ドリーマーズ!

ふぁんとむグレープ

第1話 少し変哲のあるこの世界

「はぁ…。あっつい。」


コンビニの涼しさから一転、猛暑特有のモワッとした蒸し暑さに私、永久とこしえカナノは思わず顔をゆがめた。


 ビニール袋を片手に手をダラーンと脱力させ少しだけ猫背という周りの誰が見ても、「あの子、暑さに弱いんだなぁ」と思わせるような歩き方で私はダラダラと目的の場所へと歩を進める。


今朝寝ぼけまなこでテレビをつけた時にちょうどやっていた天気予報で、「今日は猛暑日になるでしょう!」と元気よく言っていたお天気お姉さんに思わず悪態をつきたくなる。そもそも猛暑日って世間的には喜ばれないものだと思うからもうちょっと残念そうに言うようにしてほしい。


そんなどうでもいいことを考えながら、若干下を向きながら歩いていた視線を前に戻し、少し先にある横断歩道の信号が赤になるのを確認して、ただでさえ自覚している私の悪い目つきがさらに険しいものとなる。


信号が青になるのを無心で待ちながら、私は何気なく辺りを見渡す。今は平日の昼下がり。お昼時で人もにぎわっており、タオル片手に額の汗を拭きながらファーストフード店へと入っていくサラリーマンや、横断歩道を渡る制服を着崩した4人のギャルっぽい学生達など、年齢層もばらばらの人間でごった返している。


信号が青に切り替わり、いつの間にかできていた信号待ちの人の波に乗るように足並みを揃えて歩き出す。歩き出してからも私は周囲の人間の様子をチラチラと盗み見ながら進んでいく。


私がこのように辺りを確認しながら帰路に就くのは最近のルーティンとなっていた。それは私が人間観察をするのが好きであるとか、見えてはいけないものが見えてしまうだとか、ましてやコンビニ強盗をしてしまったから周囲の目を気にしているだとか、そういったことでは決してなく、もっと漠然とした理由であった。


 そう、この世界は…何かがおかしい。


そう感じ始めたのは、ここ数日のうち、今日のように買い物の帰りに何気なく聞いてしまった通行人の会話という些細なものであった。さらには会話をしている当の本人達はまるでそれが当たり前のことのように話していたため、むしろそれを違和感に思っている自分の方がおかしいのかと若干の疎外感すら覚え、私は本当にこの世界の住人なのかと不安になったほどである。


いや、傍から会話を聞いているだけであればそこまでインパクトのある会話ではなかったため、普通なら何とも思わないのであろうが、私は確かにその会話に違和感を覚えてしまったのだ。


私は一旦観察をすることをやめ、その時話していた人たちの会話の記憶をぼんやりと呼び起こそうとしたその時、少し前のほうを歩いていた二人組のスーツを着た男の人たちの会話が、ふと耳に入ってきた。単純にその二人の声が周りと比べて大きかったというのもあるかもしれないが、片方の、髪の毛をワックスでガチガチに固めた、服の上からでも筋肉質な体だと分かる男が、もう片方のサラサラヘアーのすらっとした体型の男の肩を小突きながら、テンション高めで話しかけている。


「そういえばさ、最近浮気のほうはどんな感じなのよ?」


えぇ…。


会話の出だしに私は思わず顔をしかめた。「最近~の調子はどうよ」系の会話の始まり方の中でもなかなかないよ、浮気は。

サラサラヘアーの男が小突かれた肩をさすりながら慌てた様子で口に人差し指を当てる。


「おいおい、大きい声で人聞き悪いこと言うなよ。僕はただ女の子の相談相手になってるだけだって」

「俺からすればそんなことはどうだって良いんだよ。普段から女の子とのイチャイチャを見せつけられてるささやかな仕返しだバーカ」

「あ、そう。せっかく初対面の女の子ともすぐ仲良くなれる話術を教えてあげようと思ったけど、必要なさそうだね」

「サーセンした!お昼おごらせていただきます!」

「大盛りね」

「了解です!」


 と、二人は笑いあいながら会話を弾ませている。


対して私は相変わらず渋い顔のままダラダラと二人の後ろをついていく。正直真っ昼間っからこんな話聞きたくはないのだが、声が大きいのと帰る方向が同じなせいで聞かざるを得ない状況となっている。話の内容が気になるとか決してそういうのではない。決して。


 それにしても……初対面の女の子とすぐ仲良くなれる話術って何?もうそれ話術という名の催眠術じゃない?まぁなんでもいいんだけども。


 そんなことを考えながら私はまた二人の会話に耳を傾ける。聞きたくないのに会話を聞こうとするのは単純にこの世界の違和感の正体を掴みたいのが八割である。残りの二割はやっぱりこの二人の会話の続きが気になるわ。


「そういえば、昨日お前駅前のカフェに女の子といなかった?なんか頭にでっかいリボンつけた女の子」

「ああ。それはたぶん苺ちゃんのことかな。あの子とはつい最近知り合ったんだ」

「おいおい。この前職場まで迎えに来てくれてた女の子と違うじゃん。お前今いったい何人の女の子と付き合ってんだよ!」

「うーん…。確か苺ちゃんで21人目だったかなあ…」


いや21人て。

単純計算で1週間で考えた場合1日に3人の女の子と会ってるってこと?めちゃくちゃハードスケジュールじゃん。しかも苺ちゃんって。おっきなアクセサリーを身に着けてる女と名前が果物の女はあざといって相場が決まってんのよ。決めつけちゃって申し訳ないけどね。


と、ここまで二人の会話を聞いてきて流石に好奇心よりも後悔の方が勝ってきてしまった。まあ聞いていて害のあるものでもないのだが、かと言ってこれ以上この二人の会話を聞いていても男の浮気事情しか知れず、私の欲しい情報は得られなさそうだ。


そう思い、私は小さい溜息を吐いてから前の二人から視線を外し、すぐ先にある路地裏へと入る道に意識を向けたその時、





「まあでも、今僕がいろんな女性と仲良くできるのは、僕が子どもの頃から『世の中の女性を幸せにしたい』って願い続けてきた賜物なんだけどね」





ピクリ。




その言葉を聞いて私は再び視線を前に戻し、二人の会話に意識を集中させる。今の発言で私の中の違和感はほとんど確信に変わったが、とりあえずあれこれと思考するのは、今は後だ。


「ガキの頃からそんなこと思いながら生きてきたのかよ!ませてんなおい!」

「はは。でもまあ、実際僕と関りを持っている女の子はみんな本当に幸せそうなんだから別にいいじゃないか」

「『幸せにしたい』か。物は言いようだな。ははは!」


そうして二人は、飲食店の中へと姿を消していった。


会話を聞くために二人に歩調を合わしていた私は、いなくなったことにより歩くスピードを少しだけ早めた。会話を聞くのに大分時間を使ってしまった。コンビニからそこまで距離を歩いていないはずなのに、既に汗だらけで非常に鬱陶しい。


 額の汗を腕で軽く拭いながら、私は今の会話をもとにこの世界について一つ結論付けた。その上で、私は心の中で小さくつぶやく。


(…なんじゃそりゃ)



 おそらくこの世界は、自分の願ったことが何らかの形で色濃く現れてしまう世界だ。




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