消失の先に #9(終)

 *


「——ってことになりました」

「おお、よかったね。片想い報われたじゃん」

 椎名の側は知らないが、桂にはこの事の顛末を報告すべき人が一人いる。だからいつかの朝と同じように学食でその話をすれば、報告すべき人、こと瑞基はいつも通り優雅に、しかし季節柄冷たくなっている茶を飲みながら、けろっと言った。

「……報われた、ね。確かにそれはそうだけど」

 この会話だけを聞いた人が思い浮かべるものとは遠く離れているであろう『片想い』だが、確かに桂の片想いは報われた。どうにか誰かと落ち着いてほしい、の相手が自分でも解決できることだったとは想像もしていなかったが。

「おや、不服?」

 語尾を逆接で言い淀んだ桂に、瑞基は片眉を上げながら意図を訊ねる。それに若干のため息を混ぜながら桂は答えた。

「報われた結果、世間一般によくあるフィクションみたいな形に収まったのは、なんとなーく納得いかない」

「あれ、そうなの」

 彼は湯呑を置いて、目を丸くして桂を見た。手段はどうあれせっかく悩みが解決したのだし、その結果が今までとさほど変わらないのは悪いことでもないだろうに、とその目が告げている。

「神様の手の上でひたすら転がされたわりに、結局逃れられなかった運命って感じでなんか嫌だ。……そもそも椎名さんがああなったのも周りの意見を気にしてのことだったのに、その型から出ないことが最短解決ルートだったっていうのも釈然としないし」

 そう、桂は釈然としないのだ。この着地は彼女が気にしていた『周囲』が期待するものとは違う意図で、内容を詳らかにすれば期待外れだと言ってもらえそうなものではあるが、ただ耳障りのいい話だけ聞きたいのであろう『周囲』は、そこにまで興味は抱かない。それは結局、他人の好きなように自分たちの人生の一部を消費されるということで、いつか椎名が両親のことで経験したそれとなんら変わらないような気がすると思うと、果たしてこれで良かったのか、という疑念が残ることには残る。

「ふーん?」

 しかし、友人はどこか揶揄うような声色で嫌らしい相槌を入れた。

「何その反応」

「だって、その割には楽しそうだから。今の藤沢」

 ものすごく良い顔で笑ってるよ、との指摘とともに、彼の画面の点いていないスマホの画面を向けられた。そこには確かに表情の柔らかい自分がいて、その緩んだ己の顔は緊張から来る体温の上昇と、かなりの恥ずかしさを一緒に連れてきた。

「……マジで?」

「マジで。ようこそこちら側へ」

 瑞基は鏡代わりのスマホを机に戻すと、楽しそうに言った。揶揄うにしては優しすぎるその声色で紡がれたそれは、おそらく彼なりの福音である。

「うっそでしょ。うわ恥ずかしい」

「そんだけ君にとって大事な幼馴染さんなんだって。なら収まるとこに収まって良かったって思っておけばいいんじゃない? 外野には好きに言わせておけば」

「そうなのかな……」

「それに君、何処の馬の骨とも分からない人に幼馴染さん託して納得しない人だと思うよ」

「えっ、うそ。……そんなことないと思うけど」

 桂は瑞基のその一言に面食らった。いまだかつて、そんな強火の担当みたいなことを思った覚えはないし、ましてこの友人にそう思われるような言動を取った覚えもないからである。

 すると瑞基は「無自覚なの?」と面白そうに笑いながら種明かしをした。

「だって、面倒くさい酔っ払いに変貌した幼馴染さんを世話できるってことが相当だもの。俺だったら親兄弟でも世話するの嫌だし、しても二度まで」

 曰く、知り合いという間柄では酔っ払う前の理知的な面を知りすぎている分、酔っ払って話が通じないことに何も知らない相手よりもイラつくし、放置しておくことにも躊躇がないらしい。それでも毎度律儀に世話を焼き、かつ素面の時はそれをまるで気にせず同じように付き合いを続けるというのはよほど『内側にいる』人だけである、と。

「毎回甲斐甲斐しく世話して他人に愚痴吐いてたくせに見放せない時点で、情の種類としては恋愛よりも家族よりもよっぽど重い鎖だよ、君たちの間にあるのは」

「……そうだったのかぁ」

「そう。だから早いとこ諦めると気が楽になると思うけどね」

 俺も諦めたらより快適に関係を築いていけるようになったからね、と瑞基は言った。そういえば彼は前にも同じようなことを言っていたな、と桂は過去を思い出しながら、数珠つなぎのように、一つ提案をしようと思っていたことも思い出した。

「そういえば、めちゃくちゃ今更なんだけど。連絡先交換してもらってもいい?」

「あれ、してなかったっけ。いいよ、夏休み中の相談窓口?」

「さすが、話が早い」

 夏休みに入れば、瑞基はともかく桂は学校へ来る理由がない。しかし、せっかく繋がった縁があり、加えて内情を全部知っているので、ここで縁が途切れてしまうのも惜しいと桂は感じた上、ガス抜き先があるに越したことはない。

「そうだ、夏休みに彼女がこっち来るんだけど、会ってみる? 藤沢の話はよくしてるから会ってみたいって言ってたし、連絡つくなら休み中でも大丈夫でしょ」

「え、なんで僕に?」

「俺みたいな偏屈で気難しいことばっか話す人と気が合う人ってどんな宇宙人だって、存在を疑われてる」

「それ、仮にも恋人とその友人に対して言うこと……?」

「結局関係の中身は人それぞれ、そんなもんだってことだよ。藤沢たちもそうだったんだろうし、きっとこれからもそのまんまじゃない?」

「……そっかぁ。なら、いいか」



(fin)

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