6.機械惑星ギアズ
ジンは数日の防疫期間を置き、惑星ギアズへと降り立った。一面に広がる青空と荒野はネクノミコともノアとも異なる光景であった。宇宙港を降りてから車で数時間、荒野に忽然と現れた木造の建物が並んでいる町。これがクインの住む町である。道中の看板には『ヘッケラータウン』と記されていた。
「うはー……ネカフェで見た西部劇ってやつに似てるなぁ」
ジンの感想はそんなのであった。乾いた風で草が転がり、ガンマンが決闘していそうな街並みだ。クインに連れられ、ジンは彼女の実家だという店へ向かった。車を駐車場に止め、街の中へは二人は歩いて進む。ネクノミコではまずみない、舗装されていない道だ。
「ん? なんだあれ?」
ジンはその最中、犬や猫、兎などの耳が生えた人々を見つける。クインの姿は自分と変わらないのに、ここに降り立ってからはそういう人々をよく見かける。もちろん、ジン達と変わらぬ姿の人間も多く存在する。
「なぁ、今日はどんな祭りなんだ?」
「ああん? そうか、お前はアニマを見たことないんだっけな」
「アニマ?」
祭りの衣装か何かだと思ってクインに聞くと、何度目だろうか聴き慣れない言葉がまた出てくる。よく観察すると、人間の耳介がなく獣の耳だけが生えている。また、服から尻尾の様なものも出しており、人間とは異なる種族であることがわかる。
「アニマはギアズの先住民だ。あたしのお袋もアニマなんだ。ああいう風にケモ耳が生えてのがアニマで、まぁ他はそんな人間と変わらねーから気を揉む必要もねーぞ。ああ、あと尻尾は触るなよ。嫌がる奴多いからな」
「そうなのか……」
人間以外の種族を初めて見たジンはいろいろ面喰らっていた。この星は青空以外にも、ネクノミコと違うところが多数ある星の様だ。
「それより、着いたぞ。ここがあたしの家だ」
「シーカーズカフェ?」
話していると、クインの自宅に到着した。二階建ての木造建築物で、看板には『シーカーズカフェ』という店名が書かれていた。幸い、看板の文字はアークウイング公用語なのでジンにも読むことが出来た。
「ただいまー」
「おかえり、結構時間掛かったのね」
扉を開けるとベルの乾いた音が鳴り、カウンターにいる女性が声を掛けてくる。その女性はクインを大きくしてアニマにした様な外見をしていた。彼女がクインの母、ということになるのだろうか。狼のアニマだろう、立った耳と揺れる尻尾が目立つ。
「そうそう、紹介したい人がいるんだよね」
「え? 何その子? 恋人?」
「違うって」
ジンを見て恋人認定するクインの母。しかし現実は厳しいもので、ここでこき使われるために連れて来られただけのコソ泥である。クインは改めてジンのことを紹介する。
「ネクノミコで出会ったコソ泥だ。真面目に働かすために連れてきた」
「そこかしこで俺のことコソ泥って言うよなお前、事実だけど」
「はー、そういうことね。ちょうどうちもお父さんが外出てて人手足りなかったから都合いいわ」
クインの母はジンがコソ泥だと聞いても嫌な顔一つせず、軽く承諾してくれた。こういうところは親子らしい。改めて店内を見ると、天井で換気のファンが回っている古風なカフェだったが、今は客がいない。だが名前からしてシーカーが集まる場所なのだろうか。
「ああ、申し遅れたね。あたしはカノン・カプリチオ。ま、見ての通りクインの母親さね。そんでこのシーカーズカフェのマスターでもある。ここはシーカーの集まるカフェでね、夜はバーもやってるんだ」
「へぇ……」
なかなかに重労働そうだ、とジンは感じた。人手が足りない、ということはクインの母親、カノン一人ではいろいろ限界もあるということなのだろう。今こそ客の入りはそうでもないが、夜になると光景もガラッと変わるのだろうか。などとジンは思っていた。
