シーカー試験編
8.シーカー試験:第一次、二次
ジンがクインと出会って数か月、遂にこの日が訪れた。シーカー試験の日である。ギアズ宇宙港から移民船ノアのハクロウへ向かったジンは、久々にその地を踏んだ。宇宙港を一歩出るとそこにはビル群が立ち並んでいるという光景は、以前となんら変わりない。
「遂にこの日が来たか……」
クインはジンを見送りに来たが、心配が尽きなかった。シーカーの試験は厳しく、内容によっては怪我では済まされない場合も多々ある。試験に向けてジンが勉強をし、フェアウルフの襲撃にも積極的に防衛へ向かっているのは知っていたが、だからと言って油断はできない。
「おう、ほんじゃ、シーカーになってくるぜ」
「やれるもんならな。せめて無事に帰って来いよ」
シーカー試験の案内をするスタッフが看板を持って参加者を誘導する。ジンはクインと別れ、その誘導に従う。数奇な運命か、今日の服装はクインと出会った時と同じ、黒いパーカーに黒いズボンだった。しかし、その時には持っていなかった剣を背負って、盗品や泥棒グッズ以外の物が入った荷物の入ったリュックを背負っている。剣には柄から一つのチャームがぶら下がっている。氷霧のくれた斬撃のマナ結晶を使ったチャームだ。
ジンは宇宙港の近くにあるシーカー本部へと入っていく。本部というだけあり一際大きなビルで、試験はここで行われるそうだ。中に入ると受付があり、そこでも受験者を誘導していた。他の受験者もぞろぞろと集まっていく。受験生には若い者からそれなりに歳を重ねた者まで多彩な面子が揃っていた。
この試験は個人の資質を問うもので、他の受験者との競争ではない。そう氷霧から聞かされていたジンだが、このメンバーの気迫を見ると少ししり込みしてしまう。
誘導に従うと、どんどん建物の奥へ入ってしまう。ここは地上一階だというのに階段をいくつか降り、厳重そうな扉の前へと来る。扉には大きなハンドルの様なものが取り付けられており、その硬さを伺わせる。
「来たな。受験生は更衣室でロッカーに武器を含めた荷物を預け、中に入っている衣服に着替えろ。受験番号の書かれた申し込みの控えを忘れるな」
その扉の前で受験生達に指示を出していたのは、褐色肌のガタイがいい、スキンヘッドの男性だ。ジンは覚えをよくするため、試験官らしきその男性に覚えたての敬語で話しかける。
「本日はよろしくお願いします。ジン・クレッシェンドという者です」
「おう、威勢がいいな。私はガイア・アーノルド。君らの試験を監督するシーカーだ」
このガイアという男性もシーカーなのだ。ジンは挨拶を済ませると、更衣室へ行く。そこには大きなロッカーがいくつもあり、中央の長椅子にはサイズごとに青いジャージが並べられている。
「このロッカー、大丈夫だよな?」
ジンはロッカーを開け閉めして感触を確かめる。鍵が付いているものの、彼なら数分も掛からず開けてしまえるようなものだった。剣はもちろん、ネクノミコ時代から愛用している財布にはシャドウを倒してその素材を売って得た小遣いが入っており、盗まれたくはないものだ。まさか受験者が盗みを働くとは思っていないが、ジンは念の為にある仕掛けをしておくことにした。
「よし、このルーズリーフを使おう」
ジンはジャージに着替えた後、勉強に使っているルーズリーフを一枚取り出し、少し破る。その切れ端をロッカーの下の方に扉で挟んでおく。こうすれば自分以外の誰かがロッカーを開けた時、すぐ気づくことが出来る。鍵はバンドで腕に巻ける様になっていた。
(盗みってのは犯行に気づかせないこともポイントだからな。これで気づけるぜ)
準備を終えたジンは扉の前に戻る。受験番号の書かれた申し込みの控えも忘れずに持っている。
