9.シーカー試験 第三次、四次
翌日、ジン達受験者は寝不足のまま次の試験会場へと向かった。壮絶な二次試験の後、ロッカーへ行って着替えを許された受験者達であったが、新たに宛がわれた宿泊所でもまともに眠れた者は一握りだろう。あの水の恐怖が残り続けていたのだから。
新たな試験会場は長机の並ぶ講堂の様な場所で、今度は番号順に着席することになる。机に置かれた紙から察するに、いよいよ学科試験の時が来たのだ。
「くっそー、寝不足と昨日のことで勉強した内容が吹っ飛んじまったぜ……」
ジンにとってこの学科試験こそが最大の敵であった。学校に行っていない彼にとってはこの学科試験で聞かれる常識的なことも全て初耳に等しい。数か月、みっちり勉強したものの、他の受験生に比べると付け焼刃もいいところだ。普段の生活から、シーカーでも使われるアークウイング公用語の識字が出来ただけでも幸運だ。
「次はお待ちかねの学科試験だ。だが、昨日の極限状態を切り抜けた頭でどれだけ解けるかな?」
ガイアがホワイトボードの前に立ち、試験時間の案内を書く。試験時間は六十分。教科は闇鍋の一発テストだ。ジンは席に着き、リュックを置いて試験への準備を整える。カンニングは考えてもいない。やろうと思えばできるのかもしれないが、生まれて初めての試験でやるのはリスクが大き過ぎる。
「では、初め!」
ガイアの号令で試験が開始される。問題用紙は冊子になっており、別紙の解答用紙に答えを記述する方式だ。マークテストではないので運に期待することは不可能となっている。
ジンが表紙をめくると、まず記述式の問題が目に入った。ここでカノンのアドバイスを思い出す。
『いいか、問題を読んで無理そうなら飛ばして先に進め。一個一個を完璧に解こうとせず、問題に最後まで目を通すことに集中しろ』
(さてこの問題は解けるか?)
最初の問題はこれだった。
『アークウイング公用語がリュウオウ太陽系で用いられている理由を述べよ』
(よし! わかる!)
この問題はジンに解けた。早速解答用紙に、答えを記述していく。ここでもカノンのアドバイスが活きた。
『字を書く時はなるべく大きく。大きい字なら多少下手でも読めんことはない』
(惑星間の航行をリュウオウ太陽系で初めて行ったのはアークウイングであり、その際広まったため、と……)
これは正解である。惑星間に繋がりをもたらした移民船アークウイングが半ば強制する形で広めたものの、移民船ノアが到着する頃にはコミュニケーションの手段として有効だったため利用しているのだ。
『マナ技術とシャドウ技術が発生した時代をそれぞれ選択肢の中から答えよ』
次の問題はこれであった。これは若干引っ掛けであり、実は両方とも同じ時代に発生したものである。
(答えは両方とも1、地球時代だ!)
シャドウに対抗するため生まれたのがマナ技術であり、二つは地球時代から存在したのだ。ただしマナ結晶の採掘は出来ず、人工的に作り出したマナ結晶でマナを使用していた。ここがリュウオウ太陽系のマナ技術と大きく異なる点である。
移民船ノアは特にこの技術を重用しており、移民船の重力発生も空気循環も宇宙船に仕込んだ巨大なマナ結晶で行っている。
『移民船アークウイングはマナ結晶による環境整備を行っているか。〇か×か』
(答えは×!)
