第28話 美しいもの。




 ベアルスの部下に手を引かれていたルアンは、通りから外れた路地にある一つの建物を見上げた。一見廃墟に見える地味なアパート。すぐに目隠しをされる。

 ブロンドの男は「ちょっと怖いものがあるから」と言った。ルアンは隠し扉を見られないためだと、推測する。

 抱え上げられて運ばれても、階段を下りていると感じた。地下だろう。

 しらみ潰しで探さなくて正解だ。見付けられず、ベアルスは逃げ切ってしまっただろう。

 通路は長いらしく、そこを歩いている間に、ルアンの両親について問われた。ルアンは用意していた答えを、すんなりと教える。

 隣の小さな街、オールンの商人の父に連れられて、この街に買い物に来た。両親の特徴は、実際の両親の容姿を伝える。


 ルアンは階段を上がったと感じた。地下の通路を通り、別の建物に入ったのだろう。これで暴れても生き埋めにされないと、安心した。


「はい、目隠しを取るね」

「もう怖くないんですか?」

「うん」


 降ろされたルアンは、目隠しを外された。猫撫で声で問うと、ブロンドの男はにこりと笑って答える。子どもの扱いに慣れている男だ。

 そこは別の屋敷だと、感じた。屋敷というより、塔。丸みのある高い石の煉瓦の壁に、窓があり、そこから光が差し込む。廊下に敷き詰められたカーペットは赤い。目の前には、重そうな扉。