「暇そうだと思っただろ? これが夜になると変わるんだよなぁ。シーカー目指してる暇ないかもな」
クインによるとまさにその通りらしく、やはり人手が足りないのは事実の様だ。シーカーと聞き、カノンもジンを見る目を変える。
「へぇ、シーカーになりたいのか。そりゃいい。ここは支部も無いし、シーカーも足りないんだ。ま、立ち話もなんだから座りなよ。ジュースくらいごちそうしてやる」
二人はカノンに誘われてカウンターに座る。椅子は背もたれの無い丸い椅子であった。座る部分が回転して、立ったり座ったりするのに不便が無さそうだ。
「まずは見てみろ、あそこのクエストボードを」
「クエストボード?」
カフェの一画には様々な紙が貼り着けられたコルクのボードが設置してあった。貼り付けられた紙の量は膨大で、とてもすぐには読み切れる量ではなかった。カノンがこのクエストボードについて解説する。
「この辺りであった危険生物の目撃情報やその討伐依頼を貼りだす板さ。これを見てあたしらシーカーはその討伐に出かける。その様子をドゥーグに記録してもらって、そいつを月一とかにネットでシーカー支部に転送すればお金が入る仕組みだ。依頼主に報告すれば、そいつからも謝礼を貰える」
「カノンもシーカーなのか?」
「お前……人の母親を呼び捨てに……」
シーカーは所謂歩合制というやつの様だ。カノンもシーカーであり、このクエストボードから仕事を選んで向かうこともあるのだが、カフェがあるので毎日は赴けない。クインも外に出かけるタイプのシーカーなのでここのクエストボードは依頼がいっぱいだ。
「ま、そうだな。敬語は……うん、あたし相手でいいなら練習しときな。試験には面接もある。ま、あたしこの通り雑いから間違いとか指摘してやれねーけど」
「はい! 敬語ってどうするんだ……? いや、どうするんですか、か? これで合ってるかな……?」
ジンの場合、そこからだった。とにかくテレビで見た様な口調を真似るところから初めて見ることにした。
「とにかく、うちで働くのね。シーカーも来るし、勉強になると思うよ。いいわ。だったらまずはこの町のことを覚えてもらわないと」
「この町、か?」
カノンはクインの提案をするっと承諾した上で、ジンにこの町で働く上で必要なことを覚えさせようとする。このヘッケラータウンのことである。まずは町のことを覚えないことには、シーカーとしてもカフェの従業員としてもやっていけない。
「クイン、この子に町案内してやんな。そうだ、あんた名前は?」
「ジンだ、です」
「苗字は?」
「ありません」
カノンはジンに苗字を聞いたが、残念ながら苗字というものを持っていない。そこで彼女は少し考え、あることを思いつく。
「ジン……クレッシェンド。そう、あんたは今日からジン・クレッシェンドだ! クレッシェンドは地球の言葉で『だんだん強くなる』という意味だよ」
なんと、ジンに苗字をくれるのだという。ジン・クレッシェンド。それが今日から彼の名前となるのだ。
「ジン……クレッシェンド、いいな……いいですね! ありがたくもらいます!」
「うん、というわけだ。さっそくクレッシェンド君を案内したまえクイン」
「はーい」
なんだかノリノリの二人に対して冷めた様子のクインだったが、言われた通りにジンを案内することにした。ジンとクインの二人は店を出て、クインの先導でヘッケラータウンの散策に向かった。
まずは町の端にある駅である。ここは鉄道が主な移動手段で、ジンにとっては映像でしか見たことのない蒸気機関車が白い煙を吐いて駅を出発する。駅はレンガ造りで、周りの建物とは一線を画す存在感があった。
「なぁ、SLの煙って黒くなかったか? なんであれは煙白いんだ?」