一方、アークウイングはシャドウこそ持ち込んだもののそのシャドウが地球を覆い尽くした段階で逃げ出した人々の末裔のため、戦う手段であるマナ結晶技術までは持っていなかった。そのため、酸素は他の惑星から、重力は船そのものを回転させた遠心力で生み出しているのだ。
その後もジンは解ける問題を選んでは解いていき、分からない問題は適当に流して学科試験を終えた。
「やめ!」
「ふぃー、練習しといてよかった……」
学校に行ったことの無いジンにとって、一時間を黙って机に向かっているというのは肩の凝ることであった。だが、過去問を解く時にそれも練習しておいたのでなんとか切り抜けることが出来た。
「さて、次の試験だが、今から紙を渡す。その紙に書かれた番号の部屋へ向かってもらうぞ」
試験官達が受験者に紙を配る。ジンは8と書かれた紙を受け取った。学科試験の会場を後にして、案内に従い荷物を持って番号の書かれた部屋とやらを目指すジン。しかしその前に、前日の嫌な記憶を呼び起こさせる光景が広がっていた。
「うげ……」
なんと、前日の宿泊場所だった部屋の扉によく似た、ハンドルの付いた扉が待ち受けていたのだ。あの部屋の小さいバージョン、といった具合か。しかし、悪いことばかりではなかった。
「あ、ジンじゃん」
「藍蘭か? 印象違うなー」
なんと藍蘭が同じグループであった。彼女は前日のジャージ姿ではなく、どこかの学校の制服だろうか、ブレザーにチェックのプリーツスカートといったいで立ちであった。腰のベルトには三本の刀が差さっている。
グループは四人一組で、後は見慣れないブロンドの男と坊主頭の男がいた。
久しぶりの再会も束の間、ガイアが受験者達に第四次試験の概要を説明していく。
「この試験では密閉空間への適応力、チームワーク、探索能力を計る! 三日間この部屋で過ごした後、扉が開放される。その先に待つ訓練フィールドを乗り越えて帰還すれば試験は終了だ! 持ち込んだ荷物は自由に使うといい」
つまり、また極限状態での能力を試されるのである。試験の内容は全体的に、受験者へ全力を出させない様に出来ているようにも思われた。
「すみません、質問が」
それをやはり不思議に思う受験者がおり、ジンのグループにいた黒髪の男がガイアに質問を投げかける。
「なんだ?」
「なぜこの試験では受験者の実力を制限する様な内容が多いのでしょうか。どうしても気になって」
「いい質問だ。確かにこの試験ではお前達の実力を発揮させない様な仕掛けがしてある」
ガイアはこの疑問を認める。そして、その理由を告げる。
「シーカーの戦いは常にベストコンディションで挑めるものばかりではない。故に、悪い状態での実力が重要になるのだ。ベストコンディションというのは基本的に発揮できないものだと思え!」
これにはジンも納得した。なにせ初めて出会ったシーカーのクインが、そのベストコンディションとは程遠い状態からの生還を果たしたのだから。彼女の場合、ベースシップの墜落という最悪の状況から協力者を得て見事、常夜の星から生還している。その間もシャドウの悪用事件があり決してなだらかな道ではなかった。
「わかったら、その扉に入れ。覚悟を決めろ。ここからは持久戦だ」
扉が開かれ、中に受験者達が誘われる。ジン達のグループも中に入り、部屋を確認する。トイレらしき場所に続く扉以外、何もない狭い部屋だ。四人が入ると、試験官によって扉が閉ざされる。
「ここで三日間か。まぁ、雨風吹くわけじゃねーし楽勝かな」
ジンは部屋を見渡して思った。何かをさせられるわけではないようなので、特に問題は無さそうである。藍蘭も同意見であった。
「こんなの寝てりゃ楽勝よ」
「それはどうかな?」
黒髪の男が二人の楽観的意見に割って入る。彼も藍蘭とは違うものだが、学校の制服らしきブレザーを着ていた。腰には武器らしき剣が収まっている。
「どんな罠があるかわからない。気を引き締めていこう」
「そうだな。お、忘れてた。俺はジン・クレッシェンド」
「私は藍蘭だよ」
二人は黒髪の男に自己紹介する。彼は二人の名前を聞き、自分も名乗り返す。
「俺は宇藤サクヤだ。よろしく」
これで四人中三人が自己紹介をしたことになる。残りはやけにぶかぶかなスーツを着込んだ、眼鏡の上からサングラスをした坊主頭の男だけになる。
「ウィいいっす! どーもぉぉぉぉお! ジミーです!」
「テンション高けーなおい」
やけにテンションが高いジミーという男は、何故かいきなりカメラを取り出して撮影を行った。
「今日はシーカー試験にやってきました! こちらが今回の参加者です」
「何してんだ?」
ジンはこのジミーの奇行に首を傾げる。これを見て藍蘭は何か知っている様な反応を見せる。
「動画サイトにアップするんじゃないかな? ほら、流行りのやつ」
「そんなのあるんだ」
