3-2
「あ、一応
俺の部屋を出た後、せっかく
「え、じゃ、先に入らせてもらおっかなー!」
二科は自室から
俺がリビングのソファーに
「お先~」
風呂上がりの
な、なんだよこいつ……! メイクしない方が全然可愛いじゃねえか!
いつものメイクバッチリな二科よりも、こっちの二科の方が、正直俺のドストライクだ。
い、いや、中身はあの二科だぞ。ガチオタ
部屋中にシャンプーのフローラルないい
「あ、俺風呂入るけど、もうあとは好きにやってていいから!」
「あ、うん」
「…………。さっきまでここに、
洗面所にも浴室にも、俺一人だったときにはまったくしていなかったフローラルな
さらに、洗面所にはボトルが四つほど、浴室にはシャンプーやトリートメント、メイク落としや洗顔フォームなどが一気に増えている。女子って、こんなに色々必要なのか……。
この家の風呂に妹以外の女の子が入ったのは当然初めてだ。想像して興奮しそうになるのを必死に
今日からは毎晩、本当の
さっきまで色々あってそれどころじゃなかったけど、今になって意識してしまう。
二科はいくら俺の好みのタイプでないとはいえ、腐女子でガチオタとはいえ、
俺……今日から毎晩、ちゃんとやっていけるのだろうか?
髪を
もう自由にしていいと伝えたため、てっきり部屋に行ってるものだと思っていたので、
「……? ど、どうかしたのか……?」
「えっと、初日に色々決めとかなきゃいけないかなって思って。家事の分担とか」
「ああ……確かにそうだな」
その後話し合いをして、家事の分担が決まった。
夕飯の料理は交替制で、弁当や総菜を買ってくるのもアリ。洗い物は料理をしなかった方がする。朝食はそれぞれ自分の分を用意する。
トイレ掃除と風呂掃除は、休日に交替制で行う。ゴミ出しも交替制。
とりあえずざっくりと決めて、今後
「よし……まあ、これで大体決まったな。じゃ、今日はもう
「あ、あのさ、それと……改めて、今日から
二科は少し照れたような様子で、俺に言う。
「あんたのおかげで日本に残れるようになって……ほんと、めちゃくちゃ助かった。その恩をちゃんと返せるように、これから全力で協力するからさ。だから……改めて宜しく」
「あ……ああ! こ、こちらこそ、宜しくな!」
「言いたかったのはそれだけだから。じゃ、おやすみなさい」
「ああ……おやすみ」
会話を終えて、二科は部屋へと向かっていく。
もしかして二科は……改めてきちんと
案外、女の子らしいところもあるじゃないか……。
* * *
翌日。
「あのさ、くれぐれも、私と
「わ、分かってるっつの!」
「一緒に暮らしてるのがバレたらヤバいから、当然行きも帰りも別々ってことで!」
二科はそう言うと、先に家を出て行った。
昨日、案外いい
そりゃあ付き合ってもない
でも、まあ……もし学校にバレたら、下手したら俺の親に
その日、学校で、一度だけ二科の姿を目にした。
派手なギャルたちと
あいつと俺が同じ家で暮らしているなんて、誰も夢にも思わないだろう。自分でも信じられない。
あのパーティーで会わなければ、一生
俺がいつもより少し
「……っ!?」
帰宅してリビングに入って、俺は目に入ってきた光景に目を疑った。
「あっ……お、おかえり」
バーチャルYouTuberの『ユメノ☆サキ』が、三次元になってそこにいた。
──のではなく、ユメノ☆サキのコスプレをした二科が、全身鏡の前に立っていた。
俺の姿を見て、気まずそうな、
こいつが、昼間に学校で見たのと同一人物だとは、色んな意味で信じられない。
「な、なんだそれは!?」
「学校帰りに
「な、なんでまた……!?」
ノースリーブにミニスカートと、三次元の人間が着てみると案外
「今度オタクの出会いの場に行ったら、このコスプレで参加しようかなって思って! サキちゃんがオタク男子人気高いなら、注目度も高まるじゃん!?」
「な、なるほど。わざわざそのために……?」
「まー、キャラも衣装も可愛かったから、単純にコスプレしてみたいって思ったのもあんだけどね」
「え、もしかして、お前って元々コスプレとかしてたのか?」
「イベントでしたことはないけど、宅コス……家で一人で好きなキャラのコスプレして写真
「あ、ああ……」
なんて悲しい話を聞いてしまったんだ。こんなに可愛いし似合ってるのに、家でコスするだけなんて
このコスプレで出会いの場なんて行ったら、間違いなくたくさんのオタク男性が
「で、この間色々教わったから、今日は私があんたに、オタク女子に人気があるコンテンツを教える番よね!」
二科は『ユメノ☆サキ』のコスプレ姿のまま、ウキウキでそんなことを言い始めた。
「そ、そうなのか……」
「ねえ、PS4つけていい? 私アマゾンプライムの会員になってるから、おすすめのアニメ見せられるわ!」
二科は
「そうねーまずは……やっぱ今一番は、『ネクステ』ね!」
『ネクストステージ』……今期女子人気ナンバーワンと言われているアニメだ。
「とりあえずこれ押さえておけば、多くの女の子と話が盛り上がるはずだから!