他の受験生も準備をしており、老若男女問わず青いジャージで勢ぞろいだ。これには一体なんの意味があるのだろうか。ジンは考えても分からないので、考えない様にしていた。
「よし、時間だな」
ガイアは扉の前に掛けられた時計を見て試験時間の開始を告げる。全員ジャージにして、最初の試験はなんだというのか。
「これから四日間に渡るシーカー試験を行う! 最初の試験は面接だ!」
ガイアの告げた内容に、一同がざわめく。ジンはこのざわめきの意味が分からず、少し聞き耳を立ててみた。
「面接だったらスーツ用意してあるのに!」
「ジャージで面接?」
どうも、本来面接試験というのは正装で行うものらしい。ジンは面接試験自体あることを知っていたが、その風習については知らなかった。ガイアはそこの説明をする。
「このシーカー試験には多種多様な文化を持つ惑星からも受験者が来る。そして当然、受験者間には貧富の差も存在するというわけだ。しかし、シーカーは実力主義。それらを取っ払うため、一律でジャージによる面接を行う!」
全てをフラットにし、試験官に与える印象を平等化する為にこのジャージを着せられたのだ。これは賢い、とジンも思ったのであった。文化が違えば正装もことなる。多数の惑星で活動するシーカーがどの星の文化の物を正装と定めるわけにはいかない。
「では、受験番号順に面接試験を行う! 全員、覚悟を決めろ!」
ジンは受験番号を確認した。番号は126。かなり後半の方だ。受験番号が最初の方である受験生達が通されたのは、ハンドルの付いた堅そうな扉ではなく、その向かい側にある普通の扉であった。
しばらくすると、受験生達が出て来た。その表情は緊張から解放されたといったもので、一体中で誰が待ち受けているのかという不安を煽るものであった。
(しかし暇だな……)
幸い、グループ面接のため順番が進むのは思ったより早かった。だが暇なことには変わりなかった。こんなに時間があるなら勉強をしたいと思うが、勉強用具は全部ロッカーに預けてきてしまっていたのだった。
他の受験生を見ると、単語カードを使って勉強している者もおり、それぞれの工夫が伺える。
(ぬかったー! その手があったか!)
ジンは自分の経験の浅さを呪った。勉強など今回初めてしたもので、その方法について是非を問う余裕などなかったのだ。そんな自分への怨嗟を込めていると、いよいよジンの順番になる。
「受験番号、124から126の者、中へ入れ」
ガイアに案内され、ジンは面接の部屋に入る。部屋には三人分の椅子、そして長机の席に二人の面接官が着いていた。そこには思わず声を出してしまう様な懐かしい顔がいた。
「あ、ウェストさん。お久しぶりです!」
「おお、ジン君か。久しいな。その分だと敬語はしっかり練習してきた様だな」
あのイーサン・ウェストが面接官の一人だった。もう一人は険しい表情をした、小太りで金髪の、髭を蓄えた男性だった。その男性が、まず口を開く。
「私は君達の面接官を担当する、ノス・コンドラーだ。当然、私がシーカーの副司令であることは知っているね?」
ジンも勉強の過程でその情報は得ていた。実際に会うのは初めてだが、こうしてみるとウェストほどの威厳は無い様に思われる。そしてノスは、まず最初の質問をする。
「まずは名前と出身を明かしてもらおうか。124番からな」
「はい! ジョンソン・キタカタ。移民船ノア、ナガシノの新梅田出身です!」
「はい。永田敦。惑星オーシア、エリア11の出身です」
遂にジンの番が来た。練習通り、自分の名前と出身地を告げる。ここは少し特殊な事情があるので、要練習だった部分だ。
「はい、ジン・クレッシェンド。惑星ネクノミコの出身ですが、現在は惑星ギアズ、ヘッケラータウン在住です」