基本ネットをしないジンにとって知らないことだらけであった。このジミーは試験の様子を撮影して投稿しようと企んでいるらしい。
「その余裕がどこまで続くか見ものだ」
「確かに」
サクヤがそう言い放つのでジンも同意した。この極限状態の中、動画を撮影する余裕がどこまであるのだろうか。この部屋は前日に泊まった部屋と違い、食料すら置いていないのだ。つまり、持ち込んだ物が全てということになる。
しかしここで三日間過ごすのも暇である。サクヤはジンにシーカーを目指す理由を聞いた。
「君はなぜシーカー試験を受けたんだい?」
「俺か? 俺はシーカーの英雄になってゴージャスな暮らしがしたいからさ!」
裏表のない正直な答えに、サクヤも苦笑する。取り繕うことも無い本心がこれなのだ。面接では少しカッコつけたが、ここでは正直に話す。
「俺はシーカーになって人々を守るのが使命だと思ったからシーカーを目指しているんだ。藍蘭さんは?」
「私はやっぱ冒険だね。シーカーになったら色々なとこ見てみたい」
それぞれ、シーカーという役職に掛ける思いは違うのだ。だが、シーカーになりたいと思っているのは共通だ。目的意識を共有したところで、一応ジミーにもジンは聞いてみた。
「そこのグラサンは?」
「年上には敬語を使うべきだと思いますぅぅぅぅ」
「……ジミーさんは?」
ジンはムカついた。スラム暮らしの長い彼は一応、人間関係に波風を立てない方法を熟知している。例えば、所詮は底辺同士なので無駄なマウンティングはしない、などだ。しかしそれとは真逆のことをこのジミーはやっているのだ。
「ていうかジミーいくつ?」
「三十四だで」
「……うわぁ」
藍蘭は年齢を聞いてドン引きした。ジンも年齢相応の振舞いというものをよく知らないが、身近な年上であるカノン、ガンショップのおやっさん、鍛冶屋の爺さんがいくつかはさておき、それと比べてあまりにも幼稚なのは分かった。
「で、おで? おでは本当はエンターティナーになりたいんやけど、親がシーカー免許取れっていうから来たで」
「うん、なるほど」
一番しょうもない理由だった。親もきっとこの穀潰しの処理に困っているに違いない。そんなジミーはともかく、この部屋ですべきことは自己紹介の他にあるのだ。
「前みたいに水とかが来てもおかしくないから、壁の薄い場所を探そう」
「おっけー」
サクヤが指揮し、部屋の調査を行うことにした。前回の様に何等かのトラブルが起きてそれを掻い潜る流れが発生するかもしれない。まさか同じ手を二度も使うと思えないが、警戒するに越したことはない。
「監視カメラがあるな」
ジンは即座に監視カメラの存在を気にした。ここはコソ泥たる由縁なのか、やはりそういうものは気になってしまう。
「試験の過程は全て見られていると考えて良さそうだ」
サクヤもこの試験が意味するところを理解した。密室でどの様に過ごすか、その仔細まで見張られているというわけだ。
「おい、見ろよ。なんか箱があるぜ?」
部屋を探していると、ジンが鍵のかかった小さな箱を見つけた。中は揺らすとカサカサ音が鳴り、何か入っているようにも思える。
「じゃあ鍵がこの部屋にあるのかもね」
藍蘭が部屋を見渡す。しかしジンには必要の無いものであった。なぜなら、彼には鍵開けのスキルがあるからである。
「いや、この程度なら開けられるぞ」
「やめたまえそんなコソ泥みたいな真似。俺たちは栄えあるシーカーの一員になるんだぞ?」
サクヤが止めるが、ジンは愛用のキーピックで意図も容易く箱の鍵を開けてしまう。
「といってももう開けちゃったし」
箱の中身は昨日配られたものと同じエナジーバーだった。中身を見るやいなや、ジミーがそれをひったくってしまう。
「これはおでのものだで」
「ちょっと! 箱見つけたのも開けたのもジンなんですけど!」
藍蘭が抗議するも、ジンはこういう争いが一番無駄だと知っている。幸い食料の持ち込みは認められており、荷物の中に食料も水もある。
「ほっとこうぜ。見捨てない程度に」
チームワークを計る試験な以上、脱落者を出すのが一番試験官への心象に与えるダメージが大きいと思われる。ここは一番脱落の可能性が高いジミーにある程度好きにさせてやる気を削がないのが重要だとジンは判断した。尤も、スラムの暮らしならこういう足手まといは即座に切り捨てられる運命なのだが。
「随分と平和なご出身の様だ」
「新大阪出身だで」
ジンの皮肉にも気づかず、普通に出身を答えるジミー。しかしジョンソン・キタカタも言っていた様に新なんとか、という地名をよく耳にする。ジンは気になったので藍蘭に聞いた。
「なぁ、新なんちゃらってことは新じゃない大阪とかもあるのか?」
「あーそれね。ノアのブロック名には地球の地名が使われているところもあるのよ」
「はーん。じゃあ地球には大阪って場所があるのか」
