ネットアイドルvsちん写メおじさん

ひどく背徳的ななにか

プロローグ

 大学のカフェで、ありったけの殺意をこめて、叫んだ。

「またちんこだ!!こいつら殺してやる!!」

 陰茎の写真が添付されたSNSのダイレクトメッセージ。それがここ数週間、大島桜おおしまさくらを苛立たせる原因だった。それも個人の犯行ではない。不特定多数の人間から、断続的に送信されてくるのだった。

「殺すとは、昼間っから穏やかじゃないね」

 桜の友人の三島加代みしまかよが、彼女のスマートフォンを覗きこむ。

「あ、またちんこだ。好きだね~~」

「好きで見てるんじゃない!!おっさんが送ってくるんだ!!しかも、こいつ画像を加工してやがる!!」

 桜は、陰茎の奥にある木目の床を指差す。目を凝らすと、木目が不自然に歪んでいた。画像加工アプリで何らかの処理がされている時に見られる現象だった。

「うわ、本当だ。この人フォトショで自分のちんこを大きめに見せてるってこと?」

気狂きちがいの考えることなんて知るか。明らかなのは、こいつはパソコンかスマートフォンに自分のちんこの写真を取り込んで、時間をかけて画像を加工したってこと。ちんこを赤の他人に送りつける時点でヤバいのに、あまつさえそれを加工するなんて、マジで頭おかしいだろ!!」

「確かに、チン写メおじさんのことはわかんないね」加代は笑う。

「ちん写メ……?」

「ちんこの写真をダイレクトメッセージで送ってくるおじさん、の略だよ」

「ちん写メおじさん。口に出してみると無駄に語呂がいいな」

「でしょ」加代はにっこりと微笑む。

「っていうかさ」加代は忌々しい表情でダイレクトメッセージを削除している桜を尻目に続ける。

「そんなにちん写メおじさんが嫌なら、ブロックしちゃえばいいのに」

 桜の利用しているSNSには、特定のユーザをブロックする機能があり、ブロックされたユーザはブロックしたユーザに一切リプライやメッセージを送信できなくなる。

「それは駄目。わたしの沽券に関わる」

「沽券?」

「いい?わたしはね、SNSでは姫のごとく扱われているの。キモくて金のないおっさんたちのためにちょっと際どい自撮りをアップロードしたり、おっさんたちのクソしょうもない会話に付き合って承認欲求を満たしてあげて、その対価としてわずかばりの金品を得ている。そんなわたしがちんこの写真ごときで揺らいだりしたら、他の善良なおっさんの顧客体験を著しく損ねることになるわ」

「全然何を言ってるかわからないけど」

「あいつらが求めているのは、あいつらの粗末なちんこでさえ受け入れる度量を持つ女なの。そこでちん写メおじさんをブロックなんかしたら、わたしが築いてきたブランドイメージを汚すことになり、ひいてはわたしの生活レベルが落ちることになる」

「いや本当に何を言ってるかわからないけど。だったら受け入れたらいいでしょ」

 加代の言葉に、桜は深いため息をつく。

「あんたは、おっさんのちんこが数週間に渡って何百枚と送られてきても愉快な気持ちになれるの?それとこれとは話が別よ。ちょろいおっさん相手のビジネスを始めたと思ったら、その一部が暴徒化して、ちんこを送りつけてくるようになるなんて誤算だったわ。一生の不覚」

 ビジネス、という言葉に多少の引っ掛かりを感じつつも、加代はそこには突っ込まずにいた。桜はいつの間にか机にうずくまりだした。

「桜は、おじさんから金品を得たいのであって、ちんこを受け取りたいわけではないってこと?」

「その通りよ」桜は顔を伏せながら答える。

「そして、桜はわけあってちん写メおじさんを能動的に排除できないって話だよね」

しかり」

「だったら簡単だよ。排除するのが桜じゃなければいいんだ」

 桜は机から上体を起こす。

「どういうこと?加代が手ずから誅戮ちゅうりくしてくれるってこと」

「いやだなあ。キモくて金のないおっさんに使う時間なんて、一瞬たりとも存在しないよ」

「なんかトゲのある言い方ね。じゃあどうするの?」

「ちん写メおじさん同士を争わせればいいんだよ」

「おっさんどもにキング・オブ・ファイターズの招待状でも送るの?」

「ルガール・バーンシュタインになれって言ってるわけじゃないよ」

「端的に物を言いなさい」

「つまり、ちん写メおじさんの独占欲と嫉妬心を煽って、勝手に殺し合わせる」

 加代は満面の笑みで自らの計画を開帳する。桜は少し考えて、はかりごとを吟味する。そして――。

「いける。いけるわこれ。うまくいけば、ちん写メおじさんを絶滅できる。まるで蠱毒こどくね」

「でしょでしょ?わたし、こういうの、やってみたかったんだ。戦争を裏から操るフィクサーっていうの?それとも影の枢機卿っていうの?ミハエル・スースロフみたいで憧れてたんだ」

 桜と加代は、二人で笑いあう。

 この時、この二人には知るよしもなかった。

 ちん写メおじさんとの絶滅戦争が、あれほど熾烈を極める事態になろうとは――。

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