第177話 エルナス王とジジイwithババア

俺達が玉座の間へと続く扉の前まで来ると、その前に控えていた2人の騎士がクレアモンドへと話しかけてきた。






「クレアモンド様、王がお待ちです」






「うむ、ご苦労」






騎士に話しかけられたクレアモンドは短くそれだけ答え、小さく頷く。






どうやらエルナス王を待たせてしまっているらしい。






考えてみると、別に元々約束していたわけでもなんでもないが、エルナス王は俺達がエルナシティアへとやってくるのを知っていて、クレアモンドを俺達への遣いへと寄越したみたいだが、クロナとの戦いさえなければ俺達は本来もっと早くこちらへとやって来ている予定だったのだ。




街での歓迎ぶりを見るに俺達が知らない所で前もって大急ぎで準備していたのだろう。






まぁ今更、王様くらいにビビることはないが、それでも多少申し訳ないくらいには思う。


あいにく俺の隣の頭のおかしな金髪は何も感じていなさそうだが。






騎士に返事したクレアモンドはこちらへと振り返った。






「皆さま、ご準備はよろしいですか?」






「はい」






アリアスがそう答えると、それを確認した騎士が玉座の間へと続く扉を4度ノックした。




そしてそのまま扉の両脇に立っていた騎士は玉座の間へと続く扉を勢いよく開け放ち、室内にいる者達へと大きな声で宣言した。






「勇者パーティー【光の剣】並びに勇者パーティー【魔王】、ご入場です!」






「おい、貴様。なぜ魔——」






「うるさい、やめろ、恥ずかしい。さっさと行くぞ」






なんか文句を言いかけたアルジールを黙らせ、俺達【魔王】はアリアス達【光の剣】と同様に縦一列に並び、合わせて二列で横幅5m以上はありそうな玉座へと続く巨大赤絨毯の上を歩いて行く。




そんな俺達へと玉座の間内にいた多くの視線が集中した。


多分、この場にいる全員が俺達以外貴族だろう。




俺達が進んでいる巨大赤絨毯の両端には騎士達が綺麗に並び、その外には20名に満たない程度の上位貴族らしき者達が並んでいる。




上位貴族と思ったのはあくまで俺の想像だ。


人数が少ないというのもあるが、服装とか雰囲気とかがなんとなくそれっぽい。




本当なら緊張でそんなことを考えている余裕なんてないのだろうが、俺はワクワクこそしているが、緊張とかそういう感情は特にない。


しいて言うならアルジールが馬鹿な事をしないか警戒するくらいだ。




まぁ王の前で普通に周りをキョロキョロと見回して向かうのは無礼と言われれば無礼なのかもしれないが、とにかくそんな感じでエルナス王のいる玉座へと俺は向かって行った。




だからこそ気付くのが遅くなってしまったのかもしれない。






……は? え? おい。






大絨毯の上を進んでいる途中でようやく正面にいるエルナス王を確認した所でが俺は思ってもみない事実に心の中で大きなツッコミを入れた。






ユリウスじゃねえか!






確かシステアはエルナス王の事をアルジールに少し似ていると言っていたが、それは只本当にイケメンで金髪と言う共通点でしかない。




真に似ているのはユリウスだった。


というか似ているというよりもほぼ完全に本人に近い。




よくよく見てみるとユリウスよりも一回り程、歳を喰っているようにも見えるし、髪もかなり短いので本人でないと分かるが、他人の空似と思えない程よく似ている。






……って、今はそんなこと考えている場合じゃないな。






どうでもいい事ではないが、そんな事を考えているうちにエルナス王が見下ろす玉座の近くまでやって来てしまった。




俺としてはこれからどう動くかアリアスの動きを注視しておかなければならない。


緊張はしていないし、俺としては必要以上に媚びへつらう気はないが、それでも一般的な態度、礼節というものがある。




【魔王】って変な奴しかいないよね?とかは絶対に思われたくはない。


ユリウスとアルジールの所為で美形勇者計画こそは転生早々に潰えた俺だが、精神的美形勇者になる道はまだ残されているのだから。




まぁそんなことを考えている時点でちょっとアレな気がしないでもないが、それを差っ引いても比較的まともな4人で構成されている【光の剣】と比べて、既に3人中2人もアレな【魔王】の社会的評価をこれ以上下げるわけにはいかないのだ。






……ってあれ? 結構、雑。






アリアス達の動きを注視して、完全コピーすら辞さないつもりだったが、思いのほかフランク……というか雑な対応に俺は思わず呆気に取られた。




アリアス達はその場で跪きもしないどころか、思い思いの場所を陣取り始めた。


システアに至ってはユリウス激似のエルナス王の前だというのに、アリアスと何かヒソヒソ話をしていた。






聞いていた話と大分違う。






それとも主に魔剣邪ぁ~などの謁見シーンなどで仕入れた俺の情報が間違いだったのだろうか?




魔鋼技師ゼルベが魔剣士あっくんを倒す為に研究資金を増額を願い出た際に「げへへへへ」という笑い声が気持ち悪いという理由だけで魔王にボコボコにされていたが、現実は意外ともっと軽い感じなのだろうか?