ジンはどだい無理な話だろうがいつか行ってみたいとぼんやり思ったのだった。シーカーになればそんな行きたい場所にも行けるチャンスが来るのだろうが、地球ばかりはどうにもならないだろう。
「出身といえばジンってどこの出身なの? 私は生まれも育ちもオーシアなんだけど」
「俺はネクノミコ出身だ」
ジンは素直に出身を答えた。するとサクヤが意外にも反応を示した。
「奇遇だね。俺もネクノミコ出身なんだ」
「へー、そうなんだ。ブライトか? それともどこかの住宅街か?」
ジンは自分の鍵開けに難色を示したところから、同じスラムの出身ではないと思った。その予想は当たっており、サクヤは自分の過去を話す。
「俺はネクノミコの貧しい家の出身だったんだ。学校にも行かず働いていたら、実は親父がシーカーだったことがわかって、支部に引き取られたんだ」
「へー、家はあったんだな」
貧しいとはいえ、家があるだけジンよりは恵まれた境遇である。むしろジンの様な泥棒を脅威に思う立場の人間であった。ならば彼のコソ泥スキルにいい顔をしないのも当然である。ジンも自分の境遇を話す。
「俺はスラムにいたり一人で行動したり、いろいろだったな。泥棒してはたまに警察に捕まったりして。まぁ最近はそんなヘマもしなくなったけどね。そしたらクインってシーカーが乗ってる宇宙船が墜落してきて、なんやかんやでここにいるな」
「やれやれ、お前は堂々と犯罪歴を語って、恥はないのか?」
サクヤはジンが泥棒をしていたことを快く思ってはいなかった。しかしジンにとっては家もあり貧しいとはいえ生活基盤を持っている者の戯言。良心で腹が膨れるならば苦労はしない。
「恥を偲んで飯が食えるか」
「お前の満腹の裏でどれほどの人が不幸になったか、考えたことはないのか?」
なんだか雰囲気が険悪になって来たので藍蘭が間に入る。この閉鎖空間でジミー以外の爆弾を抱えるのはよろしくない。
「まぁまぁ。ジンだって生きるのに必死だったろうし、サクヤも財産盗まれたら嫌なのは分かるよ」
「本当に必死なら仕事の一つでも見付けられただろう」
「簡単に言うな。学も住所も無い奴に仕事があると思うな」
結局、このグループはジミーの勝手な行動とジン、サクヤの確執で険悪になってしまった。ジンも藍蘭の為になるべく抑える様にしているが、同じ惑星出身で恵まれた環境にいた人間から上から目線の説教を受けるとどうしても反発したくなる。
クインにコソ泥と言われた時は何も感じなかったが、サクヤ相手だと無性にむかっ腹が立つのだ。クインは所詮事情を知らぬ来訪者という諦めもあり、しかもなんだかんだ面倒を見てくれて住む場所と仕事をくれたからだろう。その点、サクヤはネクノミコの現実を知るはずの人間で口だけだからというのが主な理由かもしれない。
その後は無駄な会話を一切せず、黙々と三日間を過ごした。持ち込んだ食料を消費し、水を節約して飲み、ただ何も起きない三日間を過ごす。
「水―水―」
即座に持ち込んだ水を飲み干したジミーが水を求めて徘徊する。ここで水が出る箇所と言ったら一か所しかない。そう、トイレだ。サクヤはリーダーシップが取りたいのか、それともあまりに不用意なジミーを見ていられないのか、それを提案する。
「トイレから水を汲んで来たらどうだ? 幸い、ここのトイレはタンク式でしかも手洗い場付きだ」
ジンも改めてトイレを確認する。サクヤが水を流すと、タンク上部に付いている蛇口から水が流れ、タンクに溜まる。藍蘭もこのトイレには不思議があったようだ。
「なんか古めかしいね。今なんか殆どタンクレストイレなのに」
恐らく受験者が脱水で死なないように、最低限の水は確保できる仕掛けなのだろう。しかし、トイレの水というイメージからジミーはこれを飲むことを拒否する。
「えー、なんかやだ」
「水はここからしか出ない。我慢できるもんならやってみな」
ジンもこれには呆れるしかなかったという。
時間的に三日間経ったのだろうか。最後の方は全員言葉少なになりジミーも不満を言う気力を失っていた。ジンも流石に楽ではあったものの退屈が心の大半を占めていたという。全員が部屋の四隅に陣取って微動だにしない状況が長く続く。
「なんだ?」
その時、少し部屋が揺れる。まるでエレベーターに乗った時の様に、体が置いていかれる感覚があった。しばらくするとその揺れは収まり、閉ざされていた扉が開かれる。扉の向こうには、通路とその壁には扉がいくつも並んでいた。
「ここが脱出のため探索するエリアか……」
サクヤはそう判断した。このエリアを探索し、脱出することが最後の試験になる。これを切り抜ければ試験は終了。だが、今までの様に様々な仕掛けが待ち受けているのだろう。
今、最後の試練が彼らに牙を剥く。
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