巨神機械ネフィリム

  それは、大きな赤い塊だった。金属で出来た巨大な人型だった。

 手足が異様に長く、胴体を触手で覆われた人型の巨人が空から降ってくる。落下の摩擦で赤く輝きながら、それはセフィロトの真上へと落ちようとしていた。 人型を中心に突風が巻き起こり、空を飛翔する翼猫たちを弄ぶ。猫たちは吹き飛ばされないよう翼を懸命に動かし、巨人へと向かっていく。

「うぅ!!」

 巨人へと向かいながら、ナナは牙を剥き出しにしていた。巨人は、外のニンゲンたちがアトランティスに送り込んでくる兵器だ。

 巨神機械ネフィリム。対アトランティス用として開発されたその機械は、上空に張られた簡易結界の間隙を見つけ、宇宙空間から送り込まれてくる。

 あれに、何人の仲間たちが殺されたことだろう。同じ結界島に住んでいたナナの姉妹たちも、ネフィリムに命を奪われていった。

 ナナは憎い巨人を視界に映し込みながら上昇していく。ネフィリムのもとへと、羽をはためかせ飛んで行く。 

 だがネフィリムを取り巻く突風が壁となり、近づくことができない。その間にもネフィリムはセフィロトめがけ落ちていく。

 そのときだ。セフィロトが淡い輝きを放った。その輝きを身にまとい、魔女たちが鷲の翼を広げ、円形に並ぶ。その円陣の内側に輝く魔法陣が描かれていく。円陣を組む魔女たちは飛翔し、セフィロトの上空へと向かう。セフィロトの上空には、円陣を組む魔女たちによって防御の魔法陣が施された。

 そこに、ネフィリムがぶつかってくる。

 轟音をたてながら、魔法陣にぶつかるネフィリムは火花を散らす。魔法陣によりセフィロトの上空で制止するネフィリム。翼猫たちはネフィリムに向かい下降する。ナナも、ネフィリムへと向かっていく。

 風を受け、ナナの翼が鋭く唸る。翼で風を裁き、ナナはネフィリムの上空へと躍り出た。

 勢いよく、ナナは左手を掲げる。

 ナナは掌に空中に飛散するマナ――セフィロトから産まれる、魂を構成する元素。他元素の結合を促し、生命体及び物体形成の中核を成している――を集める。感覚を研ぎ澄ませ、ナナは敵と戦うための武器を思い描く。ナナの思考を読み取り、集められたマナは周囲の元素に働きかけ、ナナの想像する武器を顕現させた。

 ナナの掌で光球が生まれ、巨大な鎌を形作る。少女であるナナの身の丈をゆうに上回る刃をもった鎌。その三日月型の刃は、剣呑と蒼い煌きを放つ。

 ナナは、正面へと眼を向ける。他の翼猫たちも自らの特物を手に、ネフィリムへと向かっていくところだった。

 1匹の翼猫が槍をネフィリムに向け放った。槍は輝き、一条の光となってネフィリムに向かう。

 ネフィリムが勢いよく回転を始めた。細い脚を組み巨人は駒のように回る。巨人が回ると同時に、体に巻きついていた無数の触手が蠢き、翼猫たちに襲いかかった。

 触手は、投げられた槍を弾き返す。縦横無尽に四方に放たれ、翼猫たちに向かってくる。翼猫たちは、襲いかかる触手を得物でいなし、後退した。だが、触手は数匹の猫たちに絡みつき、彼女たちを拘束する。

「にゃぅ!!」

 ナナは悲鳴をあげていた。ナナの眼前で、触手に捕まった翼猫の少女が苦悶に唸っていた。ナナは急いで捕らわれた彼女のもと向かう。大鎌を振りかざし、触手を断とうとする。

 ぶちゅりと、肉を潰す音がした。

 大鎌を振り下ろそうとした瞬間、ナナの目の前で少女が潰された。大きく見開いた眼をナナに向けながら、白猫耳を持つ少女の頭部は海へと落下していく。触手が肉塊になった体から離れ、その体が頭部を追って落下していく。

