スライム(姉)が強すぎて俺の出る幕がない件
プル・メープル
第1話 姉がスライムになったら100%焦るだろ!
「元に戻るまでだからな!」
ルデアは振り返りざまにその言葉を、後ろを歩く人物に投げかける。
その人物とは、ルデアの姉である。
しかし、人ではない。
正しくは、人ではなくなった、と言った方がいいだろう。
あれは、つい1時間ほど前のこと。
15歳になったルデアは両親から旅に出る許可をもらい、初めて生まれの国、ダルダムスを出た。
国と言っても小さな村のようなもので、医療ばかりが発達して、それ以外には何もないような場所だ。
そのため、観光に来るような人もおらず、訪れる人々はみなそろって
そんな村から出て、話に聞く、外の世界というものに触れてみたいと思うのは自然な流れだった。
外の世界には、多くのモンスターや、それを倒すために冒険する勇者がいると聞いている。
自分もそんな風に旅をしたい、冒険がしたい、その夢が叶う日がついに来たのだ。
両親に見送られ、旅に出たはいいものの、どこへ行けばいいかは分からない。
街へ行っても、母親から貰った少しのお小遣いしかないし、そもそも街までの道のりにだって、モンスターはいる。
剣どころか、装備も何も無い状態で街まで辿り着けるかも怪しい状態だ。
ルデアは、草原の真ん中を突き抜けるように伸びた道を、悩みながら歩いていた。
国から出た人が最初に通る難関と言われているスライムの森と呼ばれる森の入口に差し掛かったところで、俺は後ろから名前を呼ばれる。
「ルデアぁ〜!」
振り返ると、少し遠くから、女の人が走ってくる姿が見えた。
彼女はルデアの姉のリリスだ。
「姉ちゃん、忘れ物でもしてた?」
正直ルデアはリリスが、世話焼きで面倒見が良くて、そのうえ美人だから、苦手なのだ。
「うん!」
そう言ってリリスは微笑むと、ルデアの手をとって言った。
「私の事、忘れて行ったでしょ?」
「はぇ?」
ルデアは一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「私だって、15歳になった時は旅に出たかったのよ?でも、女の子一人では危ないからダメだって、お父さんに止められて……」
「だからって勝手についてこられても困るって言うか……」
「大丈夫!ルデアと一緒ならいいって、お父さんに許可はもらってるから!」
「そういう問題じゃねぇ……」
リリスには天然なところがある。
そこもまた、弟のルデアからすると、厄介な所でもある。
「俺は1人で旅がしたいんだよ、姉ちゃんがいると1人じゃなくなるだろ?」
「そんなこと言って、かわいい女の子と仲間になって、一緒に冒険したい、なんて思ってるんでしょ?」
「そ、それは……」
時に姉は鋭いものである。
「そうだよ!悪いか!」
「いいえ、悪くなんかないわよ?」
「じゃあなんで着いてくるんだよ」
「そんなの決まってるじゃない、ルデアが心配だからよ」
「心配って……、俺、姉ちゃんより力は強いし、心配されることなんて……」
「力の問題じゃないわ。例えば、かわいい女の子に騙されたり、道に迷ったり、おもらししちゃったり……」
リリスはその後も、いくつも例えを上げていく。
「姉ちゃん……、俺はもうそんな子供じゃないから……」
「お姉ちゃんはルデアが心配で……」
「だから、心配されることなんかないって言ってるだろ!」
ルデアの怒鳴り声が森の奥へと響いた。
「いつまでも子供扱いして、俺だってもう旅に出ていい歳なんだよ!姉ちゃんに心配されるようなことなんて何にもないし、ひとりで冒険できるんだからな!わかったら着いてくるな!」
ルデアはそう言い捨てて、森の中に入っていった。
その背中を、リリスは泣きながら見つめていた。
(くそっ……迷った……)
数分後、ルデアは森の中で迷子になっていた。
怒りながら歩いていたせいで、気がつくと道を外れて、ここがどこかもわからない状況になっていた。