「そうなのか。そこまで言うなら……」
とりあえず二人でソファーに座ってアニメを一緒に見ることにした。
しかし……ソファーが大きくないから仕方ないけど、
『ユメノ☆サキ』の衣装って、三次元で見ると
ノースリーブの衣装だから二科の
「あんたもさすがに知ってるとは思うけど、『ネクステ』は大人気ソシャゲのアニメ化でね、主人公の女の子が事務所の新人プロデューサーとして個性的なイケメンアーティストたちをプロデュースする、って内容で……」
「え!? あ、ああ……」
オープニングの最中、二科が解説を始める。
中身はともかく、見た目だけは好きな美少女キャラ『ユメノ☆サキ』にそっくりな姿の女の子に、こんなに近い距離で話しかけられるって……うん、実に悪くない。
「アニメもめっちゃできよくてさ! ほら、めっちゃ作画良くない!? 話も面白いから男子でも絶対楽しめるはずだし……」
二科はテンション高くペラペラ語り続けるが、俺はコスプレ姿の二科が気になってしまいイマイチアニメに集中できない。
「あぁ──っ
そんな中、
「な、何だ!?」
「ほら、この
画面には、金髪の美少年が映っていた。確かこのキャラ……二科の痛バに大量に
「この子は『
「お、おう……」
二科はいきなり興奮気味に大声&早口になって一気に語る。前にも一度こうなったが、いつもの
「あーもう可愛いなー動いてる薫ちゃんとかほんとしんどい!」
「お前このアニメ一回見てるんだよな……?」
「一回どころか、回によるけど最低三回以上は見てるわね!」
「…………」
「あぁ~~このカットほんとすこ! 見てよ、薫ちゃんの貴重なサービスシーン! やばくない!? エロすぎる! こんなんモブおじに●●されても仕方なくない!?」
「なっ……!?」
二科はユメノ☆サキのコスプレのまま、
「あぁ~えっちだなぁ~、ほんとシコいなあ~」
「……めろ……」
ついに俺は
「え?
