第六話 ウサギの仇討ちの巻

「それで、どうなったの?」


 会議室の雪掻きが済むと、一寸警部は議長卓の端から足を垂らして、部下に続きをうながした。


「うす」


 首に汗拭きタオルを掛けたまま、荒勢刑事が報告書のページをめくる。


「事件直後の山中さん宅に、たまたま野ウサギのヨモギ嬢が訪問し、事情を聞くと激しく憤慨し、お兼おばあさんの仇討ちをすると言って容疑者B・タヌキの糠太郎ぬかたろう氏の後を追ったそうです」


「間違いないです」 「間違いないです」


 山中老人とウサギは同時にうなずいた。


「三日後、意識不明の糠太郎氏が川で発見されました。体中に火傷と打撲の痕があり、溺れかけた状態で救急搬送されました」


「現在、お二人ともまだ意識が戻りません」


 中村刑事が横から言い添えた。


「ヨモギは、ばあさんの仇を討ってくれたんです。なあ、ヨモギ」


 山中老人が訴えた。


「仇討ちですか。なるほど」


 一寸警部が涼やかな眼差しでウサギを見据える。


「山中さんと別れてからの、貴方の行動についてお聞きしたいんだが」


 ウサギが椅子の上でもじもじと身動きした。


「アタシ、もうお話しましたよ。御伽話にもなってるでしょ!」


「では改めて伺いますが、容疑者Bに火傷の痕があった理由を御存知ですか」


 一寸警部の目はウサギにピタリと注がれたままだ。


「はい。ええと。アタシがあいつの背負った柴に火打ち石で火をつけたからです」


「うげげげ」 ツキノワグマが呟いた。


「なぜ、そうしたんですか」 警部はたたみ掛けて質問する。


「悪いタヌキを焼き殺してやろうと思って」


「相手は貴方の行動に気づかなかったんですか?」


「気づきました。カチカチって変な音がするというので、ここはカチカチ山よと言ったら信じました。柴が燃え始めてボウボウいいだしたときは、ここはボウボウ山よって。あいつ全部信じるのよ。バカみたい」


 お雪は野ウサギの得意気な表情に寒気を覚えた。


「その後はどうなりましたか?」


「さすがに炎の熱さで気がついて川に飛び込んだわ。次の日に様子を見にいったら、火傷が痛くてウンウン唸ってたから、よく効く塗り薬だって言って辛子をたっぷり塗ってあげたら、凄い声で叫んだのよ。あれは聞かせたかったな」


 ウサギは声をあげて笑ったが、会議室は静まりかえった。お雪は体が震え出すのが止められなかった。


「もうひとつ伺います。容疑者Bの体に打撲の痕があった理由は御存知ですか」


「あいつの乗った泥舟が沈みかけて、アタシの舟に移って来ようとしたから舟の櫂で殴ったんです。あのね、泥舟はアタシがこしらええたんですよ」


 顔をしかめた中村が言いにくそうに尋ねた。


「あなたは仇討ちが目的だったんですよね。なぜすぐに殺さずに、なぶるような真似をしたんですか」


「だってアイツはバカだから。こうでもしないと罪の重さが分からないと思って」


 ウサギは勝ち誇ったように答えた。


「サイコパス?」


 低く呟いたのはお雪だった。



*** 八話完結! 最終回は、ついに明日! ***

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