ACT.40 最低の下策(Ⅳ)


▽▲▽


 最初に動き出したのは、その身を包む業火より激しい憎悪を滾らせる【“青冠”の嶺兎】だ。

 直径5m程度の穴の中、ここでは武器である大包丁を使えないことを悟った奴は、元来持つ恐るべき瞬発力を活かし、カイトに近接格闘戦を挑んできた。

 目にもとまらぬ速さで繰り出される膝蹴りを、カイトは難なく躱して見せる。


「お前の得意な高速戦闘は、この狭い穴の中じゃ活かせないだろ!」


 そう、この狭い穴の中で戦う利点はそこだ。

 2m近い巨躯を持つ【“青冠”の嶺兎】は、この狭い空間では思うように動けない。

 それどころか、奴の売りである縦横無尽の高速戦闘すらままならない。

 ゆえに真正面からのシンプルな攻撃を仕掛けるしかないのだが、ただ速いだけの攻撃など避けるのはたやすい。

 カイトはその膝蹴りを躱し、ソレにタイミングを合わせた拳をカウンターとして【“青冠”の嶺兎】の鳩尾に叩き込む


『――――GAFUAAAA!!』


 口から鮮血の様に赤いエフェクトを走らせた【“青冠”の嶺兎】がよろめき、後ずさる。

 そしてその隙を見逃さず、カイトは怒涛の連続攻撃ラッシュを仕掛ける。

 次々に繰り出される蹴撃は、それぞれが見事に頚と心臓に的中し、【“青冠”の嶺兎】からHPとともに冷静さをも奪っていく。

 反撃のために繰り出される攻撃も全ていなし、カイトの蹴撃の嵐は続く。

 その姿は、紅蓮の染まる世界と相まって、まるで猛々しい演舞のように見えた。


『GRUAAAAAAAAAAAAA!!』


 しかし、その演舞も永遠には続かない。

 突如【“青冠”の嶺兎】は咆哮し、自身の巨躯を活かした猛烈なタックルをカイトにぶちかます。

 流石にそんな攻撃をこの狭い場所で躱すことなどかなわず、カイトはそのまま壁に叩きつけられる。


「――っ!」

この攻撃で一気に状況を好転させた【“青冠”の嶺兎】は、左手でカイトの首を抑えて壁に貼り付け、右拳で彼の腹を殴りつける。

 何度も、何度も殴りつける。

 まるでサンドバックのようにカイトを殴り続ける【“青冠”の嶺兎】。

 だが、何発目かの拳が、腹部を直撃した瞬間、カイトの姿は消失する。

 

「【土遁:空蝉】!!」


 【土遁:空蝉】を使って【“青冠”の嶺兎】のもとから脱出したカイトは同時に奴の背後を取る。

 そして両手を合わせて槌を作り、それを思いっきり頭めがけて振り下ろす。

 鈍い音と共にはじけるダメージエフェクト。

 同時に、【“青冠”の嶺兎】の身体がぐらつき、よろめく。

 その隙にカイトは、足元に潜り込み、左足を伸ばしてそのまま回転し、足払いをかける。

 だが、それを見越した【“青冠”の嶺兎】は、その瞬間に跳躍し回避、それと同時にカイトの顔面に強烈な蹴りを叩き込もうとする。

 その瞬間に、カイトは右手に持ったままだった鎖鎌の鎖を強く引くことで、【“青冠”の嶺兎】の蹴りの軌道を僅かにずらし、回避する。

 流石に今の攻撃はまずい、そう考えてカイトは一時距離を取る。


『GURRRRR――』


 そのカイトの様子をじっと、見つめる【“青冠”の嶺兎】。

 カイトも【“青冠”の嶺兎】から目をそらさずに、ジャラリと鎖を鳴らして行動をけん制する。

 一進一退の攻防に思えるかもしれないが、実はこの状況でまずいのはカイトの方である。

 何故なら、カイトと【“青冠”の嶺兎】の間にはレベル三倍では利かないステータスの差がある。

 もしあの時、【“青冠”の嶺兎】の蹴りが、カイトの頚を捉えていたのなら、間違いなくカイトは死んでいた。

 そして、奥義による蘇生も不可能なのである。

 カイトの奥義である、【奥義:黄泉ノ凱旋者イザナギ】には、弱点が二つある。

 一つは、発声発動であるということ。

 口を塞がれたり、頚を飛ばされるなどの言葉を発することが難しい状況では、発動できないのだ。

 二つ目が、クールタイムの存在。

【奥義:黄泉ノ凱旋者】は、一度使用すると、一時間のクールタイムが必要となるのだ。 

先ほど奥義を発動させたばかりのカイトは、再度使用することができない。

 つまり、この状況はカイトにとっては不利でしかないのだ。


「けど、まぁ、勝機はある!」


 だが、それと同時に勝機も存在する。

 カイトとは違い、【“青冠”の嶺兎】はその体を【やけど】とそれより上位の状態異常である【燃焼】に蝕まれているのに加え、この灼熱地獄にいることで常時大ダメージを受けているに等しい。

 つまり、このまま時間稼ぎに徹することができれば、カイトたちの勝利なのだ。

 幸い、鎖鎌で足を縛っている関係上、カイトを倒さなければ地上に上がれないことは奴自身がしっかり理解している。


「だから、このままじっくり殺し合おうぜ――」


 しかし、ここで【“青冠”の嶺兎】が予想外の行動を取った。

 背中に背負っていた大包丁を手に取り、それを地面に突きさしたのだ。

 その謎の行動に、カイトの思考は一瞬止まる。

 そして次の瞬間、奴は――。


『GURRAAAAAAAAA!!』


 そう咆哮すると同時に、鎖で縛られている方の足で大包丁の刃に回し蹴りをかました。

 瞬間、鎖に絡まった足が宙を舞う。


「なっ!!」




 奴は、この戦いで自身の弱みになるその鎖を、自分の足ごと自ら切断した。




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