鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす

九龍

鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす 【前編】

【01】-まどかside

 ◆◆◆ ◆◆◆


 ――私もさ、アンタみたいに強くて


 カッコいい女になりたかったな。


 ◆◆◆ ◆◆◆



 ドラムの騒音で、ハッと我に返る。

 騒音に交じって、ジャズバンドサークルのトランペットの演奏も聞こえた。あぁ、私今、部室棟ぶしつとうにいるんだっけ。


「せめてもっと静かな部活入れっての。バカじゃないの」


 私が呟いた声は、騒音に掻き消されて、誰の耳にも届かない。好都合だ。

 音楽を聴くのは嫌いじゃない。でも、自分で演奏をするのは嫌いだ。そんな私が軽音部に入部した理由はただひとつ。

 …柳田浩アイツがいるから。


ひろがカッコいいのはわかるけどさー、毎日浩がドラム叩く姿見てないで、自分も演奏したら?」


 ドラムの騒音がやむと同時に声をかけてきたのは、佐々木ささき龍平りゅうへい。柳田浩と同じバンドを組むベーシストだ。


「別に見てないし、バンド組むほど部活に馴染んでないし、楽器弾けないし」


 私が言うと、佐々木は「ぷっ」と笑い、


「じゃあ何で入部してきたんだよ」

「できないからって興味がないわけじゃないんだから。未経験でも入部可って言ったのはそっちでしょ」


 さすがに、柳田浩がいるからという理由で入部すると、追っかけだと思われて面倒だから、音楽を演奏することに興味がある“フリ”をしている。


「あ、そういえば明日の新入生歓迎会、出欠確認取れてないのまどかちゃんだけなんだけど。来るよね?」


 ドラムから離れ、柳田浩が声を掛けてきた。

 気安く名前をちゃん付けで呼ばないでよ。心の中では思っても、声にも顔にも出さない。ニコッと笑い、


「あ、ごめーん。忘れてた。参加でお願い」


 自分でも気持ち悪いと思うほどの演技。でも、柳田浩も佐々木も、違和感を覚えていないようだった。


「じゃあ明日、駅前の水晶広場に18時に集合で」


 そう言って、柳田浩は部室を出て行く。

 彼が私の前を通った瞬間、強烈なまでの煙草たばこのニオイが香ってきた。


 さすが重度喫煙者ヘビースモーカー。昔からそれは変わらないのね。

 ふと、姉がデート帰りに煙草のニオイをまとっていたことを思い出した。

 アイツ、デート中でも普通に吸ってたんだ。引くわ。


「私もそろそろ帰るね」

「浩がいなくなったらすぐ帰るんだな」


 からかってるつもり?いい迷惑。


「別にそういうんじゃないけど。今日はこの後行きたいところがあるから」


 某ネズミーランドと同規模の敷地面積を誇るキャンパスは、無駄に広くて鬱陶しい。休み時間の教室移動も面倒だけど、何より困るのは、部活後の移動だ。部室棟と通学バスのロータリーは、だいたい対角線上にあるから、移動距離が長い。

 こういう時に思うのは、どこでもドアが欲しい――それだけ。

 まぁ、バスは10分おきに出てるし、逃したところで次がすぐ来るからいいけど。


「あ、まどかちゃん。今帰り?」


 そういう柳田浩あなたは喫煙所帰り?着々と寿命を削ってくのね。

 にしても、これだけ広いキャンパス内で出くわすなんてツイてない。今も、1年生の時も。


「帰りよ。この後用事あるから」

「俺もなんだけど、一緒に帰らない?」


 柳田浩は嫌いだけれど、コイツからはどうしても聞き出したいことがある。だからこれは、不幸じゃなくて幸運と捉えることにしよう。


「えぇ、途中までなら」

「前から思ってたけど、まどかちゃんって美形だよね。モテるでしょ」


 あら?あらら?もしかして、私が元カノの妹だって気づいてない?気づいてないうえに、口説こうとしてる?


「別にそんなことないと思うけど」

「いや、ホント可愛いって。しかも俺結構女の子に好かれるけど、俺になびかない子って珍しい」


 さりげなく自分はモテるアピールなんてしちゃって。

 お姉ちゃんも結構苦労してたみたいだもんなぁ。あの頃の私は、お姉ちゃんといることに疲れて、少し距離を置いてたけど。


「だって興味ないもの」

「クールだなぁ。でもそこがいい」


 ホントに口説きに来てる?

 そこの階段で転べばいいのに。…って、苛々してる場合じゃない。


「柳田くんってモテるんでしょ?やっぱカノジョとかいるの?」

「いや、いないよ。やっぱ遊べるのって今だけだし、今は特定の相手を作るんじゃなくていろんな子と遊んどこうかなって」


 うわぁ、そういう発言は聞きたくなかった。


「へー、そうなんだ」


 まぁでも、確かに顔は悪くないしね。口説かれたら大抵の女の子はコロッといっちゃうかもね。

 そんな話をしているうちに、バスのロータリーが見えてきた。


「うわ、結構並んでるな」

「ちょうど5限目の授業が終わったタイミングだったのね」

「あー、道理で」


 並んでると会話に困るのよね。さすがに、ド直球でお姉ちゃんのこと聞きにくいし、でも遠回しに聞くといろいろ誤解を招きそうだし。

 どうしようか。悩んでいると、


「あ、喫煙所に忘れ物した。ごめん、取りに戻るから、一緒に帰れないや」


 と言い残し、柳田浩が姿を消した。

 ラッキーといえばラッキーだけど、チャンス逃したな。


 私は、お姉ちゃんが自殺した後、それを忘れるために、ずっとお姉ちゃんのことを考えずに生きてきた。それは、これからも続いていくはずだった。大学1年の秋、同じキャンパスで、柳田浩姉の元カレの姿を見るまでは。

 アイツを見かけて、考えは変わった。幸せの絶頂にいたはずのお姉ちゃんがどうして自殺をしたのか。その原因が知りたい。何がお姉ちゃんを追い詰めたのか、その答えを知っているのは元カレの柳田浩だ。

 直感的にそう感じた。



 そしてそれは、間違ってはいなかった。



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