蝶葬
ナナたち翼猫は、両手を繋ぎながら海面を目指す。海面へと躍り出た翼猫たちの姿を、蒼い満月が照らしだした。
満月が、ナナの視界いっぱいに広がる。
蒼い月は、ナナの眼のよう。ナナは眼をまんまるにして、月を見つめる。
驚くナナの猫耳に、魔女たちの柔らかな歌声が響き渡る。ナナはセフィロトを仰いだ。鷲の腕を持つ魔女たちが、喉を震わせながら悲しい旋律を紡いでいる。 月光に照らされ、頬を流れる彼女たちの涙は、蒼い燐光を放っていた。
魔女たちは、両手を繋ぎセフィロトの上を旋回している。魔女たちを目指し、ナナたちはぐんぐんと高度をあげていった。
ゆらぁん、ゆらぁん。
セフィロトの音が、大気をゆらしナナの猫耳に届く。魔女たちが向かってくるナナたちへ笑顔を浮かべる。
魔女と翼猫たちは手を繋ぎ、セフィロトの上を巡り始めた。ナナの視界がくるくると巡る。猫耳に響く魔女たちの歌声が、心地いい。
回る視界には、黒い影を落とす結界島が映りこんでは消えていく。その結界島から、こちらに向かってくる無数の影があった。
にゃあにゃあと、影たちは悲しげな鳴き声をあげている。月光に照らされてその姿を現す。
影は、結界島から飛んできた翼猫たちだった。彼女たちはお互いに手を繋ぎ合い、ナナたちのいるセフィロトの上空を目指す。
ナナたちは手を繋ぎ合い、セフィロトをぐるりと螺旋状に取り囲んだ。セフィロトを囲む翼猫たちの螺旋は、魔女たちの歌声に合わせてゆったりと回る。
その動きに合わせ、海に沈んだセフィロトの幹が淡い輝きを放つ。輝きは海面に届き、波にゆられながら乱反射を続ける。
その光の乱反射の中から、燐光を纏った蝶々たちが湧いてくるのだ。
蝶々たちは螺旋を形作り、ゆったりとセフィロトを取り囲みながら上昇していく。
翼猫の螺旋と蝶たちの螺旋が絡み合い、セフィロトの周囲を二重螺旋となって囲んだ。
くるくると回りながらナナは、蝶たちの螺旋をじっと見つめる。あの蝶たちは、翼猫たちの魂だ。マナの鱗粉を放ちながら、蝶々たちは1匹、また1匹と螺旋から離れ、セフィロトの幹へと呑み込まれていく。魂が、セフィロトのもとへと、還っていくのだ。
上空が眩い光に覆われた。
驚いて、ナナは空を仰ぐ。不可視の壁をすり抜け、幾千、幾万の蝶々たちが光の軌道を描きながらセフィロトへと向かってくる。外の世界で死んだ生き物たちの魂だ。それは光の群れとなって、セフィロトの枝にいっせいに舞い降りた。
「にゃあ……」
蝶たちの留まった枝を見つめ、ナナは感嘆と鳴いた。
蝶々たちの光は、セフィロトの枝を彩る。その光景は、金の葉を輝かせる大樹のようだった。パパ達が話してくれた、コウヨウしたイチョウの樹のようだ。
枝にとまった蝶たちはいっせいに舞い上がり、螺旋を形作る蝶たちへと合流する。魔女たちは、そんな蝶たちを祝福するように弾んだ音色で歌を奏でる。
ゆらぁん、ゆらぁんとセフィロトが鳴る。
その音に合わせ、蝶たちはいっせいにセフィロトの幹へと飛びかかった。セフィロトの幹が、輝きに溢れる。海がその光を反射して、空を明るく照らす。
セフィロトが光輝き、無数の光の筋が、空へと放たれた。
めちゃくちゃに打ち上げられた花火のように、光の筋は夜空を照らしていく。
赤々と、爛々と、明朗と、煌々と。幾万もの光が、軌道を描いて四方へと散らばっていくのだ。
それは、新たに生み出された魂たちだった。
ニンゲンが地球環境をめちゃくちゃにしても、生命たちは逞しくその命を継いでいる。
ナナの胸は焦げるように熱くなっていた。その熱が眼にまで伝わり、涙となる。
悲しいから泣いているのではない。ただ、ナナは圧倒されていた。
生と死の間で紡がれる、魂たちの光の営みに、心を奪われていた。
ナナの姉妹たちも新たな魂となって生まれ変わったに違いないのだ。ナナが助けられなかった白猫耳の少女も、生まれ変わって新たな生を歩んでいく。
どこかで、彼女たちに会えるだろうか。きっと生きていれば、会えるはずだ。
魔女たちが、可憐な歌声を猫耳に届けてくれる。ナナはいっそう目を凝らして、去っていく魂たちを見つめていた。
いつか、彼女たちに会いに行こう。
そう決意を胸に秘め、ナナは飛び去っていく魂たちに微笑みかけていた。
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