第14話 集団脱獄。




 レアンと精鋭部隊の出張1日目は、特に問題なく終わった。まだ囚人達がレアンの不在を知らないおかげだろう。

 2日目も平穏に思える中、クアロは木陰にいるルアンを見つめる。 

 本を膝の上に乗せているが、今日は一度も開いていない。読まずに、ずっと俯いて眠っている。時折、咳をしていた。


「……ルアン……アンタ、やっぱり風邪引いたでしょ」

「大したことないってば」


 クアロの声に、目を開いてルアンは答えた矢先にまた咳をする。風邪は悪化していた。


「おいおい、大丈夫かよ?」


 シヤンもルアンを心配して、階段を飛び降りると植木に座るルアンに顔を近付ける。そして、コツリと額を重ねた。


「けっこーあるじゃねぇか、熱」


 目を閉じて、シヤンは言う。クアロは固まり、ルアンはじっとシヤンを見る。


「……お前、姉妹いるか?」

「オレ、一人っ子だけど?」

「じゃあ母親に、よく額を重ねられて熱を確認されたんだろ」

「え、なんでわかった!?」


 言い当てられて、シヤンはギョッとして離れた。


「クアロは妹がいたから、あたしの髪をとかそうとしたら、メイドと取り合いになった。まぁ、染み付いた習慣だろうな。お前の場合、母親にしてもらったことを代わりにやったんだろ」


 クアロはメイドとのブラシ争奪戦を思い出して、苦い顔をする。

 シヤンはオロオロとした。


「お前も一人暮らししてるんだっけ。きっと優しい母親だったんだろ? 今は?」


 予想はできるが、ルアンはシヤンの三つ編みの赤毛を撫でながら問う。


「あー……強盗に殺された……」


 視線を落として、シヤンは悲しそうに微笑んだ。


「だからガリアンに入った」


 それから、ニカッと笑った。そんなシヤンの髪を、ルアンは指でくしゃくしゃととかすように撫でてやる。

 照れ臭くなり、シヤンは笑った。


「はは、ルアンのかあーさんは?」

「出ていった」

「あー、そうだったな……悲しいな」


 シヤンはお返しにルアンの頭を撫でる。だが、ルアンはぺしりと退かした。


「別に悲し……ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ」


 悲しくないと言いかけたが、噎せてしまう。


「ゲホゲホ! ゴホッ! ゲホゲホッ!」


 止まらない。


「だ、大丈夫かよ、ルアン!?」

「ちょ、シヤン! アンタは門に立ってて! 私は水を持ってくるわ!」


 苦しそうなルアンのために、門番をシヤン一人に頼み、クアロは水を取りに屋敷の中に駆け込んだ。

 キッチンに飛び込んで、コップに水を入れる。ルアンのためにも、仕事のためにも、急いで戻ろうとした。

 しかしキッチンを出ると、目の前にゼアスチャンが現れて水を溢しかける。


「クアロ。ルアン様が咳き込んでいるように見えたが?」

「あ、はい、ちょっと風邪引いたみたいでっ……でも大丈夫です、とりあえず水をあげなきゃ」


 慌てるクアロは目上の人に退けと言えず、遠回しに急かす。ゼアスチャンに伝わり、その場を退いた。

 しかし、ルアンの元に戻ろうとしたクアロを、ゼアスチャンの後ろから伸びた手が掴む。


「ルアンが咳してるって本当か!?」


 ラアンだ。ゼアスチャンとの話が聞こえたらしい。何だかんだとルアンを心配するラアンに、クアロは言いながら手を振り払おうとした。


「え、ええ。でも大丈夫そうよ。シフトが終わったら医者に見せるから」

「バ、バカッ!! 大丈夫に見えてもルアンは!」


 ラアンはクアロの胸ぐらを掴み上げて、怒鳴り付ける。


「ルアンは限界まで耐えるんだよ!!」

「!」


 その時だ。

 監獄の方から、爆音が響く。その方に三人は顔を向けた。脱獄の合図だ。


「ルアンっ!!」


 すぐにルアンの身を案じて、クアロとラアン、そしてゼアスチャンが駆け付ける。

 吹き飛ばされた扉から、次々と囚人達が溢れるように出た。数は20人近く。レアンの不在を知った囚人達による集団脱獄だ。


「ちっ! ルアンは!?」


 誰一人として逃がしたくないが、ラアンにとってルアンの身の安全の確保が第一。ルアンを探す。

 ルアンはシヤンとともに、囚人達の前に立ちはだかり、確保のために行動を起こしていた。

 先日と同様に、ルアンは両手で木の紋様を描く。監獄の周りを囲うように植えられた木々が蠢くなり、無数の木の枝を鞭のようにしならせて、囚人達を次々と捕まえた。

 捕まった囚人は、建物二階分の高さまで振り回され、逆さに宙吊りにされる。それにぶつからないように、盾になっていたシヤンも、離れていたクアロ達もしゃがんで避けた。ダルマ体型の巨体の囚人すらも、振り回される。