「この中にいるお兄さんは、優しいから。一緒に遊んで待っていて」


 ブロンドの男は言うと、扉を押し開ける。


「ベアルスさん。迷子の女の子を連れてきました」


 壁が本棚に囲まれた部屋の中にいる男を、ベアルスと呼んだ。標的の男。

 ルアンの目に映るのは、チェアに座って銃を磨いていた容姿端麗の青年。長いブロンドを白いリボンで束ね、左肩から垂らしている。ライトグリーンの瞳は、大きく見開く。


「なんて、美しい……」


 サイドテーブルに銃を置くと、ベアルスはルアンの目の前まで歩み寄り膝をつく。


「お名前は? お嬢さん」

「ルアンと申します」


 ドレスを摘まみ、ルアンは会釈をした。そして、にこりと微笑む。

 それを見て、ベアルスは笑みを深めた。


「僕はベアルス」


 本人が認めた。ルアンも笑みを深めて、首を傾げる。


 ――みーつけた。


 確証を得ても、ルアンはギアを使わない。

 部下が部屋を出るまで待つが、ベアルスにルアンのことを報告する部下は部屋を出ようとしなかった。


「私のお父様とお母様を、捜してくれるんですよね?」

「あ、友だちが捜してくれているから、大丈夫だよ」


 ブロンドの男は、笑顔でそう答える。そんな素振りをしていない。

 ベアルスと二人っきりになりたかったが、無理に追い出さすことは止めておく。

「よろしくお願いします」と一礼した。


「僕と遊ぼう。すぐに見付かるよ」


 ベアルスはルアンの手に取り、奥へ連れていこうとする。だが、ルアンが銃に注目していると気付き、足を止めた。


「怖いかい?」

「ううん。キレイだと思って」

「ふふ、僕もそう思うよ」


 ルアンの返答を聞くと、ベアルスはクスリと笑う。そして、その銃を手に取った。

 銀に光るリボルバーは大きい。ルアンに差し出して、触れることを許可した。握り手ちは金の彫りがある大きなリボルバーだ。


 ――銃が欲しいな。小さいリボルバーなら、子どもでも撃ちやすいだろうし。


 ルアンは純粋に銃に興味を抱いて、見つめた。そんなルアンの反応を見て、ベアルスは楽しんだ。


「僕は美しいものが好きなんだ。君は実に美しい。子どもの無垢な瞳が、とても好きだ……。ルアン、君の瞳はまるでエメラルドのようだ……無邪気な光が宿っている」


 ルアンの瞳を覗き込むと、ベアルスは溜め息混じりに言った。その表情は恍惚と見とれているもの。


 ――子どもを誘拐する趣味は、これが理由か。


 ルアンは納得した。

 美しいものを収集する趣味があり、美しい容姿の子どもと戯れるのも、その趣味の1つ。


 ――このあたしが無垢なんて、笑える。


 子どもの純真な美しさに惹かれているベアルスを、嘲笑っていることを悟られないように堪えた。


「くすぐったいです」


 ベアルスの左手がルアンの顎を撫で、髪を撫で始めた。ルアンは笑って見せる。


「ところで、どうしてウィッグをつけているんだい?」


 そのベアルスの問いに、ルアンが作った笑みが薄れた。


「本物に近いが、ウィッグだ。どうしてだい?」


 ベアルスの指先は、ルアンの後ろ髪と前髪を摘まんで比べた。前髪部分だけは本物で、後ろ髪はウィッグだ。

 バレるとは予想外。ルアンは一瞬、リボルバーの引き金を引くことを考えた。

 しかし、別の手段を選んだ。


「ふっ、ふわぁあっ!」


 ルアンは両手で顔を隠して、高い声を上げる。泣くことにしたのだ。


「近所の、お兄さんが、ギアの練習をしててっ……私の髪が燃えてっ、だからっ、ひくっ、うわああんっ」

「そうだったのかい! ごめんごめん! 泣かないで、ほら」


 嘘泣きをして涙を出すなど、ルアンには容易かった。ベアルスは信じ、ハンカチを出すとルアンの涙を拭う。


「恥ずかしいからっ、お母様が……ひくっ」

「ごめんよ……僕が不躾だった、すまない」


 頬を撫でて、ベアルスは宥める。

 髪は女性の命。それが燃えて短くなり、恥ずかしさからウィッグで隠していたと思い込ませることに成功した。


「君は美しいよ、ルアン」


 ペリドットのような瞳を優しく細めて、ベアルスは微笑みを向ける。


「嗚呼、本当に美しい……」


 また恍惚とした様子で見つめてきた。まるで宝石に見惚れているよう。


「……ありがとうございます」


 ルアンは微笑む。ベアルスを喜ばせ、更に油断させるため。

 ベアルスは胸を押さえて、微笑み返す。ルアンに夢中で、なんでも与えてしまいそうなほど、魅了されている。


 ――リボルバーをねだったら、貰えそう。


 思うだけで、ルアンは実行はしない。


「銃より、気に入りそうなものがこっちにあるよ。おいで」


 ベアルスは銃をサイドテーブルに乗せると、ルアンを奥にある部屋に連れていく。

 二人きりになれたかと思ったが、部下までついてきた。

 まるでクアロとシヤンみたいだとルアンは思う。


 ――今頃、やきもきしているんだろうなぁ。


 想像すると、ルアンは笑いそうになった。合図を今か今かと待っているクアロ達を見て楽しみたい。

 ルアンは、ひねくれた性格の持ち主だ。


「わぁ! 素敵!」


 ルアンは声を上げて、満面の笑みを浮かべる。

 奥の小さな部屋は、ベッドのようなソファが中央に置かれていて、二つのクローゼットを挟んだ棚の上には人形とおもちゃが整然と並べられていた。

 ベアルスが差し出したのは、ブロンドの女の子の人形。ふっくらした顔立ちの人形の瞳は、サファイア。深紅のドレスは艶やか。

 その人形を見ながら、ルアンはクアロ達が不安で慌てふためく姿を思い浮かべて、口元を緩ませる。


「君の喜んだ顔、とても素敵だ」


 ベアルスは、ルアンの笑顔を見つめて喜んだ。そして次に、ルアンが喜びそうな人形を選び始めた。

 人形遊びより、人間を振り回す遊びが好きだとも知らず。


「あっ、君に似合いそうなドレスがあるんだ。着てみないかい?」

「あの、向こうのお部屋にいっぱい本がありましたが……どんな本なんですか?」

「ん? 本の方が好きなのかい?」

「はい」


 ルアンは人形には興味を持っていない。ドレスもだ。


「もう字が読めるのかい? 頭がいいんだね。大半は小説だよ。歴史や宝石に関する本……ああ、あと、ギアの本もある」

「ギアの本もあるのですか?」


 ギアの本が、ルアンの興味を引いた。着せ替えごっこは避けるように、ルアンは詰め寄る。


「美しいだけではなく、頭までいいとは……はぁ、数時間過ごすだけでは足りない。いっそのこと僕と一緒に住まないかい?」

「だめですよ、ベアルスさん!」

「願望を言ってみただけだ……はぁ」


 ベアルスは部下に止められて、肩を竦める。


 ――ふぅん、ベアルスの悪癖を止めているのか。


 一線を越えないように見張っているから、子どもを連れてきていた。他のことでは優れているから、ベアルスに部下がいる。悪癖を帳消しにするほどの魅力が、この男にあるのだろう。


