第二話 就活する雪女の巻
「失礼します」
入室してきたのは、
「先日はお世話になりました。お雪と申します。こちらで事務パートの募集をされていると伺ってまいりました」
「お雪さん!」
中村と荒勢が同時に立ち上がった。お雪の夫、己之吉の殺人罪の疑いが晴れたのはつい先週のことだった。
「どうして、ここへ?――おい、荒勢。珈琲、買って来い!」
中村に言いつけられて、ツキノワグマはネズミのように階下のコンビニへ走った。
「パートに応募したんですけど」
小首を傾げたお雪の頬にえくぼが浮かぶ。
「たしか小さいお子さんが……いらっしゃると聞きましたが……勤めに出られて大丈夫なんですか?」
中村が複雑な微笑みを浮かべて尋ねると、お雪は恐縮して頭を下げた。
「お心遣いありがとうございます。お陰様で上の三つ子はこの春から寺子屋ですし、次の双子は認可保育園が当たりましたの。残りの五人は姑と夫でなんとか頑張ると申しますので大丈夫です。正直なところ、子どもたちの食費で家計が大変なんです。こちらで働かせて頂けないでしょうか」
黒目がちな潤んだ瞳にまともに見つめられた中村は、鼻面を赤くして差し出された履歴書に目を落とした。
「ええと。現在は専業主婦。それまでは雪女をされていたと。趣味は料理と手芸ですな。特技は凍結ですか。なるほど」
「とくに免許もないんです。すみません」
お雪はまた頭を下げる。
「お雪さん、パソコンのご経験は?」
「エクセルとワードでしたら。なんとか分かります。タイピングは遅いですが」
「ああ、それなら十分ですね。仕事はほとんど簡単なファイリングですから」
そこへ荒勢が地響きを立てて戻って来た。
「お雪さんが来てくれたら大歓迎ですよ! ねえ、長さん!」
嬉しげなクマはガサガサとコンビニの袋をテーブルに置く。
「おい。なんで、ビールとおしるこなんだよ!」
並んだ飲み物を見て、タヌキが怒鳴る。
「ノンアルコールだから問題ないですよ」
「珈琲買ってこいって言ったろうよ!」
「わたし、おしるこ好きですよ」
お雪が白い頬を赤らめて笑う。
「そしたら熱いうちにどうぞ!」
荒勢がおしるこのプルトップを抜く後ろで、中村がため息をついている。
「それでは――。お雪さん、急なことで申しわけないですが、明後日から来て頂けますか?」
「え? 採用して頂けるのですか?」
お雪が切れ長な目を見開く。
「お雪さんなら願ったり叶ったりですよ。うちは信用第一の商売ですからね。そうだな。最初は午前中だけ、週に三日でいかがですか。仕事はほとんど書類整理です。時給は1500円。福利厚生も完備してますので有給もつきます。初日に印鑑を持参してください」
「はい。ありがとうございます。よろしくお願いします!」
お雪は深々と頭を下げた。
*** 八話完結! この続きは、また明日! ***
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