ジンは上記機関車の吐く煙が黒ではなく白いことが気になった。歴史映像やブライトエリアの金持ち向けテーマパークの宣伝では機関車が黒い煙を吹くシーンが多数あったため、ジンもそれは印象に残っていた。クインはそこについて説明する。
「いいとこ気づいたな。それは燃料が違うからなんだよ」
「燃料?」
「ああ。地球で運用されていた頃の蒸気機関車は石炭っていう化石燃料を使っていたから煙が黒かったんだが、こっちの汽車はセキズミ芋を干したもん使ってんだ。よく見てみろ」
クインに言われて石炭車、ならぬセキズミ芋車を見てみると、確かに石というよりは干し芋が大量に積まれている。
つまり、燃料がバイオだから煙の色も違ってくるのである。燃やして出る物が違えば当然、煙の色も変わるのだ。
「へぇ、そんな燃料がここにはあるのか……」
しかし、なぜ未だに機関車なのだろうか。ジンは気になった。よく彼はネクノミコで電車にも(キセル乗車だが)乗っていたので、馴染みがあった。だがこのギアズでは電車ではなく汽車が使われている。
「なんでSLなんだ?」
「ギアズは自然が厳しくてな。最新鋭のデリケートな機械使うより使い古された昔の技術の方が安定するのさ。今でこそ若干熱いかもしれないが、夜は冷えるんだここ。寒暖差が激しいとな、機械にも悪いんだ」
「へー……ん?」
確かにギアズは走っている車もどこか古めかしい。環境によってはそういう選択もありえるのかとジンは学んだ。そこで彼は周りの人を観察してあることに気づく。アニマである人々に目が慣れた後、ようやく気付いたことだ。
「みんな、なんか武器持ってね?」
そう、行き交う人々が銃やら剣などの武器を携帯しているのだ。多くの人が銃を、一部ちらほら剣や槍といった感じである。これはネクノミコでは見られない特徴だ。あの常夜の星では、武器など持っているのは警察やブライトエリアの警備員くらいなものである。
「ああ、この町は亜人種やシャドウの襲撃が多いからな。お、まずここだな。覚えとけ」
「亜人種の襲撃? つーかシャドウって他の惑星にもいるんだな」
気になるワードが出た中、それを聞く間も無く第一の目的地に二人は辿り着く。木造の建物が多い中、コンクリート造りの建物でネオンの看板を持っている店舗だった。読める字を読んでいくと、『ヘッケラーガンショップ』と書かれている。
「ここは町一番のガンショップだ。ここで銃の弾丸とか補充できるんだ」
「はーん」
店内に入ると、銃が壁一面に並び、棚には銃弾の箱が積まれていた。これが全部銃火器、商品なのだろう。クインが銃弾を調達する店がここだ。
「おやっさーん、帰ってきたぜー」
「おう、クインちゃんか。久しぶりだな。で、今日はいつものかい?」
ヒゲ面の、太った人間の男性がカウンターでクインを迎える。そして、ジンを見て一言声を掛ける。
「おいおい、この町で丸腰かい? そいつはいけねぇな。何か拳銃でも持っておくんだな」
「んなに治安悪いのか?」
ジンは武器を持てとガンショップのおやっさんが堂々と言うものなので、この町の治安を心配する。しかし、クインはそれを否定する。
「ちげーよ。人間同士の犯罪ならギアズでも少ない町だ。亜人種が襲撃してくるからな。人間同士で争ってる場合じゃないのさ、ここは」
「さっきから聞くけど亜人種ってなんだ?」
「話すより見た方が早いさ」
ジンはクインに亜人種というものについて聞くが、そこはぼかされる。なによりおやっさんのセールストークがそれを覆うくらいに凄まじい。
「んなもん今日辺りにでもみれらぁ。シューティングレンジへ行こう。そこで銃を選んでやる。この辺じゃ見ない顔だけど観光客かい?」
「うちの新人だよ」
「ここに住むのか、なら余計銃がいる。うん」
おやっさんに押し切られる形でジンは射撃場に向かった。店内の奥に的があり、そこで銃を撃てるようになっている。カウンターから、吊るされた紙の的を狙うのがシューティングレンジの使い方らしい。