 ルアンの強力なギアで、木々が最強の門番と化した。早々と大半を吊し上げる。


「こ、このーっ!!」


 残りの囚人は、ギアの発動者を止めようと紋様を描く。操っているのは、ルアンだ。吹き飛ばせば、光もギアも消える。

 焦げ茶の縮れた髪と髭が特徴の囚人が、雷の紋様を描き、真っ直ぐルアンに稲妻を放つ。

 シヤンはルアンを掴み、避けようとした。

 それより早く、クアロが前に割り込んだ。そして防の紋様を描く。十字に円を描くだけに見えるが、それを一筆で書き、正確に線を重ねなくてはいけない。ミスをすれば、防ぐことはおろか自滅をする。そんなデリケートなギアを瞬時に使えるガリアンメンバーは、クアロくらいなものだ。

 防のギアは発動し、囚人の雷のギアを相殺した。


「手応えないわね、ルアンの方が5倍は痺れるわ」


 囚人を嘲笑うクアロの後ろで、ルアンは2つ目のギアを描く。

 別の木の紋様だ。円の中に、漢字の木の上の線を1つ欠けたものを入れたようなその紋様は、地面から木の根が飛び出し、残りの囚人を吊し上げる。ルアンのギアで、全員が吊し上げにされて捕まった。


「ギアを使ったら、串刺しだぜ」


 シヤンもギアを描く。手が使える囚人への忠告だ。

 ルアンは一人、雷のギアを使った焦げ茶髪の男に歩み寄る。


「ねーねー、おじさん達」


 そして子どもらしく愛らしい声で、囚人達に話し掛けた。


「私の父上がいなければ、逃げられると思っているんだよね?」


 にっこり、と愛らしい笑顔を向けるルアンが、女の子だと囚人達も気付く。

 ダークレッドのベストと黒のズボンを履いた女の子だとわかっても、更に囚人達は驚き恐怖する。目の前にいる少女が、多くの木を操り吊し上げにしたのだ。


「その認識は間違っていると、教えてあげる」


 ルアンの細めた翡翠の瞳は、レアン・ダーレオクを連想する。間違いなく、レアン・ダーレオクの娘だと、囚人達は認識した。


「ちょうど、ね? 私、ギアの加減を覚えたかったの。脱獄したら罰を受けるって、知っているよね? 罰は捕まえた者が下すルール。だから、私の練習相手にさせてもらうね」


 首を傾げる愛らしい仕草をするルアンを見ても、囚人達は青ざめるだけ。


「フフ、自己紹介するね。ルアン・ダーレオク、レアンの娘だよ」


 ルアンは告げる。

 囚人達の反応を至極楽しんで笑った。


「レアン・ダーレオクの不在の時に脱獄したら、どんな目に遭うのか――――その身体に、教えて、あ、げ、る」


 小さな指先が、溶けたバターのような色を放ち、空中に留まる。


「大丈夫。殺さないように、頑張るから!」


 声を弾ませて言った言葉が、囚人達に更なる恐怖を与えていることを、ルアンは知っていた。


「ヒッ!」


 焦げ茶髪の囚人は悲鳴を喉に詰まらせて、恐怖で凍り付く。だが、ルアンのギアが発動した瞬間、野太い悲鳴を響かせた。

 脱獄犯には罰が下る。捕まえた者が下していいルールではあるが、ルアンは正式のガリアンメンバーではない。だから下す必要はないのだが、誰もルアンを止めなかった。むしろ止められなかった。

 他の囚人を見張りながら、クアロもシヤンも青ざめて言葉を失う。

 ゼアスチャンは責任者として見守るように、その場に立ち尽くした。

 ラアンは追い掛けて出てきたロアンに、その光景を見せないように抱え上げてその場から離れると、真っ直ぐ医者の元まで駆け込んだ。


 一時間近く、脱獄犯達の悲鳴が響く。

 最後にルアンは、力尽きたように倒れてしまった。



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