妄想少女は止まらない。

メロ

雨のように。


 私には好きな人がいた。でも、その人にも好きな人がいた。無論、それは私ではない──それどころか、私である可能性は1%もない。

 何故なら、私の好きな人は私と同じ女の子。この世界では、私達が結ばれる道理はない。本当の意味で。

 だからこそ、私は彼女に恋い焦がれる事が出来る。今日も、明日も、これからも、ずっと、ずっと……。


 ✳︎


 -朝の教室-


「おっはよー! 静枝!」

「うん。 おはよう、由佳子」


 今日も彼女は向日葵のように眩しい笑顔で挨拶をする。


「昨日のタッツーの特番見た?」

「見たよ。 タッツーさん、もう30超えてるのにカッコよかったね」

「だよね、だよね! 大人の魅力っていうか・・・」


 彼女はアイドル?芸能人?の話をするのが好きです。私も彼女の影響で同じ番組を見ているけど、そういうのに疎いどころか全く興味がない。だから、タッツーさんがどの人だったかは全く思い出せない。

 タッツーさん……ダメ、ポシェットモンスターしか出てこない。


「そういえば、アレ…名前なんだっけ? 番組で作ってたじゃがいもの……えーと」

「あ、フランス料理のやつだよね。 確か……」


 ふふ、それは分かります。彼女が言いたいのは『アッシェパルマンティエ』です。

 決め顔で彼女にそれを伝えたい……伝えたいけど。


「アから始まって……アッシュ……いや、アッシェ?」

「っ!!」


 このままでは彼女が自分で答えを出してしまう。私から彼女に思い出させたいのに……こうなったら"いつもの"。


「あ! ねぇ、安城さん!」

「何でしょうか?」

「さっきからずっーとこっち見てたよね? もしかして知ってるの?」

「うん。 多分、アッシェパルマンティエの事だよね」

「おー! それ! それだよ〜! 流石、物知りの安城さん!」


 ふへ、イメトレはバッチリです。後は、横を通りがかった際に声をかけてもらうだけです!

 席を立ち、彼女の横を通る。お手洗いに行くフリをして。


「あ。 安城さん!」


 キタ!い、イメトレ通りに……。


「……何?」

「またハンカチ落としてるよ! ハイ」

「……いつも……ありがとう、ございます」

「可愛いハンカチなんだから大切にしないと」

「……ですね。 それじゃあ、私はこれで……」


 一目散に駆け、教室を後にする。


「安城さん。 そんなにトイレ我慢してたのかな? すっごくモジモジしてたし」

「かもしれないね。 急いでてハンカチ落としちゃうくらいだし」




 今日もハンカチを落として話そう作戦は失敗した。いや、そもそも成功するはずがないのは最初から分かっている。進藤さんは、マンガやアニメに出てくる周りをよく見て相手の心理まる分かりエスパー人間ではない。向こうから都合よく私の事を理解して話してくれたりしない。それに私みたいな孤立した人間に意識が向く事もない。

 そんなの分かっている。分かっているけど……"私の中"の進藤さんは見てくれてるもん!

 それに、私と彼女の接点を作る方法なんてこれぐらいしかないっ!


 彼女は明るくて人当たりがいい。いつも周りには友人が居て、楽しそうに青春を謳歌している。それに花のバスケ部に所属している。(うちの高校のバスケ部は有名で勝手にそう思っている)

 正に、This is 陽キャさんです。

 それに比べ、私はいつもクラスで1人ぼっち。友達と話すどころか、体育の時にペアを組む相手がいなくて子鹿のようにあたふたする始末。(結局、先生と組む)

 勿論、部活にも入っていないし、メガネをかけている。正に、灰色の青春です。

 自分で言うのも悲しくなりますが、陰キャ of 陰キャ……心が震えています……。


 彼女と私は月と太陽と言えば聞こえはいいですが、ただの水と油。交われない存在です。

 でも、私はそんな彼女に恋をした。結ばれないと知りながらも──正に、現代のロミオとジュリエット。……あまり良い風に言うのはやめましょう……自分で言ってて虚しくなってきました。

 それに、女性同士の恋愛でロミオとジュリエットと言うのも違和感がある気がします。

 そこは、もっとお洒落な例えを……。

 ともかく、私達は交われない存在なのです。

 だが、しかし。そんな哀れな人間の為に神様は素敵な贈り物を下さいました。

 それは──想像力です。そう、頭の中であれば、どんなに不可能な事だって可能になります。


 例えば、このハンカチ──先程、進藤さんに拾ってもらったものです。普通の人ならタダ拾ってもらっただけのハンカチです。

 ですが、私にとっては違います。これは、進藤さんのハンカチです。

 何故なら、私はハンカチを落としたのではなく進藤さんの目の前でハンカチの所有権を放棄したのです。そして、進藤さんはそれを拾った。つまり、その瞬間ハンカチの所有者は進藤に移りました。(とあるノートの映画でも似たような事を言ってました)