「まずはハンドガンの教科書、ブローニングハイパワーだ。こいつはすげーぞ。地球移民が持ってきたものの中でも名銃だ」
おやっさんがカウンターに置いたのは、もうジンの目にもハンドガンだなこれはというくらい絵に描いた様な自動拳銃だった。クインが使っているものとは違うが、形状がよく似ている。
「クインの銃は?」
「ベレッタ90TWO。銃は基本、地球移民の産物だ」
よく似ているが種類は違うらしい。ジンにとってはその辺どうでもいいので、聞くだけ聞いたら銃に向き合う。おやっさんがまず、銃の扱い方を教える。初対面ながら真剣な雰囲気にジンも真面目な態度で聞く。
「お前さん、銃は初めてだな? なら、まず気を付けることがある。銃を明確に撃つ瞬間まで引き金には指を触れるな。早撃ち用に調整された銃なんかは触れただけで発砲しちまう」
「こうだな」
クインが実践してみせる。銃を天井に向けて手にしているが、引き金に人差し指は触れず、ピンと伸びている。ジンもそれを真似して銃を手にしてみる。引き金には触れない様に。
「そして銃口の先には常に何百メートルものでっかい刃物が付いていると思え。壊したくないもの、撃ちたくないものには銃を向けるな」
「おう」
ジンはクインの様に銃口を天井に向ける。ここまでは基本である。
「そして常に弾が入ってるか確認しろ。グリップの近くにあるボタンでマガジンが落ちる。弾の有無を確認することは銃を扱う上で最重要なことだ」
「これか」
マガジンを外すと、中に弾は入っていなかった。ジンという銃に初めて触る人間が触れるのだ。当然、不慮の事故を避けるためにまずは弾を抜いておく。おやっさんは空のマガジンに一発だけ弾を入れてやると、次の指示を出す。
「一発、撃ってみろ。まずはこうやってコッキングするんだ」
おやっさんやクインのする様に、銃の上部を引っ張ってジンは的に狙いを付ける。クインを真似して片手で、引き金を引いた。すると想像以上の轟音が鳴り響いたので彼は目を瞑ってしまう。手も強い反動で痺れていた。
「っ……な、何が起きた?」
落雷を受けた様な気分になりながら、ジンは辺りを見渡す。吊られた紙の的は傷一つ負っていない。そこへおやっさんとクインが一斉に射撃する。放たれた銃弾は見事、真ん中を撃ち抜いた。
「銃ってこんな難しいんだ……」
「練習すれば出来るようになるさ。敵に近づかなくていいから安全だぞ」
おやっさんは銃の利点をアピールするが、ジンにはとても扱えそうに無かった。考えてみれば、その練習をするのにも戦闘をするのにも、銃弾というお金が掛かる。
「いや……これすっごいお金掛かるよな……?」
「一発で倒せばいいだろ?」
「そこまでに破産するわ」
クインはあっけらかんと言ってのけるが、ジンとしては機動に乗る前に大損する武器は避けたかった。
「護身ならともかく俺シーカーとして積極的に戦闘するんだぜ?」
「おまえさん、シーカー目指してるのか。なら、向いてない武器は無理強い出来ないな。シーカーの仕事は命懸けだからな」
おやっさんもジンの進路を聞き、銃への道を諦める。しかし、ここで何もしないのは男が廃ると思ったのか何かを店の奥から持ってくる。それは、先ほどハンドガンに込めたものより大きな銃弾の形をしたネックレスだった。薬莢の素材は同じだが、弾頭は黒く輝く宝石で出来ていた。
「これを餞別にやるよ。弾避けのマナが詰まった防具だ」
「防具? とにかくありがとう」
貰えるものは貰う男ジン。有難くそのアクセサリーを貰い、着けてみる。防具と呼んでいたが、どう見てもアクセサリーだ。
「この町じゃそういう奴はいねぇが銃犯罪に巻き込まれたり、もし誤射されてもそいつが守ってくれる。弾避け、つーか全般的な防具だな」
