第7話 寄り添うこと。
ルアンは風の紋様を描き、発動させた。止めようとした女性を暴風で吹き飛ばす。
近くでまた爆音を聞こえた。どうやら迎えが来たらしい。要求を突きつけられたレアンだろうか。
「人々を守るために立ち上がったんだ。お姉さんみたいにガリアンに反発する人が少ないって知ってた? ガリアンがいるから安心してるのさ。ガリアンを認めているのさ。お姉さん達、少し頭を冷やしたら? 監獄に閉じ込められるほどの罪を犯したんだ。被害者ぶるの、やめてくれない?」
扉を開けて、犯人の仲間が入ってきた。彼らに向かって、ルアンは鼻で笑ってみせる。
「拉致を繰り返すお姉さん達も、監獄に入るべきだ。よかったねー、いとこに会えるかもよ?」
ニヤリと笑って見せながら、炎の紋様を描いてギアを発動させた。炎は天井に向かい、爆発して崩れ落ちる。犯人達の間に瓦礫を落として足止めをした。
ルアンは壁にもギアを使って破壊して、廊下から出る。
「どこだー!? ロアン!」
騒々しい屋敷の中で、弟の名を呼ぶ声が聞こえた。聞き覚えのある少年の低い声。
ルアンの脳裏にうろ覚えの赤毛の少年が浮かんだが、名前を思い出すことは早々に諦めた。ガリアンの迎えが来たことに違いはない。
騒音がする。戦闘しているなら声を頼りに向かうと危険だと判断して、ルアンは一階に降りる階段を探した。
「逃げた! 捕まえろ!!」
あの女性の声を耳にする。ルアンの耳に届いたならば、聴力の優れた兎人の耳にも届いた。
廊下の先の部屋に待機していた兎人が、立ちはだかる。ルアンを拉致した灰色の兎人だ。
走るルアンは足を止めることなく加速して、2メートルはある兎人に向かった。兎人は捕まえようと両腕を広げて構える。
ドッ!
ルアンは容赦なく兎人の顔に、全力で飛び蹴りを決めた。
「エイリアンめっ」
兎人は倒れ、ルアンは上手く着地する。吐き捨てて、階段を探そうとした。広い屋敷だ。階段は一つじゃないはず。
バンッ!
銃弾がルアンの肩を掠めた。足を止めるしかない。
「待ちな、このガキ。ギアを使ったら撃ち殺すから!」
拳銃を構えた茶髪の女性が、ゆっくりと歩み近付く。ルアンは両手を上げた。そのルアンを見張りながら、女性は倒れた兎人の足を小突く。反応しないところを見ると、気絶したようだ。
「レアンは要求を呑まない。アンタ達を捕まえるだけさ」
「へぇ! アンタに銃を突きつけても!?」
ルアンの額に銃口を向ける。ルアンに銃を突きつけて、改めて要求をするつもりだ。
「アホだねー、お姉さん。解放させても追い込まれて捕まるだけだ」
「流石はあの男の子どもだな! 歪んだ性格してやがる!」
怒鳴る女性に言われたことが可笑しく、ルアンは吹き出した。
「性格は前から悪い。お姉さんも悪い方よ、悪いって自覚してないのがなお悪いわ」
「黙れ、ガキ!」
「いとこが人を傷付けないと否定しなかった。犯罪者だと理解しても、自分達は悪くないって思ってるんでしょ? そーゆー悪党を閉じ込めないと犠牲者が増えるから、ガリアンがいるんだよ」
「黙んなっ!」
ルアンは知らない。子どもらしかぬ発言と、子どもらしかぬ笑みを、小さな少女が浮かべている姿がどれほど恐ろしいか。
震えながら女性は怒鳴るが、撃たない。必要な人質だからだ。
自分達を棚に上げている。他の誰かを傷付けることから目を逸らしていた。我が身の自由だけを求めている。
ガリアンが街を守ることは簡単じゃない。レアンはガリアンを造った10代から、この問題と立ち向かっていたのだろう。
強い男だ。
頭の後ろに手を回しながら、ルアンは心の中で感心した。
女性な背後に立つクアロが惚れるわけだ。レアンは玉座を座ることに値する男。
バチンッ!
