ACT.39 最低の下策(Ⅲ)
▽▲▽
今回の作戦の全体構造を説明すると、こうなる。
はじめに、レナが単独で【“青冠”の嶺兎】と戦闘を行い、わざと弱点である背後を取らせ、そこに掘った落とし穴に落とす。
そしてその落とし穴はただの落とし穴ではない。
底には、木材を敷き詰め、穴の壁面には、素材屋で購入したアルミを薄く塗布してあり、内部の熱伝導率をあげている。
次に、中に落ちた【“青冠”の嶺兎】に向かって、大量の「燃える水」を投げ入れ、穴の入り口を大盾ふさぐ。
大量の「燃える水」の運搬と巨大すぎる大盾の運用問題は、ナギの奥義が解決してくれた。
彼女の【奥義:
そして最後にレナが、火遁で穴の中に火種を入れることで、奈落の底は文字通りの地獄と化す。
だが、この作戦には大きな穴があった。
一撃目で【“青冠”の嶺兎】が死ななかった場合、奴は必ず脱出を試みる。
しかし、それを防ぐ術はないのだ。
入口を塞いだ大盾の役割は、熱を外に逃がさない為であり、大盾の質量をナギの奥義で増やしても、死に物狂いになった【“青冠”の嶺兎】の脱出を妨げられるほどにはならない可能性があった。
ゆえに、もう一つの重要な役割を担う者が必要になる。
それは、足止め役。
しかし、ただの足止め役ではない。
奈落の底にて、【“青冠”の嶺兎】と同じように地獄の業火に身を焼かれながらも、決死の覚悟で奴を奈落に縫い留めねばならないのだ。
そして、その適任が一人しかいないことも、カイトは思いついた時点で分かっていた。
だからこそ、こう評したのだ。
「過去最低レベルの下策」だと。
▽▲▽
「ぐぅぅううううっ!! 【奥義:
レナの火遁を引き金に業火に包まれた奈落の底で、カイトは爆風にかき消されそうになりながらも自身の奥義を叫ぶ。
その瞬間、カイトの身体は黄金の光に包まれ、焼け爛れた肌も爆風ではじけ飛んだ手足も元通りに復元される。
カイトの職業【
だが、それもこの灼熱の地獄では話は違う。
「――っ!」
周りで荒れ狂う紅蓮の炎に焼かれ、カイトはすぐに【やけど】を負う。
しかし、これもカイトにとっては計算の内。
現実世界のやけどと、こちらの【やけど】は致命的に違う。
現実世界のやけどは負傷であり、重症化すれば命にかかわるが、こちらの【やけど】は状態異常だ。
効果は、時間経過によってのHPの減少、それだけである。
今のカイトは、パッシブスキル【HP自動回復】を所持しているし、その回復量を一時的にブーストするバフをナギにかけてもらったばかりである。
その結果、減少量と回復量はほぼ同じ。
【やけど】の副次効果によるズキズキとした痛みはあるものの、効果は相殺され、実質無害となっていた。
つまり、カイトはゲーム的な仕様をうまく利用したのである。
だがしかし、カイトにとってこの場所にいることは、実は精神的に厳しい。
この世界には、ある程度の痛覚がある。
しかしながら、一定以上の痛覚を伴いそうな攻撃を受けた場合、その痛みは自動的にカットされる仕組みになっているのだ。
だが、それは痛みのみの話であり、体感温度は適応されていない。
つまり、痛みには上限があるが、感じる寒さや暑さには上限がない。
カイトは今、文字通り炎の中で活動していると同じ熱量を感じていた。
痛みこそないが、ソレは猛烈な不快感となってカイトを苛める。
「だから、この策は下策なんだ」
だが、もう一方は不快感を感じるだけのカイトとはくらべものにならない苦痛を味わっていた。
『GURRRRRRRR、GUAAAAAAAAAAAAAAAA!?』
地肌を舐めるように這う炎に身を焼かれながら、奴はその場でのたうち回っていた。
手足のはじけ飛んだカイトと違い、未だ五体満足でいるのは
のたうち回りながらも、【“青冠”の嶺兎】は周りの熱から逃げようと大きく跳躍しようとする。
「させるか!!」
飛び上がるそのタイミングで、カイトは鎖鎌の鎖を思いっきり引く。
その瞬間、跳ぼうとした【“青冠”の嶺兎】は、鎖の引力に負け地を舐める。
再び苦しみだした【“青冠”の嶺兎】は、やがてのたうち回るのを止めた。
それは、命を落したからではない。
むしろ逆だ。
痛みに無理やり身体を慣らした奴は、自分がここを生きて出る為に、目障りな邪魔者を排除しようと、静かに立ち上がったのだ。
そして、憎しみに満ちた――今までになかった「感情」を持った視線をカイトに向け、咆哮する。
『GURRRRRRAAAAAAAA!!』
こうしてここに燃ゆる奈落での死闘が幕を開けた。
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