「やめろ……
「へ……」
それは、今の俺にとって切実な心の叫びであった。
「いくら外見だけサキちゃんにそっくりでなりきれてても、中身が違いすぎるんだよ! そんなんじゃコスプレも台無しだな! いくら男子人気の高いキャラに見た目だけなりきっても、口を開いたらソレだったら、モテるどころかファンからキレられるっつの!」
「な、な……!?」
二科は
自分の好きなキャラを
なまじそっくりなコスプレができてしまっているだけあって、イメージがブチ壊しだ。
「な、何よ!? コスプレなんて、見た目がなりきれてたら中身なんて関係ないじゃん!」
二科はしっかり映像を一時停止してから、俺に言い返す。
「見た目がいくらキャラにそっくりでも、中身が違いすぎたら、完璧なコスプレとは言えねえだろ! お前はオタク男子の気持ちを全く理解できてないな」
「な、なっ!? 私が、理解できてない……!?」
「ああ。せっかく動画見せたりゲームやアニメ教えたり、同人誌まで見せたっていうのに……オタク男子の心を全然理解できてねえ」
「~~っ! ……」
二科は俺の言葉に
「お……覚えてなさいよっ!」
女の敵キャラのような捨て
「あ……!」
まずい、言い過ぎたか……? 『ユメノ☆サキ』を汚されたような気持ちになって、ついムキになってしまったが……。
その日は互いに別々に夕食をとり、言葉を
翌日。朝も一言も言葉を交わさないまま、家を出て登校した。
二科がまだ怒っているかもしれないと思うと、学校から家に帰るのが
オタク友達と放課後
さすがに二科は先に帰っているようだ。
「ただいま、…………」
階段を上がって、少し
俺は、目の前の光景に思考停止した。
「やっほー、おかえりなさい! 『ユメノ☆サキ』だよ! ちょうどご飯できたところだからね♪」
二科は昨日に引き続きユメノ☆サキのコスプレをしていたのだが……なぜか、声や口調までユメノ☆サキになりきっている。
「え? いや、あの……」
な、なんじゃこの
「おい、ちょっと……」
「ほら、早く手洗って席着いて! 冷めちゃうよ!」
二科に言われるがまま、手洗いうがいをしてからソファーに
「はい、じゃ、いただきまーす!」
「い、いただきます……」
えーっとこれ、どこから突っ込んだらいいんだ?
てっきり、まだ
いや、もしかしてこれ自体何かの
「ん? どうしたの? 食べないの?」
二科は
さすがに毒なんてありえない……よな。そう思って、トンカツを一切れ食べた。
口元に広がる、ジューシーな味。めちゃくちゃ
「どう? 美味しいかなあ?」
「あ、ああ……」
毒が入っているどころか、ユメノ☆サキのコスプレでこんなに美味しい食事を作って待っていてくれたなんて……一体どういう風の
ん? ま、待てよ……。
まさか二科は……昨日の俺の『中身が違いすぎたら、
しかし、『ユメノ☆サキ』は特に料理が
むしろ、このシチュエーションは……この間二科が俺の部屋から持っていった、ユメノ☆サキの同人誌──サキちゃんとファン(モブ)が
まさか二科は、あの同人誌を読んでオタク男子の理想を勉強して、今それを
「ご、ご
「どうだった?」
「え、ああ、美味かったよ……」
「それもだけど、そうじゃなくて! 私のユメノ☆サキのなりきり具合、どうだった!?」
二科が突然地声に
「あ、えっと……まあ、昨日よりはなりきれてたんじゃないのか……?」
「何その評価!? 完璧にユメノ☆サキちゃんだったでしょうよ!?」
「完璧かって言われたら、ぶっちゃけ、まだ
確かに声も見た目もなりきれていたが、ユメノ☆サキちゃんの存在自体の尊さを考えると、まだ遠く
「はぁぁぁ!? これだからキモオタはぁ!」
「お前が感想求めてきたんだろ……!?」
「くっ……それなら……」
二科は自分の部屋に
手に持っていたのは……。
「み、耳かき!?」
「ゴホン、あー、あー、……ほら、耳かきしてあげるから、おいで♡」
「なっ、ななな!?」
「あ、あの同人誌でも耳かきシーンあったし、何より……数あるユメノ☆サキちゃんの動画の中でも、再生数も多くてコメント
二科は耳かき片手に照れながら言う。
確かに、サキちゃんの耳かき回の動画は最高だったが……。
「それにっ! コメント欄を見るにやっぱ、オタク男子って可愛い女の子に耳かきしてもらいたい願望あるみたいじゃん? これから理想のオタク彼氏ができたら、その人の好きなキャラになりきって耳かきとかしてあげたいなって!」
要は練習台かよ……!?
「あーもう、いいから早くしてよ!」
二科は俺の
二科の
スカートが短いから、直接二科の
女の子に
しかしこいつ、昨日俺にああ言われたのが悔しかったのか知らねえけど、どこまでやるつもりだよ……!?