クアロが雷の紋様のギアで、女性に電撃を食らわせて気絶させた。
「来たんだ、クアロ」
「当たり前でしょ! 怪我はないわね……よし」
銃を取り上げるとクアロは、ルアンの顔を両手で押さえながら確認する。無傷だとわかり、深く息をつく。
「シヤンが手伝ってくれた、元々切り込み隊長向きなの。私達は先に出るわよ!」
クアロは躊躇なくルアンを抱え上げる。
クアロと赤毛の少年シヤンの二人で奪還に来たようだ。つまり、まだレアンには拉致が知られていない可能性もある。
「よかったね。首の皮が繋がったじゃん」
「言ってる場合か!?」
拉致の事実を上手く隠せたなら、クアロはクビが免れる。
それは問題ではないとクアロは怒鳴りながらも、廊下の窓を開けた。クアロが先に飛び降り、下からルアンを受け止める。
「シヤンが暴れてれば十分。私達は帰るわよ」
犯人相手にギア使いがいないらしい。だからこそ、ギア使いが集まるガリアンは犯罪者を捕まえて監獄に閉じ込められる。
シヤン一人で十分。
クアロはルアンの手を引いて、帰り道を歩き出した。ルアンも屋敷を振り返らずに、クアロについていく。
街の隅に位置する場所。喧騒を気にして数人が家を出るが、ガリアンのコートを着たクアロを見て、すぐに安堵を顔に浮かべた。
ルアンはそれを横目で眺めたあと、ちらちらとこちらを振り返るクアロを見上げる。
「何?」
「悪かった……。ボスに目を放すなって強く言われていたのに……アンタを一人にした……」
「ああ、いいんだよ。ちゃんと話さなかったレアンとあたしが悪い」
しおらしく謝るクアロに、ルアンは軽く返す。その軽々しさにクアロは理解できないとしかめた顔で振り返る。
「少し考えればボスの子どもであるアンタが、危険だってことぐらいわかる! なのに私はっ……俺はっ!」
ルアンの立場を理解しなかったことを悔やむ。軽率だったと、クアロは自分を責めた。
「クアロ……拉致されたのは二度目だ。だからレアンは一人で外出することを禁じた。危険を理解していたのに、レアンもあたしも話さなかった。知らなかったのだから、しょうがない」
ルアンは宥めるように静かに言い聞かせる。
護衛を兼ねた子守り。それを言わなかったレアンの責任だ。気負う必要などない。ルアンもわざと黙っていた。しょうがない。
すると、クアロが泣きそうな表情をした。何故クアロがそんな顔をするのか。見上げたルアンには、わからなかった。
「なんで……そんな……大人ぶるのよ……しょうがないって、なんで割りきろうとするの? なんで……平気なふりしてるのよ?」
「平気よ。あたしは見た目通りの子どもじゃない。5歳プラスαだもん」
ただの子どもじゃない。
一度目の拉致も、二度目も同じ。平気だ。不運には慣れている。簡単に割りきれるのだ。
「アンタは子どもよっバカ!!」
クアロが急に声を上げた。
「怖かったならそう言いなさい! 怖かったなら泣きなさいよ! 泣いていいのよアンタは子どもなんだから!」
ルアンの肩を掴み、真っ直ぐ目を見て言う。その声が大きすぎて、ルアンは驚いてビクリと震えた。
「別に怖くない、あたしは」
「知らなかったからしょうがないじゃない! しょうがないじゃない! 割りきっちゃだめなんだ!」
クアロの琥珀色の瞳には涙が浮かんでいる。それに痛みを覚えたルアンは動揺した。振り払うとしたが、クアロは放さない。
「泣かないっ! 全然怖くなかったし、泣くことにはもう飽きたんだ! それに、クアロが来た!」
「!」
「っ……!」
ルアンは言い返したが、途端に涙が込み上がった。最後は、思わず出た本音だ。
クアロがそれに気付いて目を丸めたが、ルアンは涙を落とさないように空を見上げる。
「……っ」
嘆くことには飽きた。哀れむことには飽きた。悲しむことには飽きた。泣くことには飽きた。もう、泣きたくない。
「泣きなさい!」
クアロは肩を揺らして、また言う。
「アンタは子どもだ! こんな小さな身体には溜め込めない! 壊れてしまう!! だから泣きなさい!!」
ビクリと震えたルアンは、グッと歯を食い縛り堪えた。クアロの肩を押し退けようとしたが、子どもの身体であるルアンには無理だ。
「泣け!! ルーッ!!」
またルアンはビクリと震えると、ついに涙を落とす。クアロの肩を握り締めながら、ボロボロと大粒の涙を落とした。
ルアンは泣きたくなかった。だが泣いた。拉致が怖くて泣いたわけではない。
前世では家族にも友人にも知人にも、絆を感じられなかった。誰にも寄り添わなかった。誰かに寄り添おうとはしなかった。
