第27話 久々の外の世界

 痛む腕を持ち上げて、飯を口に運ぶ。打撲の跡がここまで出来た訓練の結果は、なんとも言えないものだった。

 霧化は一応出来るには出来た。だが、リレンザから聞いていたような全身の霧化は出来なかった。


「なんか思ってたのとは違う結果になったねー」

「まあ、人間相手ならあれで十分だとも思うがな。まさか剣が当たる部分だけ霧化するとはな、むしろ使いこなせているというか器用だというか・・・・・・」


 ミシェの言葉にフィオンは微妙な顔をして答えている。

 結果としては、避けきれない攻撃が来た時に、その攻撃が当たる部分だけを霧化することが出来た。傍から見れば、腕が取れたり体が真っ二つになったように見えていただろう。

 確かに攻撃を避けるだけならば最適解かもしれないが、これでは攻撃に生かすことは出来ない。


「とりあえず後はヨルムンガンドと戦ってみてだな」

「なになに! ヨルムンガンド倒しに行くの? 頑張ってきてね~」

「随分と軽いな・・・・・・」

「だってヨルムンガンドでしょ? 私達も前に倒したことあるし、フィオンもいるなら負けることはないでしょ」


 この間も思ったが、ミストライフのメンバーと俺じゃ、ヨルムンガンドの認識に大きな違いがあるようだった。俺は他の大型霧魔獣を一切知らないが、ヨルムンガンドは数種類いる大型霧魔獣の中では弱い部類に入るらしく、対処さえ間違えなければ負けることはないのだという。

 割とボロボロに負けた身としては耳が痛い話だが、リベンジの機会を用意してもらったからには、今度こそはしっかりと仕留めてみせる。

 何よりも倒さなければ、メリユースに甚大な被害が及ぶ。次の討伐でもきっとアロマは駆り出されるだろう。色々と知り余裕をもって挑める俺とは違い、アロマ達が再び挑めばあのメンバーから今度こそ死人が出るかもしれない。それだけは何としても回避したい。


「ヨルムンガンド討伐はいつごろにするんだ?」

「そうだな・・・・・・、ラクリィの傷もある程度癒える1週間後にするか。準備だけはしておいてくれ」

「了解」


 1週間なら軽い運動だけにして、後はイメージトレーニングでもしとくか。

 今後の予定も決まったところで解散し、食堂を出て部屋に戻った。






 ――――――――――






 ヨルムンガンド討伐の日になった。外への出入り口はいくつかあるらしいのだが、緊急脱出用以外は、バレたとき時間を稼ぐために罠があったり、距離が遠いらしい。場所にしても、直接地上に出るものや、谷の底に繋がるものもあると。

 今回使うのは直接地上に出るものだ。

 そもそも、この場所は大地の裂け目から限りなく近いところにあるため、地上に出るだけでいい。ならば余程のことが無い限りは遠回りする必要はないのだ。


 ひたすらに長い階段を上る。前を歩くフィオンは、ワイシャツにスカートという服装に剣を1本持っているだけのかなりの軽装備だった。

 俺も服装以外は似たようなものだが、戦闘の幅が広いフィオンならば、もう少し多くの装備を持っててもおかしくはないと思った。


「そろそろ出口だ。何か忘れた物とかはないか確認しておけ」

「ああ。フィオンは剣しか持ってないみたいだが、他にはいらないのか?」

「私は身軽なほうが戦いやすいんだ。それに必要になれば最悪その場でどうにか出来るからな」

「そういえば、そんなことも出来るのか。本当に便利な異能だな」

「よく言われるが、正直私じゃないと使いこなせないと思うぞ。自慢や自惚れではなく、異能の性質上物質に対する理解がなくてはならないからな。私も全く知らない物はいじれないしな」

「フィオンが知らないものってあるのか?」


 勝手なイメージだがフィオンは本当に何でも知っているイメージがある。


「あのなあ・・・・・・、確かに私はラクリィの知らないことを多く知ってるかもしれないが、私だって知らないことはたくさんある。まあ、そんなことはいいだろう、そろそろ行くぞ」


 フィオンが壁に手を触れると、その壁が崩れて久しく見ていなかった白い世界が現れた。そのまま外に出るとフィオンは壁を元に戻す。

 なんだが、本当に長いこと外に出ていないように感じた。いや、実際に長かったのだが、平和な時間が長かったというか、肌がひりつくのを感じた。


「どうだ? 久しぶりの外は」

「なんだろうこの感覚は・・・・・・、緊張感というか、気持ちが引き締まるというか」

「なんだ、曖昧な感想だな。ほら深呼吸してみろ、土の中よりは空気が美味いぞ」

「いや、別に変らないだろ。だいたいそんなに思いっきり霧を吸い込んで大丈夫なのかよ」

「どうせ外に出るのは1日2日だし、別に深呼吸しようがしまいが大した差はないさ。とはいえ、あまり時間をかけると別の意味で面倒になるだろうから、早めに片付けるぞ」

「分かってるさ」


 人が住む場所からは多少離れているとはいえ、戦闘音を聞きつけられると面倒くさいことになるのは確かだ。

 フィオンとの会話で多少緩みかけた気持ちを引き締め、ヨルムンガンドの元へと向かうことにした。




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