おやっさんはそう説明した。これがこの星の防具、とても信じられない話だが、武器を売る人が言うのだからきっと間違いはないのだろう。
クインとジンはガンショップを後にし、次の目的地へ向かった。ガンショップの近くにあるのは、金物を扱う鍛冶屋であった。石レンガの建物に煙突が特徴的であった。鍛冶屋というのは火を使う仕事なので、燃えない様に建物にも工夫されているのだろう。
「じいさん、来たぜー」
「なんだ、お前さんか。珍しいな」
鍛冶屋を取り仕切るのは、眼鏡を掛けた爺さんであった。店には鋤や鍬など農業用の道具や馬に取り付けるものと思われる蹄鉄などもあった。その中で、一際目立つのが槍や剣といった武器類であった。店の奥には金床と炉がある。ここで錬鉄も行っているのだ。
「店の包丁でもダメになったのか?」
「いや、新人が来たんで挨拶をな」
「どうもっす」
ジンは鍛冶屋に挨拶をする。鍛冶屋の爺さんは彼を見て、しばらく考えてガンショップのおやっさんと同じ様なことを口にする。
「この町で丸腰とは……ガンショップには行ったみたいだな」
陽気な親父といった風体だったおやっさんと違い、鍛冶屋の爺さんは寡黙そうな印象を受けた。だが、やはり武器を持っていないことを心配するのは同じだった。武器の中からいろいろ見繕って、一本の剣を持ってくる。
「お前さんは細身で力はないが身軽と見た。槍の方が所初心者向きじゃが、かさばる武器は好まんだろうて。この剣を持って行きなされ」
鍛冶屋の爺さんがジンに渡したのは、ロングソードだった。柄は両手で持てるほど長く、刃渡りもジンが腰に差すには長いほどある。鍛冶屋の爺さんは背負うタイプの、革の鞘も渡す。
「俺この星のお金持ってねぇぜ?」
「いいんだよ。こいつは処分に困ってたもんだ。病気して久々に仕事やるって時に、ウォーミングアップがてら打ったもんで、とても金なんざもらえねぇ品でな。武器持ってねぇお前さんにはピッタリだろ。金稼いだらもっといいの買いな」
お金を持っていないジンに、鍛冶屋の爺さんは快く剣を譲ってくれた。職人気質が金をとるのを許さない出来の剣なのだろうが、一見すると、いやよく見てもとてもそんな不良品には見えない立派な剣だ。
「おー、なんだか知らないけどありがとう。これで一安心だ」
武器を手に入れてとりあえず安心するジン。これで亜人種の襲撃とやらが来ても一先ずどうにか出来そうな状態にはなった。
「剣の使い方はわかるな? そいつを思い切り振れ。細かい剣術は不要だ。そうすれば剣はお前に答えてくれる」
「なるほど、分かりやすいや」
使い方も銃ほど難しくなかった。これなら戦えるとジンも剣を持って重みを確かめる。素材は金属で、詳しくは分からないもののずっしりと重い。
ジンは剣を鞘に納めて背負い、クインと共にヘッケラータウンを回った。生活に必要な施設、車にイシュ麦を発酵させた液体を入れるスタンド、食料品を扱うお店などを見て回る。木造の建物が多いだけで、暮らしぶりはネクノミコの裕福な場所と大きくは変わらなかった。
二人がチェーン店のコンビニを見ていると事件は起きた。最初は何だか西部劇の街並みを崩す様な浮いた建物であるコンビニに戸惑うジンだったが、それも慣れて収まってきた頃、街中に警報が鳴り響いた。
『緊急警報発令、ヘケッラータウン南部にフェアウルフの群れを確認。現在、作戦準備中です』
「な、なんだ?」
「来たか、亜人種の襲撃だ」
クインと共にジンはコンビニを飛び出し、そのまま街の南部、駅のあった方とは逆の隅に向かっていく。すると多くの人が集まっており、ガンショップのおやっさん、カノン、鍛冶屋の爺さんも集まっていた。よほどの大事なのだろう。
「来たか、お前さんらも」
「シーカーがいねーと締まらねぇだろ」