現世でも、ルアンは誰かに寄り添うことを拒んだ。母親にも、父親にも、兄にも、弟にも。だから母親に捨てられても、兄弟と一緒に泣かなかった。
きっと誰かと寄り添うことは出来ないダメ人間だ。誰かと向き合えないダメ人間だ。誰かを愛せないダメ人間だ。
そっぽを向くルアンに、家族は近付けなかった。ルアンが寄り添うことを拒んだからだ。
だが、クアロはこうしてぶつかる。真っ直ぐに目を見て、向き合う。目を逸らさない。近付くことに躊躇しない。
クアロとは、誰よりも一緒にいた気がする。クアロとは、誰よりも話した気がする。家族よりも、近い存在に感じる。
前世で誰も寄り添ってくれなかったルアンにとって、ぶつかられると痛かった。
情けないほどの量の涙が落ちても、気にする余裕もなかった。
しがみついて泣くルアンを、クアロは支える。子どものように泣くルアンを、やがて抱き締めた。
それもまた痛く、涙は止まらなかった。
陽が暮れかけて空が薄暗くなった頃、ようやく泣き止んだルアンの手を引いて、クアロは家へ歩く。
手柄はシヤンに譲り、拉致の件は隠してとぼけることに決めた。犯人達の罪は、前回のルアンの拉致。今回は失敗したと言い張るつもりだ。あとは着替えて、何事もなかったかのように家にいればいい。
しかし、ダーレオク家の屋敷にこっそり入ろうとした時だ。
帰宅したレアンと、鉢合わせした。
「……」
「……」
「……」
ガリアンの黒いコートを肩にかけたレアンは、門の前で立ち止まりルアンとクアロを見る。
天井や壁を壊して、窓から飛び降りて脱出した。その際の汚れにまみれている姿だ。
よもや門の前で鉢合わせることを予想していなかったルアンとクアロは固まってしまった。隠すべき相手に見付かったのだ。呆然とした。
それがいけなかった。平然を装えたら、勘づかれなかったはずだ。
目敏いレアンは目を細め、クアロを見据えた。視線だけで静かに、しかし鋭く責め立てる。
「……中に入れ」
顎で玄関を指して、レアンは先に中に入った。
ルアンがクアロを見上げてみると、血の気が引いたような青い顔をしている。
「……短い間だったけれど、まぁ……楽しかったわ、ルー」
クアロは死を覚悟したように、遺言じみたことを言った。
レアンの恐ろしさを知っている。ルアンの命を危険に晒した罰は生易しいものではないはずだと、クアロは予想し覚悟した。
そんなクアロの震える手を撫でて、ルアンは気を引く。
「あたしが話すから」
「……え、あぁ……うん、わかった」
今度はルアンがクアロの手を引いて、家の中に入った。
レアンの部屋に入り、ルアンは椅子に座った。クアロは横に立つ。レアンはいつものように、チェアに座って見下すように二人を見た。
「同じ犯人達に拉致されました。けれどクアロ……とシヤンに救出されました」
間入れず、ルアンは報告する。
「あたしの子守りは危険から守るためだと話さなかったことが悪かったのです。クアロを責めないでください」
落ち着いた口調で、クアロを庇う。
「……」
レアンはピクリとも動かない。頬杖をついて、ルアンを黙って見つめている。
ルアンは続けることにした。
「私はガリアンに入りたいです」
その発言には、レアンが少し反応する。
レアンの仕事が原因で拉致されたにも関わらず、この仕事をしたいと言ったことに驚いたようだ。
ルアンは背筋を伸ばして、また告げた。
「私にはクアロが必要です。どうかこの件の責任を負わせて、クビにしないでください」
真っ直ぐにレアンを見つめて、目を逸らさない。レアンも同じ色の瞳で見つめ返す。
「わかった……」
やがて、それだけを告げた。
「もう行っていい」と叱ることもなく、レアンは部屋を出る許可を出す。
あまりにもあっさりしすぎて、ルアンはクアロと顔を合わせる。慌てたクアロは、謝罪と反省の言葉をレアンに伝えた。
ルアンが見てみると、クアロの言葉を聞いていないようで、レアンはルアンをまだ真っ直ぐ見ている。
レアンはルアンの泣き腫らした目元を見ていたのだ。
それでルアンは気付いた。
初めて拉致され、何事もなかったかのように食卓についたルアンに向けた眼差し。
それは不気味な娘を見る眼差しではなかったのだ。
拉致をされたにも関わらず、泣きもせず、なにも言わないルアンを見て、レアンは思い知った。
娘に頼られていないことを、父親として非力だということを、娘が自分を必要としていないことを。
オレを信用していないのか? オレに頼れないのか? オレは必要じゃないのか? オレが嫌いなのか?