 大きく眼を見開き、ナナはその光景を眺めていた。そんなナナに触手は容赦なく襲いかかる。

「シャァアアアアアアア!!」

 猫耳の毛を逆立て、ナナは吠えていた。鎌をめちゃくちゃに動かし、襲いかかる触手を両断していく。ナナは軌道を変え、襲いかかる触手の群れをすり抜けていく。ナナの後を追い、他の翼猫も次々とネフィリムへと肉薄していった。

 ネフィリムはナナの後方についてくる翼猫たちに触手を伸ばす。猫たちに触手が到達しようとした刹那、それは黄金色に煌く壁によって阻まれた。

 ナナは、上空を仰ぐ。腕についた鷲の羽を大きく広げ、円形に飛ぶ魔女たちの姿が視界に映った。魔女たちは、詠うように呪文を奏でている。

 守りの呪文。呪文を魔女たちが詠唱している限り、不可視の壁がナナたちを触手から守ってくれる。

「みぁあ!!」

 ナナは魔女たちに向かって鳴いていた。ナナの言葉を受け、魔女たちは呪文を変える。魔女たちの円陣の内側に、幾何学模様の魔法陣が描かれていく。魔法陣は小さく放電しながら、徐々に光を放ち始めた。

 魔女たちの声が高くなる。それに合わせ、魔法陣を満たしていた光が、雷となってネフィリムに降り注いだ。

 雷がネフィリムに直撃する。轟音があたりに響き渡る。衝撃波が、周囲を飛ぶ翼猫たちを襲った。ナナは羽を懸命に動かし、その場に踏みとどまる。突風がやみ、ナナはネフィリムへと突き進んでいく。

 ネフィリムは、動きをとめていた。

 ネフィリムの体は雷によって赤銅色に染まり、蒸気が吹き出している。触手は黒焦げになり、結界の上に散乱していた。

 ナナが近づくのがわかったのか、触手がかすかに蠢く。だが、触手はナナに向かうことなくのたうち回っているだけだ。

 ナナは鎌を大きく振りかざし、ネフィリムの胸部を切りつける。鋭い火花を放ちながら、ネフィリムの胸部に刀槍が穿たれた。胸部は漆黒の空洞となっており、様々な光り輝く文字や半透明の映像が、宙に浮いている。その中心に、ニンゲンがいた。

 雷の轟音にやられたのか、大きく眼を見開き、体を痙攣させるニンゲンの男が中央に立っていた。男はぴっちりとした黒いスーツを着込んでいる。その体は空洞の壁から伸びる無数の黒い触手と繋がっている。

 ナナを視界に捉えながら、男は唸り声をあげた。なにか言いたいようだが、口がきけないらしい。その方が好都合だ。人間どもはナナたちを化物としか罵らない。

 ナナは、男の頭部を手で持ち、乱暴に引っ張った。

 ぶちり、ぶちり。

 男に繋がれていた触手が切れ、赤い液体を垂れ流す。男が悲鳴をあげる。この触手はニンゲンたちの体内にある神経に接続されているらしい。神経をネフィリムに接続することで、ニンゲンたちは自由自在にネフィリムを操ることが出来る。

 ナナは、それを知っている。だから、男が痛みを感じるように男の頭からゆっくりと触手を剥がしていく。

 男の体からアンモニア臭がし始めた。男は眼を剥いたまま、がくりと頭を垂れる。激痛のあまり気絶して、放尿をしてしまったらしい。

 つまらない。もっと苦しめて、死んだ仲間たちの憂さ晴らしをしたかったのに。

 ナナは憮然と男を睨みつけ、ぶちりと男の体から頭をもぎ取った。

 頭をなくした男の首から、鮮血が吹き出る。

 朝陽に輝く鮮血は虹色に輝き、まるで雨水のようにナナに降りかかる。

「にゃぁ、にゃぁ!!」

 暖かい血が、降り注ぐ感触が気持ちいい。ナナは、嬉しくなって弾んだ声をあげていた。





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