噛まずに言うことが出来た。とりあえずジンは一安心する。
「では着席したまえ」
「よろしくお願いします」
ジンは練習通り、挨拶をしてから席に着く。ここからが本番だ。ノスが次の質問を投げかける。
「君達はなぜ、シーカーになりたいのかな? 124番から答えてもらおう」
「はい! 自分は様々な惑星を見て回りたいと思い、シーカーに志願しました!」
ジョンソンという受験者は教科書通りの、やけに熱い受け応えをする。ジンも気圧されてしまいそうな気迫があった。一方、永田という受験者は冷静に淡々と理由を語る。
「私は故郷のエリア11が半魚人の侵攻を受けているので、それを根本から絶つ力が欲しいと思い、シーカーに志願しました」
いよいよジンの番である。少し緊張で鼓動が早くなる。が、ここは練習通り、自分の正直な思いを告げればいいのだ。ただし、多少はオブラートに包む形で。
「私は、英雄であるウェスト司令に憧れてシーカーを志しました」
(憧れているのは生活の方だけどね)
嘘を言わず、かつ受けのいい答えをひねり出した形になる。その後も何個かの質問がノスから、時折ウェストからされ、数分間の面接は終了となる。
「いやー、なんとかなった」
面接の部屋から出て、ジンは伸びをする。一番懸念していた面接の時間が終わり、一安心である。ここと学科試験が一番の心配であった。面接の終わったジン達に、ガイアが声を掛ける。
「よし、面接が終わったら次は第二次試験だ。この扉に進め」
そう言ってガイアが指し示したのはあのハンドルが付いた厳重な扉だった。いよいよこの中に入るのだ。扉は既に開かれており、ジン達受験生を飲み込もうと待ち受けている。その手前にはテーブルがあり、番号の書かれたゼッケンが置いてある。
「ここで受験番号の書かれた申し込み控えをゼッケンと交換しろ。ここから先は、後戻りできないぞ」
「へっ、上等だぜ」
ガイアの脅しにも屈せず、ジンは係員に申し込み控えを渡し、ゼッケンを手に入れる。ゼッケンを身に着けてから扉に入ると、中は非常に広く、受験者全員分のベッドが並んでいた。
「第二次試験では集団生活への適正を計る。所謂、チームワークだ。短時間とはいえ宇宙へ出るのがシーカーだ。いつ何時、何があっても対応できるかどうかを見させてもらうぞ」
ガイアの言い分もジンには理解できた。なにせ、初めてシーカーと接触したのがベースシップ墜落の憂き目に遭ったクインだったからだ。もし自分達が同じ状況に立たされた時、混乱せずに行動できるかを試されるのは当然とも言えた。
「広い部屋だな」
ベッドには番号が振られており、部屋の中央には人数分の食料であるエナジーバーを乗せたテーブルがあり、隅にはトイレやシャワールームがあった。大人数が泊まる部屋だけあり、その数や広さは膨大なものであった。
「ここだな」
ベッドは番号順に並んでいるのではなくシャッフルされており、先ほどの受験者、ジョンソンや永田とは別れてしまう結果になる。自分のベッドがどこなのかは部屋中央のテーブルに紙があり、そこに書かれていた。隣のベッドに座っていたのは、長い茶髪の女の子であった。
「あ、あなたが隣の人ね。よろしく」
「ああ、これはご丁寧にどうも」
その女の子に挨拶され、ジンも普通に返す。どうやら見た感じ、同い年くらいらしい。ジンは集団生活の基本として、自己紹介をする。
「ジン・クレッシェンドだ。ネクノミコ出身だけど、今はギアズに住んでる」
「私は藍蘭。オーシアの出身よ。ネクノミコ出身って、珍しいのね」