思い知った時に、レアンはなにを言いたかったのだろうか。
オレを、家族を、愛せないのか?
その問いを今は、ルアンは受け止められない。顔を伏せて、涙が落ちないように瞼を閉じた。
椅子から降り、クアロを押すようにルアンは部屋を出る。
扉の元で足を止めた。息を吸い込んでから、振り返る。
「ありがとう、父上」
座ったまま動かないレアンに伝えた。彼をそう呼ぶことは久しく感じるが、もしかしたら初めてのような気もする。
返事も聞かず、ルアンは扉を閉じた。
ほんの少し胸が痛い。
拉致された時、レアンが助けに来るとは思った。しかしルアンは待たなかった。他人に頼らず、自分で解決することを選んだ。
きっと、レアンは真っ先に助けに来たはず。走り回って行き着いたら、娘は何も言わなかった。どんなに、傷付いただろう。それを考えると胸が痛い。
それを押さえながら、クアロの背中を見上げる。
クアロが来た時、正直ルアンは安堵を覚えた。
あの時、待っていたら、変わっていたのだろうか。
家族と、距離を縮められただろうか。
起きなかったことを考えても、もう意味がない。
ルアンの部屋に入ると、二人してベッドに倒れ込んだ。
「こら、クアロ。汚れたまま他人のベッドに入るな」
「ルーこそ、汚れたままじゃない」
レアンから罰しられることを覚悟して、緊張していた。それから解放されて、クアロもルアンも汚れたままベッドに沈む。
「アンタ、ガリアンに入ってどうする気?」
「ちょっと変える」
「……ガリアンを?」
疲れのあまり眠気が襲い掛かるが、二人は会話をする。
「捕まえた犯罪者の身内は、会えない不満を爆発させる……会わせれば、少しは不満を減らせるだろうと思ってね。面会を設ければ、無駄に犯罪者を増えずにすむ」
今日拉致した犯人と話して、ルアンは思い付いた。面会を設けるために、ガリアンに入る。ガリアンを変えるために、ガリアンに入る。
それを聞いて、クアロは笑った。
「アンタは大した子ね、ルー。アンタなら、ボスの座を継ぐに相応しいかもね」
「そのつもりはないんだけど」
クアロが額をグリグリと撫でてきたため、ルアンは嫌がり振り払う。
「いいわよ、アンタを支えてあげるわ。護衛して、鍛えて、子守してあげる」
横たわったまま、クアロは琥珀色の瞳を細めて笑いかけた。
ルアンは、二度ゆっくり瞬きをすると言う。
「……この先を考えたら億劫になった。面倒だから、やっぱやめとく」
それを聞くなり、クアロはルアンの小さな頭を鷲掴みにした。
「舌の根も乾かぬうちに! 有言実行しなさい!」
「いや……あたしは、有言実行できないダメな人間だもん。少女だから、略してダメロリ」
「なにがダメロリよ!」
「あ、そうか、男装してるから、ダメショタ?」
「そういう問題じゃない! 子どものうちからダメ人間言うんじゃない!」
グリグリと頭を揺らしながら、クアロは叱りつける。ルアンは笑いながら、クアロの手を振り払う。
小煩いくらいがちょうどいい。クアロには、話そうとルアンは考えた。
初めての拉致、レアンが感じたこと、ルアンの考え。話したいと思った。寄り添いたいと思った。
「覚悟なさい、ガリアンに入れてやるんだからね」
疲れきったクアロは目を閉じて、寝惚けたような声を出す。
そんなクアロを、愛したい。愛したいなら、寄り添うことから始めるべきだろう。
「……クアロ、アンタを愛したい」
ルアンは小さな掌を、クアロの頬に重ねた。
「私は愛してるわよ、ルー」
目を開けずにクスリと笑って、クアロは深く息を吐く。ルアンが泣きそうになっていることも知らず、寝息を立て始めた。
ルアンは微笑みを溢し、目を閉じて眠気に浸ることにする。
ベッドに沈む身体は疲れきっていた。疲れた重みは生きているという証。
その重さは、悪くなかった。
end
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