我が妄想の記

妄想筆記者

第1話 2月7日

いつになく晴れていたので教室の窓から注ぎ込む日の光は、ほのかに君の横顔をかすめてすとんと床に落ちる。

僕はその横顔をずっと目をそらさないで見ていようと思ったけれど、それではあまりに不自然だから、時々前で話す教授の方をちらと見ながら、それでもやはり逆光の君の姿を捉えようとする。

大学はもう終わるからきっと君の横顔を見たりなんかはしばらくできないんだろうなと落胆する右側の傍観者の姿なんかを気に留めるはずがない君は、教授をぼんやりと見つめたり、手元のスマートフォンをいじったりの反復運動で、なんだか忙しそうだった。

君が例えば消しゴムを盛大にこちらに飛ばしてしまったとして、僕は何も知らないみたいにクールに立ち上がって、どこか遠くを見つめながら、決して床を見たりしないで消しゴムを拾い、靴裏が床に叩きつけられるコツコツという音を、少し大きめに立てて君のそばに寄っていくのだ。

君はなんだろうと思うかもしれないし、そのときには僕が右手に柔らかに握った消しゴムに気がついているかもしれないが、横顔のあの顔は僕の方をじっと見つめて、きっと口パクに「ありがとう」を呟く。

僕は話しかけられるなんて大それたことを望んでいないから、その口パクの形だけを脳内に留めて、やはりクールに微笑んでその場を立ち去りたい。

君は僕のしたことを覚えていてくれるだろうか、それとも、やはり小さな白い消しゴムを拾われただけのことを覚えていたりなどしないで、きっと春休みに積み重ねるであろう鮮やかな学生時代の思い出の下敷きに、まるで無かったかもしれないことのように、そして言われてみればあったかもしれないことのように潰されていくのだろうか。

僕は全然関係ない授業であるのに、栗木京子の短歌を思い出していたよ。

「観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日我には一生」

けれど僕と君が観覧車に乗るようなことはありえないわけだから、君の記憶からさえ消えてしまいそうな、消しゴムを拾われたくらいの思い出を僕に用意してくれても良いんじゃないだろうか、と思って君の横顔を見つめるんだけれど、そんな妄想はやはり君の顔には全く響いていないようだった。

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