 故に、これは進藤さんのハンカチです。私はそれを譲っていただいたのです。

 この進藤さんのハンカチ。これはもう実質進藤さんと言っても過言ではないです。何故なら、進藤さんの触れた布。つまり、パ(自主規制で略)

 要は、これを抱きしめて目を閉じれば進藤さんに抱きついているような気持ちになります。あくまで気持ちなのが肝です。

 こういった事を毎日行う事で、私の想像力は研ぎ澄まされ、先程思い浮かべたような都合のいい進藤さんとのやり取りが咄嗟に出てくるようになります。まるで未来を視るかのように。

 はぁ……進藤さん……。何事においても日々の鍛錬というのは大事ですね。


 予鈴が鳴り響く。


 そろそろ、教室に戻らないと。今日も、"進藤"さんとの素敵な一日が始まるのだから。


 ✳︎


 とはいえ、素敵な一日と言っても特に何もありません。

 今日も──。


「んー、んー……?」


 苦手な数学に頭を悩ます進藤さんをぼーっと眺めるだけです。リスみたいで可愛いなぁ、と思いながら。

 私の情報網によると進藤さんの数学の平均点は69点です。赤点は超えているものの、クラスの平均点は73点なので微妙な立ち位置になります。ただ、私は素敵な数字だと思います。


 私は、所謂ガリ勉なので勉強はそれなりに出来ます。なので、進藤さんに勉強を教えたいと常々考えています。

 勿論、シチュエーションは放課後の教室2人っきりで──。


『そこはね、こうして』

『んー……やっぱり、やる気出ないなぁ』

『ダメだよ。 ちゃんと集中しなきゃ』

『例えばー、問題が解ける度に・・・』


 ふへ、ダメですよぅ。(私のお腹がいっぱいになっちゃいます)


「おーい、安城。 ちゃんと授業聞いてるか?」

「……聞いてます」


 でも、どうしてもと言うなら……私も吝かではないですし。きゃっ。


「じゃあ、この問題を解いてくれ」

「……。 ……これでいいですか?」

「ゔ、正解だ。 戻っていいぞ」


 ふふん。残念でしたね、井戸田先生。私ぐらいになると想像しながら、他の事をするのは造作もないのです。想像に気を取られて、現実とごっちゃになったり、注意が疎かになる素人とは違います。言うなれば、私は完璧思考のプロです。

 今も──ふへ、進藤さぁん……。


「(さっすが、優等生の安城さん。 井戸田の嫌がらせをものともしないなんて。 今度、勉強教えてってお願いしよっかな)」


 だが、本人の向ける視線には全く気付かないのである。


 ✳︎


 昔は体育の授業なんて何であるのか、全く理解出来なかった。日陰者はペアを組むのにも困るし、いざ始まると運動が得意な者達が運動音痴を虐げるだけ……悪しき習慣だと思っていました。

 けど、今は違います。


「ナイシューっ!」

「にひひ、これくらいチョロい チョロい〜」


 進藤さんが活き活きしている姿を見れるからっ!


「もう一本いくよ!」


 あぁ、私も進藤さんとバスケがしたいなぁ……手取り足取り教えてもらって。


『安城さん、ドリブルはこうやるんだよ』

『こ、う……ですか?』

『んー、もっと手に吸い付くように』

『……?』

『こんな風にさ』

『!?』


 ふへ……。運動はいいですね、好きな人と合法的に接触出来て、心を満たしてくれる。お触りに厳しい日本社会に残されたオアシスです。


「ったく、バスケ部なんだから、ちょっとは手加減してよ」

「何言ってるの! 私達スポーツマンは常に本気! 授業だからって一度でも手を抜いたら、もう本気のバスケは出来ないからね! にひひ」


 凛々しいお言葉……素敵です、進藤さん。でも、30点差はやり過ぎだと思います。相手チームの表情は絶望に染まり、気力はほぼ0です。

 これでは、マウントを取った進藤さんしか見れな……それは、それでアリですね。


「今に見てろぉ」

「ふふん、まだまだ揉んであげるから全力できなよ!」


 揉む……い、意味はちゃんと分かってますが……進藤さんが言うと……ふへ、ゾクゾクします。


「いくよっ! サッカー部直伝ヤマザルブローック!」

「っ!?」


 あ、今……。


「イっタぁ……ただのファウルじゃん!」

「ふ、止めれないなら反則してでも止める。 それがサッカーよ」

「ずるじゃん! スポーツマンじゃない!」

「あはは、ごめん、ごめん。 一回言ってみたかったんだ。 大丈夫?」

「もう……。 私じゃなかったらヤバかったかもね」


 ……。よし。



「由佳子ー」

「ん? 何、静枝?」

「さっき足捻ったんだって?」

「え、そんな事は……」

「ふーん。 なら、触っても平気だよね」

「も、もちろ。 い゛ッ!!?」

「今日は部活休みだね」

「それが嫌だから黙ってたのに……」

「こらこら、期待のエースが怪我で故障になったりしたら洒落にならないよ」

「はぁ、分かった」

「素直でよろしい」

「そういえば、何で足捻ったの知ってるの? 静枝は別のコートだったのに」

「それは」



 放課後。朝の晴天が嘘だったかのように雨が降っていました。

 とはいえ、別に困るような事はありません。急な雨を想定して、折りたたみ傘を鞄に常備しています。雨に濡れる事が大嫌いな私にとっては当たり前です。靴もしっかり防水スプレーをかけていて、万全です。

