CO-ROU・THE・CHRONICLE〜虎狼忍術史伝〜
宇奈木 ユラ
"虎狼"の世界
プロローグ
唐突であるが、こと戦いにおいて重要なのは質より量。つまりは数である。
世界を変えてきたのは大体の場合、たった一人の英雄ではなく、無数の暴徒の群れであったことは多分近代史を習った少年少女にはわかりきっていることだと思う。
確固たる意志を持った英雄だろうと、その数千倍の質量を持っただけの烏合の衆相手には大敗するのが世の常。ロマンの欠片すらないだろうとも、これがありふれた現実である。
少数精鋭が有象無象相手に戦えるのは、無双ゲーの中だけなのだ。
「待ってカイト!ねえ待って!」
そんなことを現実逃避気味に考えていたシノビの青年――カイトは、仲間の少女・レナの声に現実に呼び戻される。
その声でついつい後ろを振り返り、即後悔した。
全力疾走しているカイトの後ろを走るレナは、百歩譲ってまだいい。彼女自身は、カイトも渋々認めるほどの見目麗しい美少女の外見をしているのだから、後悔の要因にはならない。
問題は、彼女のさらに後ろだった。
――唐突だが、皆さんは“呪いの人形”というのをご存知だろうか?
そう、夜な夜な毛量が増える少女の姿をした日本人形のソレである。
――もしそれが、“大量に”という言葉すらおこがましいと思えるほどの数が、狭い通路の奥から凄まじいスピードで迫ってきているとしたら、貴方はどう思いますか?
とりあえず彼・カイトの感想はこうだ。
「無理!無理無理無理無理むりむり!!」
情けなくも生理的嫌悪を催すその光景に絶叫する。
「あんなのに飲み込まれるとか絶対に無理! デスペナ依然の問題だわ!SAN値直葬案件だわ!!」
「産地直送って何!? 今お野菜関係ある!?」
「関係ねーよ!」
趣味でTRPGを嗜むカイトが口走ったスラングを、レナが意味も分かっていないまま反応する。
「そもそもレナ! お前なんで俺よりレベル上なのにそんな遅いんだよ! 追いつかれちまうだろ!」
「私、君と違ってAGI型じゃないから遅いの! だからおぶって逃げてよ!」
「今でさえギリギリなのにそんなデットウェイト背負って逃げられるわけないろーが!」
「デットウェイト? 今、遠回しに私の事重いって言った!? 女の子に対して重いとかいいました!?」
「言った! 遠回しじゃなく直で言った!」
「こ、このやろー!あとで覚えてろよ!」
「そんな“あと”が来ればいいけどな!!」
そんなコントを繰り広げている間に、呪いの人形がどんどん迫りくる。人形たちのAGIはどうやらレナどころかカイトよりも高いらしい。
このままだと二人が喧嘩続行するという微笑ましい未来は多分来ない。
「いいから走れ! この依頼はもう失敗でいい、アレに飲み込まれるのに比べたら!!」
「だ、だから私のAGIじゃキツ――あ」
「――あ」
瞬間、会話に気を取られていたレナは、その場ですっころんだ。
転んだ原因は、足に絡まった黒い髪。
その髪は無論、背後から迫りくる人形たちから伸びていた。
「カ、カイト助け――」
「――レナ、今までありがとう!じゃあな!!」
助けを求めたレナを、男らしくなく秒で見捨てたカイトは颯爽と駆け出そうとする、が――。
「……あれ?」
――足が、動か、ない。
ギギギギと油をさしていない絡繰り人形のようなぎこちない動きで、首を足元に向けると、その右足に絡みつくものが。
それは黒い人形の髪の毛――ではなく、鈍く金属の光沢を放つ鎖が巻き付いていた。
その鎖の先には、愛用の武器である鎖鎌を握ったレナの姿。
レナは、ハイライトの消えた――焦点の合わない目をしてつぶやく。
「シヌ トキ ハ イッショ ダヨ?」
「ちょ、おま――」
急いで外そうと鎖に手をかけたカイトだが――もう、遅い。
ゴゴゴゴゴと不穏な音を立てて呪いの人形軍団が、もはや濁流といっても過言じゃない様相で迫っていた。
そしてカイトは悟る。
――あ、もう間に合わないわコレ。
「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああぁぁぁ――!?」」
哀れ、二人のシノビは不気味な人形たちに呑まれて消えた。
▽▲▽
――クエスト「呪縛館の傀儡師」、失敗。
ランク:下忍ノ四 カイト 死亡。
ランク:中忍ノ五 レナ 死亡。
デスペナルティとして、一時間のログイン不可。
一時間後から、引き続き『
■□■
4月下旬。
お出かけ日和な晴天なその日に、締めっ切った薄暗い部屋のベッドにその青年は横たわっていた。
その頭にはゴーグル状の機械――最も世界で普及しているVRマシン「エルドラド」が装着されていた。
そしてクエスト失敗を期にエルドラドの電源がOFFになり、青年・カイト――
「――っあ」
慎二がエルドラドを外しながら半身を起こす。同時に欠伸のようなため息のような声が漏れる。
「あーあ、今回こそはイケそうだったのになぁ」
同一クエストを今回で通算4回失敗した故に、落胆もまた大きい。
頭の中であそこであーすればよかったな、などと今回の反省点を探しながら、部屋のキッチンに向かい、冷蔵庫から飲みかけの500mlのスポーツドリンクを取り出して飲み干す。
VRMMOをしていると普通に2~3時間は連続ログインしていることがザラになるので、起き上がると大抵のどはカラカラである。
そのまま寝室兼リビングである自室へ戻り、枕元に充電しっぱなしにしていたスマートフォンを確認する。
「――まじか」
そこには既に三件の着信履歴。
名前は全部「
「なんで着信鳴らなかったんだよ・・・」
そうぼやいて設定を確認すると、マナーモードのままになっていた。
日常的に外出時はマナーモードにしているがゆえに、帰ってきても戻し忘れたのだろう。
「さっさとかけ直さないと、レナにまた怒られるな――いやもう遅いかもしれないけど」
そう言いながら、気分を変えるために締めけっていたカーテンに手をかけ、開ける。
カーテンを開くと差し込む健康的な日差しに一瞬目を細める。
慎二が一人暮らししているそのアパートの一室からは、隣の公園がよく見えた。
その公園の散り際の桜を見ながら、彼は嘆息する。
「まさか、アナログゲーマーな俺が、VRゲームにハマるとはな」
そう一人でつぶやいて、一週間前の自分に思いをはせた。
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