ、家にお邪魔するほど仲が良い友達がいなかっただけで。
大抵はゲーセンとか、公園とかで遊んでたしなぁ……。
つまり、他人様のお家にお邪魔する機会なんてそうそうないのだ。
めっちゃ緊張する。
で、なんで澪夢の家に行くかと言えば、そこで神族のユウキも住んでるからで。
『え、サテライトで連絡とればいいじゃない』
『前世では知り合いだったんでしょ? テレビ電話なんて味気ない……それに時間も時間ですし、昼御飯くらいご馳走しますよ』
そんな軽いやり取りの後、俺たちはバスに乗ったのだ。
広大な田園風景から住宅街へと景色が変わっている。
そろそろ、歓楽街が近づいてきているだろう。
巨大なショッピングモールや、映画館、レジャー施設などが立ち並びありとあらゆる娯楽の集合体であるこの地域が、それでも『歓楽街』と呼ばれているのは……つまり裏に並ぶ『そういうとこ』が実のところメインな地区という訳で。
俺にはまだ早すぎるし、興味もない場所……ではあるんだけど
「気になりますか」
にやにやと嫌な笑みを浮かべる澪夢に乾いた笑みを浮かべる。
まぁ、この『歓楽街』も、多種多様な『綺麗所』が集まる場所である。男も、女も……その他も。
見てみたい、とは思う。
が、正直俺はまだ子供で。
美人さんには興味あるけど、『そういうこと』に金を払ってまでやりたい……とまではまだ、よくわからない。
正直経験無さすぎて女の子の手を握るのも……
想像しただけで顔があつくなるね?!
「ウブですねぇ……」
なんていう澪夢は……ヤリ手なんだろうなぁ……。
「いま、下世話なこと思ったでしょう?」
「澪夢は俺に下世話なこと言ったじゃん……」
「私は良いんですよ」
「理不尽……」
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