第34話 井津治は昔の父の妻に会う

同じ東海道線をすれ違い大阪へ向かう列車に井津治が乗っていた。大阪に居るあの男の家へ向かっていた。

井津治が尋ねると戸が開くなり罵声を浴びた。家に居た二人の子供は父に愛想を尽かして十代後半で家を出て家には妻しか居なかった。

「ひつこいはねぇ居ないと云ったら居ないのだからもう帰ってとくれ」

「永倉さんの奥さんですか」

「そうだがあんたは見慣れない顔だねぇあんたもあいつの借金の取り立てをやってんのかい」

「そうじゃないんです。ぼくは永倉井津治と言います」

「永倉・・・? 同姓? 内の人とどう云う関係?」

「あのややこしい戸籍を見ませんでしたか、一人抜けてる子が居たでしょう」

「あっ! あんたなの、確かそんな名前にバツがしてあったけどそれがあんたなの、じゃ内の人と会ったんだねぇ」

女は井津治をしげしげと眺めた。

「まあ色々と聴きたいことがあって来たんだねぇ立ち話もなんだから」と粗略に扱えぬと思ったか招き入れた。それでも女は出涸らしのようなお茶を差し出した。見渡した調度品もこのお茶と調和が取れていた。

「一人ですか?」

「家族は早うにあの人に愛想尽かして出て行ってね」

此の人も愛想尽かしたはずだがなぜ居るんだ。行く当てもない中年を過ぎた女に言っても無駄かも知れない。

「あなたはぼくの事を何処まで知ってるんですか?」

「あの人は何も言わなかったのかい、まああんたがさる家の遺産を貰う話なら聴いているけど、だけどどう見ても内の人とは関係ないわねあんたが義侠心を出せば別だけど」

「それを当てにしてるんですよ」

「だったらそうしたげたら、ご覧の通りこの家には何もなくてね」

女は顎で指し示した。

「残っているのは此の家だけですか」

「家も借家ですから、もっともここ何年かは払ってませんが」

「それで大家さんは何も言わないことはないでしょう」

「言いたくても言えないんでしょうね。内の人は怒鳴り込んだり無い物は払いたくとも払えねぇと泣き落としたり最後は必ず利子付けて払うとの決まり文句で伸ばしてしまってね、でも最近は内の人が寄り付かなくなったのを幸いに大家はあたしを追い出しに掛かったんですよ」

 ちょっと違う様な気がする。それだけ家賃を滞納すれば当然だと思うが居直ってる。

「本当に最近は来ないのですか」

「縁のないあんたまで借金取りと同じ物言いなのかい」

「そうじゃない親子の復縁を迫ってるから来ただけですよ」

「最近はよく会ってるンでしょう」

「向こうからはねぇ、一方通行だからやっと調べて来たんだけど」

 言いたい事だけ言って帰る、そしてこっちの言い分は聞く前にサッサと消えてしまう。だから今日はこっちの言い分を洗いざらい述べてサッパリしょうとやって来た。

「それはお気の毒さまですけどあの人に云いたい事ならこっちにも山積みしてるから言い負かすのは無理じゃないかしら」

 いやに他人事みたいに話す。一体此の女は何で生計を立てているんだろう。察したのか女は夜にミナミへバイトに行ってると言う。

「これでも店を任されてるから」

「じゃ家賃を払ったら」

 それじゃ尚更喰って行けないと言うから不思議だった。確かに家具や調度品はないに等しい。ひょっとして借金取りからのカモフラージュかそれともめぼしい物は全て持って行かれたかだ。

「あんた一体何を言いに来たの」

これでも生活保護を受けないだけでもましだと女は言うが申請しても却下されるだろう。

「一体何を内の人に言いに来たの」

 女の方から盛んに言って来る。何か立場が逆になった様な気がしてくる。寄ってないと言っているが何か特殊な連絡方法でも有るのも知れない。

「もう無駄だから近づかないように言ってほしい」

「あの葬儀屋が絡んでるから」

井津治は驚いた。

「あなた、何処まで知ってるんだ。やっぱり来てるンだなあ」

井津治の質問に対しての説明はなく、女は全てお見通しだと云う。

 だから金が掛かってるからこの一件からあの人が手を引くことはない。何を言っても無駄だと云う。

「じゃ分かった帰る。その前にお子さんは今どうしてるんです」

女は横柄な態度から身構えた。そんなに心配する事はないと井津治は諭した。女は今一度彼を上から下まで見回した。そして一つの結論を導き出したようだ。

「主人の云ってた千代子さんってあんたみたいな人だったんかも知れないね、それにあんたは父親が同じで兄弟には違いない」

 そう云って居場所知らせて不憫だと思ったら力になってと付け足した。女は井津治をどうやら益こそあれ害には成らぬ人物と値踏みをしたらしい。此の女は多分子供達を自分とダブらせたかも知れないと思った。


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