乾いたその惑星で人造人形は夢を見る
小椋かおる
第1話 男は少女に出会った
その星は乾いていた。
度重なる異常気象と、異常なほどのスピードで進んだ温暖化。
星のほとんどは砂漠と化し、人々は『
しかし、『都市』には限られた人数しか収容できない故に、『市民』と『非市民』という階級差別が生まれ、『非市民』として生きる者はそれこそ底の底の生活しか許されていなかった。
前世紀の遺した遺産である、機械と科学。
それらと共に、それでも、ヒトは、生きていた。
「あ、つ」
砂漠の真ん中に一直線に伸びたアスファルトの上を、男は歩いていた。
『都市』と『都市』を繋ぐ連絡路。
ヒトが生活できる都市は、現在、全部で13ある。『13都市』と呼ばれることもあるが、それぞれ固有の名称を持っていて、それぞれが独自の文化を持つが、共通していることがひとつ。『市民』が暮らす
滅多に『都市』間を移動する人間などいるわけもなく、ましてや、この熱砂の砂漠を越えて移動しようなどという酔狂な輩も少なかった。何故なら、『市民』でいられるのは固有の『都市』でだけだからだ。例え他のどの都市で『市民』として暮らしていようとも、他の『都市』に移れば『非市民』の扱いを受ける。
けれど、男は歩いていた。
目深にかぶったフードの隙間から、少し長めの髪がこぼれる。
「……あ、と、どれくらい、だよ」
水も尽きてしまった。
足ががくがくと震え出す。
ふいに、かくん、と力が抜けて脇の砂地の上に、体が投げ出された。
分厚い耐熱性のマントが体に張りつく。
意識が遠のく。
ふいに、人の気配がした。
「……お兄さん?」
声質からすると若い女。けれど倒れた男は顔を上げる気力すらないらしい。
「そんなとこで寝てると死んじゃうよ?」
ぺちぺちと頬に手が触れる。
それすらもどこか遠い感覚。
「……放っておいて、くれないか」
「そうはいかないでしょ」
ふう、とため息をつく音。
それを最後に倒れた男は深い淵へ意識を手放した。
ゆっくりと、覚醒していく意識。
男はまばたきを何度かした。
薄暗い室内。横たえられていたのは、古ぼけた病院用のベッド。
「あ、起きた」
ひょい、と顔を出したのはあどけない顔立ちと言って申し分ない顔をした、肩口で切り揃えた波打つ金茶色の髪をした少女。
白い肌に、
「ここは……」
「13都市のひとつ、第7都市ジャバウォックの
はい、とミネラルウォーターの入ったコップを差し出される。
なんだかまじまじとその様子を見つめてしまった。
「どうしたの? 喉、乾いてるでしょ?」
「あ、ああ、いや」
「だ~いじょぶ。一文無しの人を毒殺したってあたしが得するようなこと一つも無いから」
にこ、と笑って、手にコップを持たせられる。
おそるおそる、一口、唇につけた。
その心地好さに恍惚とする。
こくん、と一口飲むとひりついた喉が潤されていくのが分かった。
「でも無茶するね、お兄さん。砂漠越えなんて」
かちゃかちゃと何かを片付けながら、少女が呟く。
「拾ったものは拾った人に所有権があるんだよ、知ってた?」
手元から目を離さずに少女が言う。
男は少しだけ目を細めた。
「それが、ここのルールかね?」
「ま、そんなとこ。お兄さんをどうこうしたい訳じゃないんだけど」
顔を上げて、トランクケースをばたんと閉めると、人懐っこい笑みを浮かべて見せた。
「何処から、来たの? それくらい聞かせてよ」
「……第2都市から」
「はぁ? あんな治安のいいとこからぁ? 酔狂だねぇ」
呆れたような物言いをする青年を、男はじっと見つめる。
「あんたは、ここで何してる?」
「あぁ、あたしはね、あんたじゃなくてライラっていうの。お兄さん」
にこ、と笑って訂正される。
「じゃあ、ライラ」
「お兄さんの名前教えてくれたらいいよ」
笑顔でだめ押し。
「ダグラス。ダグラス・テイラーだ」
「ダグラス? あたしはね、ここで『
親切にもライラは笑顔のままそう告げた。ひどく人懐っこい印象を受けるが、よくよく見て見れば笑ってはいない。目の奥が。
「ダグラスは何する人?」
「まだ、決めてない」
「そうなの?」
「ここに来ることだけ決めて、出てきたから」
ダグラスはそう言って黙り込む。
ライラは手持ち無沙汰げにちょっと気まずそうにしていたが、一転してにぱっと笑って見せた。
「
「あぁ、知ってるが」
ヒトの形をした、ヒトでないもの。
スレイヴドール(奴隷人形)という呼称で呼ばれることもある、その擬似生命体はこの星に深く浸透している。規格物と呼ばれる個性を持たない個体から、オーダーメイドでひとつひとつ作り上げられるような最高級品まで。ほとんどが無機物で作られているようなものから、人造血液を使ったほとんど有機物で作られているものまで。すべて、その都市に一人は必ず存在する『
人形は、主人がいなければ存在してはならないもの。
「それがさ、規格物以外のって結構頭いいからよく脱走するんだよ、主人とこから」
存在を、許されはしないのに。
「それをとっつかまえるのが今のとこの主な仕事かな。いい金になるんだよね」
なるほど、とダグラスはその話を興味深げに聞いている。
「それは我輩でも出来るようなことかね」
「どうかな?」
じっと菫色の瞳に見つめられる。
「ダグラスはお金必要なの?」
「ああ」
「どうして、『市民』だった生活を捨てちゃったの?」
素朴な疑問。
『市民』であればありとあらゆる面で優遇され、生活に支障をきたすことは無い。
なのに、なんで敢えて危険な砂漠越えを選んで、ここまで来たのか?
しかしダグラスにとってそれよりももっと不思議なことがあった。
「……なんで、俺が『市民』だったことを知ってるんだ?」
「そりゃ、ちょっと<検索>すりゃすぐだよ。メインデータに入ってるんだもん」
あははっとライラが笑う。
「あたしも、
そう言われて、ダグラスは絶句した。
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