夜空の特異点:新宿に向けてマイクロ波を飛ばす部活のある夜

白布つぐめ

夜空の特異点

 無線部の部室は屋上脇の倉庫である。コンテスト当日の今日は早朝から弱い雨が降っていて、09:00現在、それが止む気配は無く、屋上へ出るドアに付けられた庇からはポタポタと水が滴り落ちていた。

「今日、大丈夫ですかね? 気象庁の発表だと20:00まで降りそうですけど。」

私は先輩のQに尋ねる。うちの部活にあるのはOBからもらった5.7GHz帯用の設備だけだ。この周波数帯の電波は気象レーダーに使われるだけあって、雨で反射されやすく、こんな天気じゃ全然遠くまで飛ばせない。コンテストは通信局数×地域数が得点になるから、地域数が伸びないのは致命的だ。

「うーん、様子を見るしかないかな。最悪は下の階で窓越しで運用しようか。」

「了解です。」

そう言ってまたツイッターを見る。無線機とトランスバータとアンテナは既に三脚に乗せてあり、あとは安定化電源を繋ぐだけという状態になっている。することが無いのだ。


 昼、12:00を回った頃、同級生のRがマックでハンバーガーとナゲットを購入してきてくれた。Rにお金を私は有難くそれを頂戴する。ナゲットをマスタード(Q先輩がバーベキュー派だったので余りを貰った)に浸けつつ、もう片方の手でハンバーガーを食べる。名前は忘れたが、ベーグルのようなパンが特徴的であった。


 14:00過ぎ、雨が止んだ。

「屋上、行けそうですね。」

私はアメダスのデータと気象予報を見ながら言う。これからは晴れそうだ。

「だね。じゃあ、行ってみようか。」

Q先輩が言う。振り返ればもう一人の先輩であるOが三脚を移動させ始めていた。

「ドラム(コードリール)、出しちゃいます。」

私は部室の奥に置いてある屋外用のコードリールを運び出す。5kg以上あるそれはかなり重い。


 階段から電源を取って、屋上にコードリールを置く。電源はRが持ってきていてくれたので、無線機とトランスバータに電源をつなぐ。コネクタの接続を確認して、無線機とトランスバータの電源を入れる。部屋の中にいたときダミーロードを使ってすでに先輩が動作確認は済ませてくれている。

「波、出しまーす。」

私は屋上全体に聞こえるよう、大声でそう言った。


 私以外の3人全員から返事が来たのら、アンテナの前に誰もいないことを確認する。空中線電力が20mWを超えてくるとマイクロ波が健康に何らかの影響を与えると聞く。今回は法定ぎりぎりの1W(1000mW)で運用する。アンテナの前に人がいては一大事だ。


 他の無線局と試験交信を兼ねて所謂通常更新を行ってコンテスト開始を待った。


 20:58、アンテナが新宿に向いていることを確認する。新宿のビル群で電波を乱反射をさせることでより多くの無線局との交信を狙うのだ。


 私はアンテナを持ち、RがPCの前に座り交信記録を取る準備をしている。先輩達はすることは無いのだけれど、暇なのか後ろで立っていた。

「あと60秒。」

Q先輩が後ろで言う。21:00コンテスト開始、最初の1時間が勝負だ。


 遠くの空には雷雲がかかり時々光っているのが見える。レーダー情報だと茨城のあたりだ。「この状態じゃ、つくばの方との通信は無理かな。」とQ先輩が残念そうに言っていた。筑波山方面が壊滅というのは得点としては非常に痛い。


「5、4、3、2、1、はじめ!」

Q先輩がカウントダウンを終える。

「CQコンテスト、CQコンテスト、こちらはジュリエット――」

それに合わせて私は呼び出しを始める。マイクロ波は人が少ない。だから1交信の価値が重い。早口で言って聞きとってもらえなかったら大きな失点につながりかねない。できるだけはきはきと聞き取りやすいように、1局でも多くと交信したいという気持ちを抑えつつ呼び出しを続ける。


 アンテナは指向性の強いパラボラアンテナ。1度でも向きが変わったら聞こえなくなる。だから少しずつ、大体0.1度ずつ、アンテナを上下左右に回していく。新宿のビル群にまんべんなく、スキャニングをするかのように。


 21:30、交信のペースが落ち着いてきて、スピーカからはザーというノイズばかりが聞こえてくるようになったころそれは起きた。

「ザザッ… ザッ… ポ…タブ… セブン」

ポータブルセブン、東北局だ。ありえない。何かの聞き間違えだろう。だって、そんな遠くの曲が聞こえるはずが無いのだ。それに今日はあっち側には雷雲が――

「スキャッターだ!」

その時、Q先輩が叫んだ。

「――逃すんじゃねーぞ!」

Q先輩が興奮気味に続ける。


 スキャッター、それは雲などの影響で電波が乱反射する現象だ。本来ではありえない長距離での交信が可能になることがあるのだ。そして精々、その状態は2分と持たない。


 私は急いで小刻みにアンテナを振る。音が聞こえたということは概ね方向はあっているはずだ。


 時間が無い。すぐに向きを合わせなければ。


 そして、しばらくしてもう一度聞こえた。今度ははっきりと。

「――ポータブルセブン、コンテストを受信します。どうぞ。」

「ログ!」

交信記録を取れているか確認のために叫びつつ、私はその答えを待たずに送信を開始する。途中、Rが「大丈夫」と言うのが聞こえた。


 途中、段々とノイズが増えてきたが何とか交信を終える。交信を終えた瞬間、それを待っていたかのように、またノイズだけがスピーカからするようになった。それから二度とそこの呼び出しは聞こえなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夜空の特異点:新宿に向けてマイクロ波を飛ばす部活のある夜 白布つぐめ @tsuki_no_miya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