第七話 小さなサイコパスの巻

「なあに? サイコパスって」


 ヨモギが愛くるしい耳を振ってお雪に顔を向けた。


「お雪さん、面白いことを言ったね」


 小柄な警部もお雪を振り返って頬笑んだ。


「あ、すみません。わたし、出過ぎたことばかり」


 お雪は頬を染めてうつむく。

 だが一寸警部は笑って人差し指を自分の額にあてた。


「僕も同じことを考えていた。この事件は残酷すぎるってね。か弱いお年寄りを縛りあげるのも、溺れかけた者を殴るのも、普通なら出来ることじゃない。そんなことが出来るのは、おそらく同一犯。サイコパスである誰か一人の仕業ではないかとね」


 警部は笑顔のまま、野ウサギのヨモギに真っ直ぐ視線を向けた。


「サイコパスの定義を知ってるかい? 1、良心の欠如。2、共感力の欠如。3、責任感の欠如。4、罪悪感の欠如。5、平気で嘘をつく。6、高慢で尊大。そしてなおかつ饒舌で社交的。どうだい、ヨモギさん。君にすべてあてはまるだろ?」


「ひどい! アタシはおばあさんの仇討ちをしてあげたのに! アタシは正義の味方なのよ? 御伽警察の仕事は、お話を『めでたしめでたし』でしめることじゃなかったの?」


 ヨモギは憤慨して後足で跳ねた。すると。


「バカヤロウ! 『めでたし』を、なめるんじゃねえ!」


 中村刑事がシッポを逆立てて吠えた。


「真心が報われることが、めでたいんだ!」


 一寸警部がうなずいた。


「その通りさ。あのね、ヨモギさん、『めでたしめでたし』と言っていいのは、こころ優しきゆえの行いが報われること、悪事が等し並みに裁かれることをいうんだよ」


 そのとき議長卓のスマートフォンが振動した。


「ちょっと失敬」


 小柄な警部は、液晶の上をムーンウォークして電話を受ける。


「一寸です。……ああ、そう。やっぱりね。どうもありがとう」


 電話を切った警部は山中老人に向き直った。


「事件のあった日、何か盗まれたものがあったそうですね」


「はい。ばあさんの大事にしていた珊瑚の玉がなくなっていたんです。きっとタヌキが盗んだに違いないです」


「ほほう」


 一寸の視線を受けて、中村が即座に答える。


「糠太郎氏の所持品に、珊瑚の玉はありませんでした」


「きっと泥舟と一緒に川に沈んだんだわ。勿体ない! 綺麗な真っ赤な玉なのよ!」


 ウサギが目を輝かせて言った。


「なるほどね。君はそれが欲しくて、こんな事件を起こしたんだね」


 一寸警部はもう笑っていなかった。


「な、なんで、アタシが?」


 慌てふためくウサギに、一寸は告げた。


「さっきの電話はの家を捜索していた鑑識からでね。おばあさんの珊瑚の玉は、あなたの巣穴で発見されましたよ。ヨモギさん」


「ええっ?」


 ウサギは口を開けたり閉じたりした揚げ句、山中老人の足元にすり寄った。


「おじいさん、助けて! こいつらを信じちゃダメ! アタシがそんなことするわけないでしょう?」


 しかし、老人は戸惑った顔で後ずさりした。


「ヨモギ……。わしは……どうしたらいいんだか……」


「ちっ! 耄碌もうろくジジイが!」


 ウサギは憎々しげに老人をにらむと、荒勢や中村の手をすり抜けて、稲妻のようにドアに突進した。そのとき。一寸警部が叫んだ。


「お雪ちゃん! 凍結!」


「はい!」


 ドアは、ウサギの目の前で、一瞬にして凍りついた。

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