「俺もシーカー志望だし」
鍛冶屋の爺さんがクインとジンの姿を見つける。彼らが見つめる先には、砂煙が巻き起こっていた。その中に、ジンは奇妙な生物を見つける。犬が二足歩行をしている、というか人間の顔が犬になっているというものだ。
「あれがフェアウルフ、亜人種?」
これがクインの話に出て来た亜人種というものなのだろうか。全員毛むくじゃらの半裸で、武器も何かの生き物の骨をそのままこん棒にした様な武器を手にしている。それか、武器すら持たず素手の者がいた。
「あいつら、何が目的だ?」
「侵略するのが目的って仮説だよ。言葉が通じる相手じゃない。とにかく倒せ!」
ジンは彼らの目的を気にしたが、クインによるとただ侵略が目的ではないかという以上、言葉が通じないので不明とのことだった。ジンはそういうものだと無理矢理理解して剣を抜く。やらなければやられる世界も、慣れたものだ。
「銃持ってる奴はあっちへ、近接武器の奴はあっちを頼む!」
カノンの指示で集まった人々が分かれる。彼女はリボルバーを持っており、戦闘方法自体はクインと大差ないと思われる。他の人々もライフルやショットガンを手に立ち上がっていた。
近接武器持ちとしてクインやカノンと別れたジンは、メイスを持った鍛冶屋の爺さんと二人きりになってしまった。
「俺らだけかよぉ!」
「そりゃ基本、銃を撃ちたい奴しかこの戦いには参加せんからのう。近接武器を持っている奴は自衛のためじゃて」
「マジかよー!」
まさかの人手の少なさに、ジンは驚く。つい、逃げようという思考が頭を過る。基本、危機からは逃げてきた人生だ。何かに立ち向かったことなど一度も無い。それでも、シーカーを目指すなら、シーカーの英雄になってゴージャスな暮らしをするのならこの戦いも必要不可欠なことなのだろう。
「よーし、この程度で逃げてたまるか!」
ジンは自らの顔を叩いて気合を入れる。ここで活躍出来ないようでは英雄など夢のまた夢だ。
「来い! いつでも相手になってやる!」
そして遂に、目の前に現れた数体のフェアウルフに剣を構えて立ち向かう。腰は引けているが剣を両手で構えて勇ましく相手を威嚇する。
「行くぞ!」
吠えるフェアウルフに向かってジンは剣を振り上げ、思い切り下ろした。フェアウルフは骨のこん棒を防御に使うが、剣はそれごと叩き切って敵を両断する。ジンが手に伝わる生の感触に後ずさりした後で、切り傷から血が吹き出す。これが金属の剣の威力か。この力を発揮する剣ですら、鍛冶屋の爺さんは金を取れないと言っていた。
「す、すげぇ……俺にも敵が倒せる……!」
今まで、敵からは逃げてばかりだったジンは自分でも困難に立ち向かえるという状況に驚きしかなかった。が、その感動に呑まれてサイドから迫る敵に気づかなかった。
「小僧! 敵が来てるぞ!」
鍛冶屋の爺さんもメイスで他のフェアウルフを相手にしており、援護に行けなかった。ジンの頭に向かって、骨のこん棒が振り下ろされる。
「うわ!」
ジンが気づくも、剣を両手に持っていて防御が追い付かない状態だった。骨のこん棒がジンの頭に直撃するが、彼にダメージは無く、逆にこん棒が折れた。そして、付けていた弾丸のペンダントが強く輝く。
「これがガンショップのおやっさんが言ってた、防具ってやつなのか?」
この謎の現象を利用し、ジンは隙だらけになった敵のフェアウルフを剣で貫く。肋骨の無い腹部を狙ったおかげで剣は敵を貫通し、剣に掘られた血抜きの溝によって難なく引き抜くことも出来た。
「行ける、行けるぞ!」
ジンはその後も鍛冶屋の爺さんと共に迫りくるフェアウルフを倒し続けた。日が暮れる頃にはフェアウルフの攻勢も無くなり、街は再び平和を取り戻したのであった。
その夜、シーカーズカフェでは新住人のジンを歓迎する宴が盛大に開かれていた。