ルデアはふと、父の言っていたことを思い出した。
『スライムの森は道を外れなければ、素手でも大丈夫なほど簡単な関門だ。しかし、道をはずれ、森の奥へ入ってしまえば話は違う。道沿いにいるスライムと違って、森の奥にいるスライム達は、独特の進化をしている。何が起こるかわからないから、絶対に道は外れるなよ』
ルデアは背中に寒気を感じた。
父の言っていた、『独特の進化』というのはどういう意味なのだろう。
普通のスライムとは桁違いに強いということは間違いない。
今、そのスライム達がでてきた場合、無装備のルデアに勝てる見込みはない。
何としても、早く道に引き返さなければ。
そう思い、歩き始めた時だった。
ガサガサッ、という音とともに、草の影からスライムが現れた。
「す、スライム!?あれ、普通のスライム……か?」
目の前にいるスライムは、モンスターの図鑑に載っていた普通のスライムと同じ、青くて丸い形をしている。
これは、進化をしていないスライムなのだろうか。
「ルデアぁ〜!」
「げっ……また姉ちゃんかよ」
安心した瞬間に、草の影からリリスが現れた。
「なんであれだけ言ったのに着いてくるんだよ……」
「そうじゃなくて……ほんとの忘れ物を渡すのを忘れてたから……」
リリスは少し申し訳なさそうに、肩をすぼめながら皮の袋を渡してきた。
「おにぎり!私が握ったの!良かったら食べて!」
「あ、ありがと……」
「えへへ♪」
リリスは可愛らしく笑うと、ルデアの足元に目を向けた。
「あれ?もしかしてスライム?」
「そうらしい、見た目も図鑑と同じだし」
「へぇ〜、思ってたよりかわいいんだね!」
そう言ってリリスは、スライムの前にしゃがみこんで、スライムの表面をつんつんし始めた。
「ちょ、やめとけって!何が起こるかわからないだろ!」
「大丈夫だよ〜、だってスライムでしょ?さすがにそんなに強くなんて……」
リリスがルデアに、油断し切った表情を見せた時だった。
「え……?」
なんと、スライムが突然、大きな口を開けてリリスを丸呑みしてしまったのだ。
「ね、姉ちゃん!?」
青く、半透明な体に包み込まれたリリスの体は、ルデアの素手での攻撃も虚しく、数秒で消えてしまった。
「姉ちゃん……なんで……」
目の前でリリスを飲み込んだスライムがぴょんぴょんと跳ねている。
「こいつ……進化してやがったのか……」
おそらく、このスライムは森で迷った人を食べてしまうように進化したのだろう。
久しぶりの食事にでも喜んでいるのだろうか。
「姉ちゃんを返せよ!」
ルデアがスライムに殴りかかろうとした瞬間、その手は止まった。
スライムがうねうねと奇妙な動きを始めたのだ。
「お、俺も飲み込むつもりか!?」
だが、スライムは縦に伸びていき……そして人形になった。
「え……ね、姉ちゃん?」
目の前のスライムは、なぜか、リリスの姿をしていた。
「ルデア、なんでかな?私、食べられたはずなのに生きてる!」
「ど、どういうことだ……?」
確かにリリスは丸呑みされてしまって、消える瞬間もルデアは見ていた。
なのに、リリスは今、目の前にいる。
ただし、肌が青色だが。
近くにあった切り株に腰を下ろして、落ち着いて考えてみる。
リリスがスライムに飲み込まれたことは間違いない。
そして、確実に消化された。
つまり、考えられる可能性は2つ。
ひとつは、スライムに飲み込まれた際、スライム自体にリリスの情報が組み込まれたこと。
この場合、基本がスライムであるから、いつ意識が乗っ取られてもおかしくはない。
そして、2つ目は、リリスの体にスライムが入り込んだことだ。
1度消化されたが、その情報を元に、体を再構成し、そこにスライムの情報も組み込んだ可能性もある。
あのスライムにそこまでの技術があるのかは分からないが、こちらの可能性だと、基本がリリスであるため、意識を乗っ取られる可能性は少ない。