「ふふ、どう? 気持ちいい~?」
ユメノ☆サキのモノマネ声で語りかけながら、二科は本当に
その声に、悔しくも母性の
いつものキャンキャンうるさく、BLや好きなキャラに
動画でのユメノ☆サキ自身が、十六歳という
二科の耳掃除は、
「……!」
さっきは、まだ程遠い、なんて言ったが……二科のなりきりコスプレは、三次元の中では最高レベルと言っていいだろう。
好きなキャラに見た目も
まさか二科が、たった一日でオタク男子の理想をこんなに学ぶなんて。
そこで俺は、気付く。
あの同人誌は、十八禁なので、当然この後……夜の
い、いや、まさか、二科がそこまで再現するわけない。
しかし……もしかしたら
「はい、終わり!」
そこで二科が俺の身体を乱暴に自分の膝の上から
「ね、どうよ!? 今度こそ、サキちゃんに完璧になりきれてたでしょ!?」
二科は
「ぐえっ、苦し……」
「こんなに完璧になりきれたらもう、オタク男子のハート
「なっ……」
またしても、ユメノ☆サキちゃんの格好で、暴力まがいな行動と、とんでもない発言してくれやがって……!
「ちょっと一ヶ谷!? なんとか言いなさいよ!」
「……ねえ……」
「え?」
「やっぱりお前、全然なりきれてねえ──っっ!」
俺の必死の
* * *
夕飯の食器を片付け、それぞれ
深夜十二時が近づき、俺はリビングのテレビをつけ、チャンネルを替える。
もうすぐ今期で一番俺が推しているアニメが始まる時間だ。
そこに、二科がやってきた。
「あれ、まだ起きてんの」
「お前こそ」
「私はお手洗いに……」
「これから好きなアニメ始まるから、リアタイすんだよ」
「へー、なんてアニメ?」
「『モテ王』。今期で一番男子人気高いから、参考になるんじゃねえか」
「ふーん、じゃ、私も
俺の言葉に、二科はトイレに行ってから、ソファーの俺の
「このアニメはな、少し
俺はアニメが始まる前に二科に説明を始める。
『モテ王』──ラノベ原作のアニメだ。
主人公が入学した高校が『モテ至上主義』であり、校内で人気投票が定期的に行われ、異性からの人気に応じて生徒の
元々モテなかった主人公だが、女の子の協力を得て少しずつモテていき、校内の『モテランク』が上がっていく──という
「へー、
「それでだな、このアニメでメインヒロインを差し置いて今一番人気のあるキャラが、この
オープニングが始まったので、テレビ画面を見ながら説明を続ける。
『笹目林檎』は、
それでも、いや、だからこそなのか、林檎はメインヒロインよりも人気がある。
「ビジュアルが可愛いとか声優が
「ちょっ、うるさいうるさい熱く語りすぎ。アニメの声聞こえないじゃん!」
「なっ!? せっかく俺が有益な情報をこんなに熱心に教えてやってるっつーのに……!」
「まーでも……なるほどね。幼なじみ……」
二科は興味ありげに
「やっぱり……女の子に料理作ってもらうって、そんなにいいの?」
「何を当たり前なことを!? そりゃあもうめちゃくちゃ
「ふーん、そっか……」
今日の回を見終えた後、二科が今までの『モテ王』も観たいと言うので、録画してあるものを一話から見せた。
横で俺が
「しかし林檎の人気は相当すごいよなー。ピクシブでの同人人気も他キャラと比べてダンチだし……やっぱり男はみんな結局、林檎みたいなキャラに弱いんだよなー」
「そんなに人気なんだ、この林檎ってキャラ……」
「ああ。下手したら今『ユメノ☆サキ』より勢いあるかもなー」
「ふーん……なるほど……」
結局その日は、午前三時までかかって『モテ王』を一話から最新話まで視聴し、俺はアニメの内容やキャラについて二科に解説してやった。
いくら協力し合うと約束しているとはいえ、そんな時間まで付き合ってやった俺ってなんてお
それにしても、二科の『オタク男子にモテたい』『オタク男子の彼氏が
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