藍蘭と名乗るその少女は、ふと首元を見ると何か切れ込みの様なものが見えた。だがジンはきっとこれがオーシアの先住民とやらなのだろうと思い、深くは考えなかった。それよりも、壁一面に張られた鏡の方が気になった。ここでダンスの練習でもするのかというくらい大きな鏡がジンの枕元の壁に張られており、とても落ち着いて眠れる環境ではなかった。
「なぁ、この鏡……」
そしてジンはこの鏡がただの鏡ではないことに気づいた。これはマジックミラーである。何度か警察のお世話になっている彼には見覚えがあり、すぐに分かった。マジックミラーはガラスに特殊なフィルムが貼ってあるだけなので、指を付ければ一発でわかる。自身の指と鏡像の指が触れ合えばマジックミラーだ。
ただの大きな鏡に見えるが、向こう側からはこちらの状況が丸わかりなのである。
「マジックミラーだ」
「マジックミラー? 向こうからは私達のこと見えてるの?」
「そうなるな。これは気が抜けないぞ」
その情報を早速藍蘭に共有する。これも集団生活では重要なことである。時刻は既に午後の七時を回っていた。試験開始が午後からだったのもあるが、百五十人近い受験者を三人ずつ面接していたのでは時間が掛かっても仕方ない。時間がある間に、受験者の何人かはもう既にシャワーを済ませたり各々行動を取っている。
「俺はシーカーの英雄になってゴージャスな暮らしがしたいから志願したんだけど、藍蘭は?」
「私はやっぱ冒険かなー。シーカーになると在留資格が一気に取りやすくなるし、惑星を冒険したかったらシーカーになるのが一番なのよねー」
藍蘭の狙いは在留資格であった。シーカーになれば身分の確かさをシーカー本部が担保してくれるため、各惑星を行き来しやすくなるのだ。また滞在日数も自由に伸ばせるため、惑星の冒険をしたいのであればシーカーの免許は取っておくに越したことはないと藍蘭は語った。
「そうなのか。そこも旨味だよなー」
ジンは新たな金儲けの匂いを感じた。他の惑星に行って素材を取って来れば、高値で鍛冶屋の爺さんに売れたりしないだろうかと考えたりした。また、今まではシャドウの残骸で小遣い稼ぎをしていたのが、シーカーの免許を取れば討伐の様子をドゥーグに収めて倒した数でお金を貰える様になる。
「そりゃ、なんとしても受からなきゃな」
「そうとも!」
ジンは金儲けを、藍蘭は冒険の為に免許を目指していた。だが、衝突する様子は微塵も無い。
「でも英雄になってゴージャスな暮らしをしたいなんて変わってるね。金儲けの方法なんていくらでもあるのに」
「それが俺には学が無くてさー、一発逆転の方法に賭けるしかないんだよねー」
藍蘭の様に学校へ行っていれば、他にも金を稼ぐ方法が選べたのかもしれない。しかし、ジンは学校に通えなかった身だ。
「そういえば、学校ってどんなところだ?」
ジンは自分の知らない学校という世界が気になった。クインはシーカーという印象が強いので聞かなかったが、今気になったので藍蘭に聞いてみることにした。彼女も学校とやらは出ているはずだ。
「学校はいろんな勉強をするところだよ。基本的には十四歳まで通って、そこから高等学校に進むか働くかは自由なんだ」
「へー、学校にも種類があるんだな」
「シーカーになりたい人は大体、高等学校には進まずに試験を受けるか養成学校に入るよ」
「養成学校?」
また聴き慣れない言葉が出て来た。シーカーの養成学校など、クインは一言も口にしていなかった単語だ。
「知らないの? 数年前に出来た学校で、試験を受けるとここの入学に有利だったり試験の結果では学費がいらなくなったりするんだよ」
「へぇ。じゃあこの試験頑張れば養成学校にも入れるかもしれないのか」
ジンは新たな情報を得た。もし落ちても結果さえよければ養成学校入りのチャンスもある。これはまたとない機会だ。試験を頑張る理由がまた一つ出来たというもの。