しかし、どちらにせよ、リリスが人でなくなってしまったことに変わりはない。
「姉ちゃん、1度帰って医者に見てもらおう」
ルデアたちの国は医療だけは先進だ。
もしかしたら、スライム化も治せるかもしれない。
「でも、ルデアの迷惑に……」
「そんなこと言ってられるかよ。姉ちゃんの方が大事だ」
「ルデア……」
ルデアは自分で言っていても、少し恥ずかしかったが、そのままリリスの手を取って走り出した。
偶然にも森の入口への方向はあっていたようで、森を出てからも、ルデアは走った。
途中からは、体力のないリリスをおぶって、走ってやったりして、ようやく国に帰ってきた。
「ルデア、リリス、どうしたんだ……って、リリス、お前……」
帰ると、家の外で農作業をしていた父に見つかった。
「スライムに……ねぇ……」
母も合流して、国一番の治癒院に行ってみたものの、医者は唸るばかり。
スライム化と言うのに、前例がないらしく、治療薬もない。
昔、体の一部がスライム状になる『スライム病』というのはあったらしいが、リリスの場合はスライム状ではなく、完全にスライムになっていて、リリスとスライムの融合率が100パーセントになっているのだ。
つまり、野生のスライムにスライム病の薬をかけるようなもので、効果がないと判断された。
つまりは、治療不可能という事だ。
そもそも、リリスの今の状態は
よって、リリスは現在、元に戻ることは出来ないという事になる。
しかし、医者によると、この国から南にあるガーングリ王国では、融合の研究が行われており、元に戻せる可能性があるかもしれないということだった。
「仕方ない、もしかしたらってこともあるし、行ってみるか」
リリスはルデアがガーングリ王国に行くことを素直に受け入れたことに少し驚いていたが、すぐに笑顔になって、ルデアの頭を撫でた。
「お姉ちゃんとたくさん冒険、しようね」
だが、ルデアはその手を跳ね除けて照れたように言った。
「たくさんはしねぇよ、直ぐに元に戻して、1人の冒険を始めるんだからな!」
「えへへ、そんなこと言って、お姉ちゃんと一緒なの、嬉しいくせに♪」
「嬉しくなんかねぇし!てか、撫でるのやめろよ!もぉ!姉ちゃん、お節介すぎなんだよぉ!」
「それが私に出来る、唯一の愛情表現ですから♪」
「調子に乗るなぁ!」
そんな仲睦まじい2人を眺めながら、両親は微笑んでいた。
「この2人なら長い旅でも、大丈夫そうだな」
「そうですね、お父さん」
そして今に至る。
「これから長い冒険が始まるんだね!わくわくするね!」
「元に戻るでだからな!」
ルデアは振り返りざまにその言葉をリリスに投げかける。
「ルデア、焦らなくても大丈夫だよ、何となくこの姿、落ち着くし♪」
「適応能力高すぎるだろ!」
「大丈夫大丈夫!のんびり冒険してこー♪」
「姉ちゃんはポジティブすぎなんだよ……」
「あっ!そうだ!」
リリスはなにか思いついたように目を輝かせると、ポケットから何かを取り出してルデアに差し出した。
「な、なんだよ」
それは、さっき治癒院を出た時に父親から受け取った録音機だった。
『旅の中で、忘れたくない言葉や音を録音しておきなさい、大切な思い出になるだろう』ということらしい。
「ほら!忘れたくない言葉!さっきの!」
「な、なんの事だよ」
「ほら!『姉ちゃんの方が大事だ』ってやつ!忘れたくないからもう1回言ってよ!」
「言わねぇよ!はやく行くぞ!」
「もぉ!待ってよぉ〜」
ルデアはスタスタと先に行ってしまう。
それを追いかけて、リリスも足を早める。
結局この後、無理矢理録音させられてしまうのだが、そのシーンはご想像にお任せしよう。
やっとの事で追いついた姉は弟の隣に並び、スライムの森を歩いていくふたつの影。
このふたりの冒険がこの先、どうなって行くのかは、また次のお話で。
つづく
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