ACT.20 凡人の牙(Ⅲ)


 まずい、そう感じたカイトは咄嗟に土遁:代わり身を発動させようとするが――時間が足りない。

「クソっ!」

 迫りくる二刃を完全に避けられないと悟ったカイトは、空中で大きく身体をひねり、姿勢を変える。

 次の瞬間、彼のわき腹と左肩を二つの凶刃が大きく切り裂いた。

「――がっ!」

 しかし、まだ致命傷は受けていない。

 一発で息の根が止まる頚と心臓は、守れた。

 そのまま派手に地面を転がるが、すぐに態勢を立て直して前を向く。

 しかし、前を向いたその刹那、スズハヤは予想外の攻撃を始めた。

 二枚の手裏剣の軌道を再操作し、あろうことかその先を床に向けた。

 床下に向けてその手裏剣を潜り込ませたのだ。

「――避けれるモノなら、避けてみろ」

 そして、カイトの真下から突如強襲をかける。

 更に後方に飛んでそれを避けるも、着地した地点の床からも更にもう一つが現れカイトを攻撃する。

 その攻撃を仰け反るように、皮一枚で避ける。

「くっ!」

 宙に飛び出した二つの手裏剣は、もう一度カイトに直接向かわず、再度床下に潜る。

「クソっ、こうも床下に潜られたら、動きがわからない!!」

 そして床下から現れては、床下に消えるような攻撃が続く。

 攻撃を避けるので精いっぱいになってしまったカイトは、スズハヤとの距離を埋められないでいた。

 ソレはだんだんと、カイトのHPと冷静さを削り取っていく。

「ちっ、何か! 何か手は!」

 焦りの募るカイトに、とうとうその瞬間は訪れる。

 焦りから回避のタイミングがわずかにズレる。

「――今!」

 その瞬間に、カイトの背後から現れた一枚の手裏剣が――その凶刃が胴体を真っ二つにするべく振るわれる。

 避ける術も、防御する術も、無い。


 今振るわれる必殺の――致命の一撃に、カイトは自身の敗北を悟った。


▽▲▽


 その致命の刃が振るわれた瞬間、カイトは身体に大きな衝撃を受け、吹き飛ばされる。

 宙を舞うその刹那の中、カイトは疑問に思った。

 何故、自分の身体はアレを受けてなお両断されていないのか。

 何故、まだ自分は生きているのか。

 ――その答えは、カイトが自身のHPを見た瞬間にわかる。

 カイトのHPは、残り10%で止まっていた。

 そう、“九死に一生”スキルが発動したのである。


 ――だからどうしたというのだ。


 カイトの心の中で、そんな声がする。


 ――元々自力が違うんだ、此処までやれただけでもう十分だ。


 諦めたらどうだ、その声はカイトにそう促す。

 それは、実に魅力的な提案だった。

 こんな苦しい思いして、足掻いても勝てなかった。

 もうこれ以上足掻くのをやめて、楽になりたい。

 それもまた、カイトの本心の一つだった。


(それは、できない)


 だが、カイトはその声を拒絶する。

 何故ならば――


(レナが、期待している)

(クロスが、託してくれた)

 

 そう、今の自分はひとりだけどひとりじゃない。

 カイトの勝利は、カイトだけのモノじゃない。

 レナは、カイトが勝つと信じて、レベリングに付き合ってくれたし、アドバイスもくれた。

 クロスは、自分を犠牲にしてまでカイトの背中を押してくれた。

 だからこそ、カイトは言うのだ。

“最終的に負けるのは仕方ない、けど自分に負けるのはあいつらに失礼極まりない。だから、絶対に勝利を諦めたくない”


 ――そして、その気持ちが、カイトに奇跡を呼び込む。


▽▲▽


 カイトが、そして地面に転がったその瞬間、彼は笑い出した。

「はははははっ、まさか! まさかこのタイミングでか!」

 その尋常ならざる光景に、スズハヤは眉を一瞬ひそめる。

 だが、すぐに切り替えて、自身の手裏剣たちをカイトに向かわせる。

 そして、カイトも動き出す。

 倒れ伏した状態から一気に起き上がると、彼はスズハヤに向かって走り出した。

 そのカイトに向かって、凶刃を走らせる。

 すると――カイトはそれを避けなかった。

「――な!?」

 いや、正確には違う。

 最低限の致命傷だけを避けて、その分の時間を自身の前進に使っていた。

 それは最早、特攻カミカゼだった。

「気でも狂ったか!」

 その行動に謎の恐怖を感じたスズハヤは、手裏剣の軌道を咄嗟に変更し、彼の左足と左腕を切断した。

「――!」

 そして、スズハヤは、返す手裏剣で今度こそはと頚を狙って、走らせた。

 しかし、その瞬間。

「な!?」

 カイトの姿は、木材に代わっていた――土遁:代わり身である。

 土遁:代わり身は、一回の攻撃を無効化しつつ、一定範囲内の任意の場所に転移する術だ。

 そして、その大半は背後を取るのに使われるが――この場合は違った。

 カイトは、スズハヤのすぐ目の前に転移した。

 そう、カイトが土遁:代わり身を使ったのは、攻撃を防ぐためではない。

 その転移能力を使って、スズハヤとの埋められない距離を埋めるために使ったのだ。

 しかし、むちゃな特攻ゆえにカイトの残りHPは3%に満たない。

「このぉおおおお!!」

 もう武器すら必要ない。

 相手両手もない、武器も持てない相手だ。

 そして残り3%なんて、素手で殴っても終わる。

 スズハヤがそう断じて右手で拳を握って殴りかかったその時。


 ――カイトが、叫んだ。




「――“奥義:黄泉ノ凱旋者イザナギ”ぃぃぃいいいいい!!」




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