「カンパーイ!」
大人たちが泡立つ金色の酒を飲む中、ジンとクインは未成年なのでジュースを飲んでいた。昼間にはガラガラだったカフェも、今は満席だ。ジンはテーブルで大人達に囲まれ、クインはカウンターで飲んでいた。
「いやー、いい根性してるわこの新顔!」
「ど、どうもっす……」
「フェアウルフに立ち向かったんだって? それも剣で!」
見知らぬ人に褒められて、ジンは思わず照れてしまう。褒められ慣れていない彼だ。こういう時、どんな反応をしていいのかわからなくて困っていた。この宴はジンの武勇を褒め称えるものでもあった。
「いやよく向かっていくよ。勇気ある!」
「なんか、こう。俺って昔から捕まったら人生おしまいみたいな状況が多くて、敵を倒せるならそれほど怖くないっていうか……」
ジンはもっと一方的に追い詰められる戦いを経験しているせいか、こちらからも攻撃できる様な状況ならそれほど恐怖は湧かなかった。戦闘行為自体は殆ど初めてだったが、ネクノミコにいる間は毎日が命懸けであったため、自然と変な度胸が付いていたのだろう。
「あんまこいつをおだててやんな。コソ泥が更生しただけなんだからさ」
クインは相変わらず冷めた目線でジンを評価していた。彼女からしてみれば生まれつきこの町で暮らしてきたせいもあって、フェアウルフに立ち向かうのは当たり前である。その上でジンの悪い一面も知っているのだ。その面がここで出ない様に警戒しているのもある。
「でも命の恩人なんだろ? もう少し褒めてやってもいいじゃないか?」
「まぁそうだけど……」
ガンショップのおやっさんに言われ、少しは態度を軟化させるクイン。こんなコソ泥でも命の恩人であるから一応目を掛けてここまで連れてきたのである。
「この調子でシーカー目指すぞ!」
「そう上手くいくか?」
ジンはシーカーになる気満々だったが、クインはその可能性について懐疑的であった。何故なら、強いだけでなれるほどシーカーの試験は甘くないのだから。
「おーし、よく言った。だったらこいつ食って力付けな!」
カノンがテーブルに大きなアップルパイを持ってきた。褐色に焼けたそれはとても甘い匂いを放っており、美味しそうであった。
「お、おいこれって……!」
「誰だこいつにお菓子作りの許可出したの!」
しかし周囲の大人達は阿鼻叫喚であった。既に切り分けてあるそれをジンはひとつ口にした。パイというか他人の作るお菓子を食べたことなどない彼であったが、ただこう言わざるを得なかった。
「美味しい!」
「え? マジで?」
これには作った本人であるカノンも驚いていた。周囲の大人達も顔を見合わせる。
「遂にカノンがお菓子作りで分量を守る様になったのか……?」
「この新入りがウソを言っているようには思えん……。そもそもウソを吐く余裕のある味ではない、ということは……?」
勇気を出して大人達もアップルパイを一つ食べてみる。しかし、全員が口を抑えて悶絶する結果になった。
「うげぇ!」
「いつもと変わらねーじゃねーか!」
「どうしたんだみんな? こんなに甘辛くて美味しいのに」
ジンはどうやらアップルパイが甘辛いことに何の疑問も持っていないようだった。いや、正確には僅かながら疑問は持っていた。しかし美味しく食べられることと、ここがネクノミコとは違う惑星だからアップルパイの味も違うのだろうと思っていたのだ。
「まずアップルパイが辛いことに疑問を持てよ……」
クインはジンの味覚音痴に呆れるしかなかった。
(ま、こいつも一回落ちりゃ諦めんだろ……)
この時、彼女はジンがシーカーになれるなどと欠片も考えていなかった。しかし、運命は確実に転がり始めていた。
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