第16話 祖父の奇妙な遺言2
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車を止めて二人は店に入った。そこでみんな期待していたのにがっかりしたのよと注文もそこそこに切り出してきた。十字路で見かけた礼子は少し俯き加減に歩いていた。初秋の光がその憂いを帯びた表情を照らしていた。声を掛けるのを躊躇うほど、これはこれで絵になるひとコマだった。声を掛けた瞬間に枝に落ちた淡雪のように一瞬に解けて、さっきの表情は見せたくなかったかのように振る舞う昨日の礼子がそこにいた。物足りなさそうに見る野々宮の眼を礼子は振り払った。
「あのあと何があったのか知りたいのでしょ」
意味ありげに言う礼子に野々宮は急かすように短く二度頷いた。
「おじいちゃんは本当に喰わせ物よ、死んでからもあたしに指図するのよ野々宮さん、ところであなたお名前は何て云うの?」
「裕慈(ゆうじ)、お父さんに名刺渡してあるんだけど?」
「時々そのお名前で呼んでもいいでしょう(返事も待たず続けた)それで岩佐さんが預かっていたおじいちゃんの遺言状って云うのがなかなかの曲者なのよ彼 (あ)の世へ逝ってもまだ企んでいるんだから」何かを愉しむようにクスッと笑った。
「何を企(たく)らんでいるんですか」
「祖父は遺言であたしたち三人の孫にも与えると書いてあります。ただし奇妙な条件が付けられているんです。あたしが結婚した時にこの遺言は実行されると。しかも期限は四十九日以内と、四十九日目の深夜の零時を持ってこの遺言の効力は失効されると云うことは遺言は無かったことになるの。名付け親として三人の幸せを見届けたい。それがおじいちゃんの趣旨らしいの。岩佐さんの話だとおじいちゃんはしきりにあたしと永倉君の行く末を案じていたとおっしゃるの。いかがなものでしょう」
意外と人ごとのような物言いに野々宮は少々驚いた。
「期限を短く切っているのもその辺に意味があるんでしょう。それは永倉さんも知ってるんでしょうね、弁護士がわざわざ呼んだくらいですから」
まだ結論を下してない礼子に祖父は重い決断を促していた。財産分与の遺言はその決定に従うことが条件になっていた。期日は指定しても相手は指定されてない。岩佐もこの点を指摘したらしい、短い期日が言い換えれば他の男を捜す猶予がないから、わざと相手を指名しなかった。おそらく祖父は死が迫ってなければ他の孫同様、じっくりと手の込んだ筋書きを作ったに違いなかった。
「一族みんなが、中でも姉二人は気を揉んでいるの、まるで腫れ物にでも触れるように扱うの発表の後は『それまでにあんたが死んだらどうなるのあたしたちの遺産は』なんて言うのよ。まあ冗談でしょうけれど、ああごめんなさい話がそれたわね。今朝彼があたしを呼び出した理由もそこなの。だって今まで結論が出なかったものが数時間で出る訳ないでしょ、今朝の覇気のない顔を見られたわね」
「何で躊躇ってるですか、彼を」
「・・・ウーン。ねえ裕慈さん、気晴らしにドライブしません。どうせ父は遅くなると思ってるんだから」
「別にかまいませんけれど・・・」
「お仕事?」
店長は今日の成果を首を長くして待ってるだろうなあ。
「いえ、いや、もう通常のひと月分をゲットしましたからハメを外す余裕はあります」と言ってしまった。
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