遂に全員の面接が終わり、ベッドが全て埋まる。しかし、ここで一つの異変が起きた。
「おい、食料が無いぞ?」
最後の方の受験者がその異変に気付いた。なんと、一人一個取ることになっているはずの食料であるエナジーバーが足りないのである。ジンはもちろん、一個しか取っていない。これはどういうことか、早速試されているということなのか。受験者の間に緊張が走る。油断して既にエナジーバーを食べてしまった者もいるのだ。
「ま、俺は食わなくても平気だからいっか。ほら、やるよ」
ネクノミコ時代は食うや食わずの生活をしていたジンは、迷うことなく自分のエナジーバーを投げた。受験のことを考えると食べた方がいいに決まっているが、彼に限っては満腹だと却って力が出なかったりする。己のハングリー精神に火を付けることも出来、試験官にいいところを見せられると打算の上で行動した。
「お、おう、ありがとな」
受験者はぎこちなくそれを受け取る。これを皮切りに、足りない分を分かち合う行動が発生した。それはジンの隣にいる藍蘭も同じだった。
「ほら、半分」
「お、ありがと」
ジンにエナジーバーを折って渡す。本日の食事はこれだけだが、ジンにとっては十分だった。早速第一の罠を潜り抜けた受験者達は、明日の試験に備えて就寝を開始した。ジンと藍蘭も無駄なおしゃべりはやめて、すぐに寝る。これは想像していた以上に厳しい試験になりそうだ。
その日、ジンは久しぶりに昔の夢を見た。何も彼は赤子の時から一人で育ったわけではない。子供の頃はきちんと家があり、両親もいた。何人もの弟達もいた。だが、ある日両親はシャドウに襲われて死んだ。帰って来ない両親を、今でも暗い家で待ち続けていたのを覚えている。家の食料が尽きるまで、何十時間も、何日も。
だが、帰ってきたのは遺体だけだった。その時、自分がどうしたかはジンも覚えていない。後に起きた出来事の方が印象的過ぎて、泣いたのか茫然としたのか判然としなかった。
両親の親戚が弟を引き取りに来た。それだけでは全員を養えなかったので、何人か知らないお金持ちも弟達を引き取りに来た。しかし、ジンに手を差し伸べる者は誰もいなかった。口を開けばやれ『もう大きい』だの『髪と目の色が好みじゃない』だの、勝手なことを言う。そして彼は、雨の中に家も奪われて一人置き去りにされた。
空腹のあまり、店の物に手を付ければ理由を聞いて助けるわけでもなくただ暴力を振るって追い出す。雨宿りに軒先を借りることさえ許さない人々の波にもまれ、彼は誓った。いつか自分を捨てた奴らよりも上になって、見下してやるのだと。
『きっとあなたにもわからないんでしょうね』
カノンはジンがゴージャスになりたいのには、他に理由があると推測した。この数か月、その理由も考えていたがきっとこの過去に答えがあるのだろう。
「冷て……雨か?」
ふと、目が覚めた。寝床が濡れているのだ。雨の下、屋根を見つけられなかった時の様に。しかしここは移民船ノアのシーカー本部、それも地下だ。まず雨など入らないし、そもそも移民船では雨など降らないはずである。
水は嵩を増し、完全にベッドを飲み込んだ。これは、何が起きているというのか。異変に他の受験者も真っ暗な中、起き始める。そして、誰かが電気を点けた。ようやくこの異変の全貌が明らかになる。
「水だ!」
そう、水である。水が徐々にこの部屋へ流れ込んでいるのだ。その勢いは早く、ベッドに立っていてもジンの膝まで浸かってしまうほどであった。
「おい、藍蘭起きろ!」
完全に沈んでいた藍蘭を引っ張りあげ、叩き起こす。彼女は驚くことに、水の中でも何の問題も無く眠っていた。
「むにゃ……何?」
「起きろ! 水だ!」
「水がどうしたってのさ……」