 それでも、傘を忘れたかのように昇降口でぼーっとします。だって、万が一にでも傘のない私に声をかけてくれる進藤さんが現れるかもしれないと思うと想像が捗りますから。


「あれ、安城さん傘無いの?」

「……うん。 ……傘、忘れました」


 こんな風に……。ふへ。


「確か、駅までだよね。 送ってくよ!」


 ……えっ!?


「どうしたの? 私の顔になんかついてる?」

「……い、いい、いえ……ついて、ない、ですっ」


 どうして進藤さんがここにっ!?だって、進藤さんは部活が……あ、私の所為か。

 進藤さんの右足を見て思い出す。さっき体育の授業で足を捻った事をそれとなく岡田さん(静枝)に話した。


『……岡田さん』

『わっ、あ、安城さん!? 何でこっちのコートに』

『……進藤さん、足。 クイっ(捻ったポーズをする)』

『え? 足を』

『……手当て……した、方がいいと思う……痛そう、だから』

『痛そう? ……。 うん、分かったよ』


 直接言えないからって岡田さんを経由したけど、私から言ったのは本人には伝わってない……よね?


「ほら、帰ろうよ」

「……う、うん」


 この様子だと多分伝わってないね……。


 ✳︎


 2人で入るには傘は小さく、私の右肩は少し濡れていた。けど、濡れる不快感は全くなかった。寧ろ、火照った体を冷やしてくれて心地良いとさえ思う。


「ねぇ、安城さんって前髪切らないの?」

「……切らない、かな」


 私は前髪を目の半分にかかるくらい伸ばしている。理由は単純なものであまり顔を見られたくない。ただ、それだけ。


「そっか。 切ったら可愛いと思うけどなぁ」

「……そう、かな」

「私はそう思うよ!」


 例え、話題作りのお世辞でも進藤さんにそう言ってもらえるのは嬉しかった。

 それでも、切る事はない。絶対に。


「そういえば、前にも雨の日に一緒に帰ったよね」

「……うん」


 それはこの学校に入学して間もない頃だった。全生徒強制参加の部活紹介の帰り、急な雨に降られて私は途方に暮れていた。だって、あの時はまだ折りたたみ傘を常備していなかったから。

 待てども一向に雨が止む気配はなく、立ち尽くす事しか出来なかった。最悪の事態を想定しながら。

 そこへ進藤さんが声をかけてくれて、駅まで送ってくれた。同じクラスメイトなだけで面識のない私に。

 その時、特に何かあった訳じゃない。何も話さなかった。なのに、今以上に胸の鼓動が高まっていた。トクン、トクンと、忙しなく。

 駅に着いてお礼を言う時、顔が熱くて堪らなかったのを覚えている。しばらくしてから、あれが"恋"だと知った。


「急な雨って困るよね」

「……です、ね」


 本当はそう思っていない。私達は、この雨のおかげで繋がっている。今も。だから、困る事なんて何一つない。


「好きなんだ」

「……え……」

「雨の音。 聴いてると落ち着くんだよね」


 その気持ちには共感出来るので、無言のまま首を縦に振った。

 それから、しばらく話さない時間が続いた。その間、雨は深々と降り続いた。


「……」

「……」


 私の中の進藤さんなら、こんな時どうするのかな……。

 手を握ってくれる。寄り添ってくれる。肩を抱いてくれる。耳元で愛を囁いてくれる……どれも野暮ったい。そんなの──。


「……ありがとう、進藤さん。 ……ここで、いいよ」

「え、でも、駅までまだ距離があるし。 雨も降って」

「……あんまり、歩いちゃ…ダメ、だよ」

「…安城さん…」

「それに……」


 "私、雨に濡れるの好きだから"


「──っ!」

「……じゃあね」


 振り返らず、雨の中を駆けていく。


「……やっぱり、前髪切った方が、もっと可愛いくなるよ。 安城さん……」



 やっぱり、私が好きなのは──貴女だけ。

 でも、貴女には好きな人がいる。私じゃない、誰かが。

 それでも、私は貴女が好き。例え、貴女がその人と添い遂げようとも、この気持ちは変わらない。ずっと、ずっと……ううん、もっと強くなる。

 だから、私は恋をし続ける。亡い貴女を想い続けて。

 それが、私に出来る唯一の"恋"だから。




 fin.

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