転生編
きゅっきゅちゃん、零匹目
この世に不満を持ったことはない。
自分は幸福だ……なんて思ったこともないが。
まあ、不幸ではないのだろうとは感じていた。
両親健在で、経済力もそこそこ。
少なくとも、俺は母親も父親も嫌いじゃない。
五体満足で好き嫌いなし。
運動神経は良い方ではないが、体育の成績は悪くない……つか、尖った能力はなく、容姿も並。
友達がいないわけではなく。しかし多くもない。
彼女いない歴=実年齢。
それが、俺。
橘 遥斗、16歳。
……享年、16歳、か。
なんのこたない。
車に轢かれたのだ。
つか、コンビニに突っ込んできた車に巻き込まれた。
死体はぐちゃぐちゃ。もう、表現は自主規制。
蘇生は不可能だろう。
それより、驚きなのは。
体は完全に事切れてるのが自覚できるのに、俺に意識があることか。
頭で思考してるわけじゃなかったのかね?
「そういうスキルですよぉ」
唐突に声がした。
少女の声。高い……つか、幼い声。
あ、そなの?
そう思考し……気付いた。
おや、俺の思考、読んでる? 読心術?
つか、俺がわかるのか。
「意外と冷静なんですねぇ……」
なんて、少女が苦笑する。
いや、冷静って……困惑してるよ?
そして俺は声がする方へ意識を向けた。
「そーはみえませんがぁ……」
赤い。
赤い瞳をした少女だった。
小柄で、華奢。
真っ白い肌は人形のようで。
しかし、生身の……明らかに生身の少女だった。
天使……? まさか、ね。
彼女は、藤色の袴にひらひらした……平安時代の貴族? が着てそうな……狩衣? 水貫? そういう服装だった。
なんていうか、和風。
銀色の髪を長く、腰まで伸ばしている。
ストレート。癖がない。色が違えば日本人形。
不気味っていうか、怖い。そんな印象。
真顔だったらね。
ぶっちゃけ、美少女だった。
絶世の、っていっていいかも?
クラスのマドンナなんて霞む霞む。
「ほんと、落ち着いてますねぇ……」
飽きれ半分感心半分の声。
そうかねぇ……?
「まぁ、わたしは仕事をこなすだけですがぁ……」
仕事?
「はいですよぉ」
にっこりと目を細めて笑う少女。
つられて俺もにこっと微笑む。
が、その笑みはどーも、良い予感がしない。
美人局に捕まった気分って、こういうの?
「良い感じに、死んでくれたのでぇ」
良い感じ?
「ちょっと魂を拉致しようかと♪」
機嫌良さそうに、歌うように宣言なさる少女。
やっぱ天使じゃないわ。悪魔だわ。死神だったわ。
拉致って、どこに連れてってなにする気なんでしょう?
そんな俺の疑問は関係なしに、彼女は勢いよく腕を振り上げる。
その動作に合わせて、言った。
「一名様異世界にごあんなーい!」
高らかな宣言と共に視界が反転、回転、一回転。
俺の意識はミキサーに掛けられた如く砕かれていく。
幸いなことは、どうやら魂に痛覚はないそうだ、ということか。痛くないって素晴らしいこと。
そう思うなら、車に突っ込まれて即死だったのも幸いなのか……?
しっかし……異世界?
俺は意識が完全に堕ちるまで、そんなことを止めどなく思考していた。
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