藍蘭はこの事態に何ら危機感を抱いていない。受験者の一人が扉を開けようとするも、開くことは出来なかった。完全にロックされている。あの厳重な扉は、水を決して外へは出さないだろう。もしロックが掛かっていなかったとしても、水圧で開かなくなっていたはずだ。その間も水は嵩を増していき、遂にジンの喉元にまで迫った。
「しまった……俺泳げないんだよな……」
ネクノミコの川や海は水質が汚染されており、とても泳げるものではない。大抵の者は学校で泳ぎを習うが、その学校に行っていないジンは泳げないのだ。
「天井まで浸かるぞ!」
「窪みだ! 天井に窪みがある!」
「シャワーのパイプから息をするんだ!」
受験者達は突然の出来事にパニックを起こす。水は天井に達しており、全員分ではない天井の窪みに僅かな空気が残るだけである。完全に沈んだジンは、ふとあることを思い出して一緒に沈んでいる藍蘭に伝わる様に指を差した。
「……!」
藍蘭はしばらく考えてそれを理解したのか、泳いでジン達の枕元になっていた壁の鏡へ向かう。その鏡を何度も強く叩き、それを砕いた。
すると、向こうに空間があったのか、水が割れた鏡の方へ吸い込まれていく。受験者達も一緒にその穴から吐き出された。
「うおああああ!」
一応、向こうに空間があることは予想していたジンだったが、ここまで勢いよく排水されるとは思っておらず、位置の関係か真っ先に飛び出して空間の壁にぶつかる。
「排水、急げ!」
その空間にいたガイアが指示し、部屋の水は徐々に無くなっていく。ジンが顔を拭いて振り返ると、後ろでは受験者が死屍累々といった有様で倒れていた。
「お前がマジックミラーに気づいた時点でこの展開は予想出来た。どこで習った?」
「ゲホッ……警察で見たんすよ」
ガイアの問いかけに、ジンは耳に入った水を抜きながら答える。
「そうか警察か。面白い奴だ」
受験者からはブーイングの嵐だった。殺す気か、死んだらどうするなどとごく当たり前の文句を口にする。だが、ガイアは一切怯まない。
「死にたくないなら初めから試験を受けないことだ。シーカーの仕事は命掛けなんだ」
「で、なんでお前は平気なんだ?」
ジンは文句一つ言わないどころか起こされるまで眠っていた藍蘭に問う。泳ぎが上手だったが、水に沈んでまで眠れるのは異様でしかない。
「あ、そうそう。私、地球移民とウォーマンのハーフなのよね」
「ウォーマン?」
「オーシアの先住民。知らないの? ほら、これ。エラ呼吸と肺呼吸の両方できるのよ」
藍蘭の首元に有った切れ込みは何とエラ。そんな種族がいたとはジンにとって驚きが大きい。しかし、ここで一つの懸念が彼の頭を過る。
「おいこれ、ウォーマン超有利じゃねーか?」
「そうだな」
ガイアもその懸念に一切否定を示さない。水中で呼吸できるウォーマンが、この試験で起きるトラブルに対してとても有利なのは明白だ。しかし、ガイア及び試験官の狙いはただそこではない。
「だから言っただろ? チームワークだ。お前は出来ていたはずだ」
そう、チームワークである。この場合、ジンがマジックミラーを見抜き、水中を自由に泳げる藍蘭がそこを突破する。このチームワークが出来ていなければこのトラブルを切り抜けることは出来なかっただろう。
「他にもあの部屋には極端に薄い壁が何か所かあったんだ。さて、見抜けた者はいたかな?」
突破口はあのマジックミラー以外にもあったのだ。これはジンも気が付かなかったことだ。
「これが二次試験だ。どうだ、怖気づいた者はおるまいな?」
この本気さがシーカー試験。この先、ジン達を待ち受ける試験とは一体どの様なものなのか。
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