 ――捕まえたあと、ぜひ聞きたい。


 ルアンは、ベアルス自身にも興味を持っていた。


「じゃあ、本を見せてあげよう」

「わぁいっ」


 ベアルスは、その小さな部屋を出ようとした。ルアンは人形を元の場所に置く。


「どの本からみたい? 宝石かい?」

「ギアの本がいいです」

「君はギアに興味があるんだね」

「うん、だって」


 ベアルスと部下が並んだことを確認したルアンは、両手の人差し指に光を灯した。

 そして、振り返ったベアルスが好む無邪気な笑みを向ける。


「――使えるんだもん」


 両手で宙に素早く炎の紋様を描く。一点に放つタイプA。

 炎が渦巻きながら、ベアルス達に向かう。この一撃で吹き飛ばし、気絶させるつもりだった。

 しかし、炎が消える。

 ベアルスが掌に翳さす紋様に吸い込まれた。紋様から、微かに火の粉が溢れる。


「驚きだね。まさか、君のような幼い子がギアを使えるなんて」


 ベアルスは目を大きく見開いたが、口元は笑っている。

 ルアンは一時停止した。防がれるとは予想外だ。完全に不意をついたはずだった。

 だが、ベアルスは反応して、防のギアで防いだ。

 ルアンを子どもだと油断していたにも関わらず、子どもがギアを使うとすぐに理解できるわけがなかったにも関わらず、ベアルスは反応した。


 ――チッ! 仲間のためか!


 ベアルスがもう片方の腕で部下を下がらせる素振りをする。それで部下を守るために本能的に動いたのだと、ルアンは悟った。

 ベアルスの魅力の一つだろう。


「ギアを使えるだけでも驚きなのに、両手で描くなんて、素晴らしい。あまりにも美しい素早さで、あと瞬き一つ分、遅れていたら危なかった。ガリアンの差し金かな? 子どもを送り込むなんて、野蛮な連中だ……美しくないね」


 掌に翳す紋様は浮かんだまま。ベアルスは微笑みながら、ルアンの正体を言い当てた。驚いていても、冷徹だ。


「さて、問題。お嬢さん。このギアは、どんなギアでしょうか?」


 失敗をしたルアンがきつく手を握り締めていると、ベアルスが問題を出す。

 笑みをなくしたルアンは、黙って鋭く見据えた。


「君のようなお嬢さんが刺客に向けられるとは、予想出来なかったよ。少しガリアンを甘くみていたね。でも、臨機応変に行こう。仲間に連絡を、各自脱出しろ」

「……は、はい」


 部下は呆気にとられていたが、ベアルスの指示に従い、赤毛の男が飛び出す。


「さて、お嬢さん。答えを教えよう。ギアにはそれぞれ名前があるが、いつしか忘れ去られた。単調な技ばかり広まったけど、僕は運よくギアの本を手に入れたんだ。この紋様はその本に記されたものの一つ。単純に見えても、とても繊細な防の紋様」


 円の中に十字が描かれた防の紋様。クアロがよく使うギアを相殺するタイプとは異なるらしい。


「そう、相殺する防の紋様ではない。書く順番が異なるんだ」


 ルアンの考えを言い当てて、ベアルスは笑った。


「防の紋様、相殺するのではなく、一時的に吸収して返すものだ。名はね、デフェスペクル」


 ボォ、と浮かぶ防の紋様から、炎がまた漏れる。その防の紋様に、ルアンの放った炎が閉じ込められているのだ。


「さぁ、見せてあげよう。お嬢さん」

「!」


 防の紋様が、光を増した。

 ルアンは身構えたが、ベアルスが翳す紋様は、天井に向けられる。

 そして炎が飛び出すと、光を飲み込みながら、渦を巻いて天井にぶつかり、爆発した。



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