少なくとも魔界ではそれなりに通用していたんだけどな……。




こんなんだったらもっと洋画とか時代劇とかしっかり見とけばよかったなとか今更どうにもならない事を感じつつ、とりあえず何か動きがあるまで待っていると、想定外の所から声が飛んで来た。






「おいっ、こんのクソババア。いい加減にし腐れよ!」






声の主は貴族の列から出てきた60歳くらいの小さな爺さんだった。


俺の方を向いて言っているので、多分ボケているのだろう。




俺はババアどころかジジイですらないからな。




ほっといたらすぐに誰かがつまみ出すだろうと思って、俺はとりあえず黙って見ていた。


しかし、誰も止める気配はなく、爺さんはどんどんこちらへと向かってくる。






「……っておい。クソババア。何黙ってやがる?」






俺のすぐ前までやってきたところでようやく俺は気づいた。




爺さんが向かってきていたのは俺ではなく俺の左に立っていたシステアの方だった。


爺さんが汚い言葉を吐きながら睨みつけているが、システアは少し困った表情を見せながら爺さんに優しく問い返す。






「私、貴方なんて知りません。どなたかと勘違いしていませんか?」






そう言って、システアは爺さんに微笑みかけた。


システアの反応を見るにこの爺さん、やはりボケているらしい。


流石にそろそろつまみ出そうとした俺が爺さんに目を向けると、爺さんの顔には驚きの表情を浮かんでいた。






「……おい、クソババア。大人しいと思っていたが、なんだその言葉遣いは? 魔人に頭やられ——」






「——うるさいわい! クドウさんの前でババアババア言うんじゃない! ていうかこっちはわざわざ頼まれてきとるのになぜ膝をつかねばならぬのじゃ! いちいちしゃしゃり出て来るな! クソガキ!」






「王の前だからに決まってんだろうが! そんなことも事も分からんのか? さっさと跪かんか! ババアババアババアァァァ!」






その跪かなければならないという王の前で始まった壮絶なシステアと爺さんの口喧嘩。




ボケていたわけじゃなかったんだな。爺さん、すまん。


とりあえず知り合いな事は分かったが、滅茶苦茶仲が悪い。






ていうかなぜ王も騎士達も止めに入らないんだろうか?






それにシステアには悪いが、王の前で膝を付けと言っている爺さんの言っている事は多分間違ってはいないだろう。


だというのに、騎士達はアワアワしているだけで何も行動を起こさないし、ユリウスに激似のエルナス王はにこやかな表情で2人の喧嘩をただ眺めている。




そんな中、アリアスが状況をいまいち理解できていない俺達に小さな声で説明してくれた。






「えーと、あの2人は気にしないでください。元々からずっとあんな感じらしいので」






「元々からずっと?」






聞いていた話ではシステアはずっとどこかの森の奥で暮らしていたはずだが、そんなに昔からの知り合いがいたのだろうか?


俺が聞き返すと、少し言いにくそうにアリアスは続ける。






「実はあの方、僕の先々代の勇者なんですよ。だから、えーと、簡単に言いますと、システアさんにフラれ続けられたのを根に持っていると言いますか、とにかく仲が悪いんです」






……フラれた?






あぁ、勇者パーティーへの加入を断られ続けたって意味か。






一瞬、あの爺さんがシステアに愛の告白をしているシーンが頭に浮かんでしまったが、すぐにアリアス以前の勇者の誘いを断り続けていたことを思い出す。




だが、爺さんよ、どのみちシステアを仲間に伴って、魔王(俺)としても結果は同じだったと思うぞ。




そもそも2代前という事は、ソリュード君の一つ前の勇者なのだろうが、俺が名前すら思い浮かばないのだから歴代勇者の中ではそこまで大したレベルではなかったのだろう。






「なるほど、男の醜い嫉妬と嫌がらせというわけですか。実力もなかった上に遥か昔に隠居した老害風情があのような暴言を。如何いたしましょう? クドウ様」






アルジールがいつもの如く物騒な事を言いながら、冷たい笑みを浮かべているが、当たり前だが俺としては何もするつもりもない。






「老害ていうな。別に爺さんは何もおかしなことは言っていないしな」






「……クドウ様がそう仰るのでしたら」






アルジールを宥めて、とりあえずこちらは一件落着と言った所だが、システアは未だ爺さんと酷い罵り合いを続けている。






流石に埒が明かないな。——と思っていると、ようやく笑顔で2人の罵り合いを見守っていたエルナス王が口を開いた。






「ルオル、前々から言っている通り、私は【光の剣】に過度な礼節を求めてはいない。其方の言い分も理解はできるが、そろそろシステア様と話がしたい」






正直、過度でも何でもないとは思うが、エルナス王はシステア達とは対等な話し合いを望んでいるようだった。


それが王として正しいかは分からないが、エルナス王は俺が思い描いていた頭の固そうな王ではないらしい。


エルナス王が告げると、爺さん——ルオルはキッとシステアを睨みつけた後、素直に下がって行った。






多分、ルオル自体、王がシステア達に対して今回のような対応を認めている事を知りつつも、毎回絡んでいるのだろう。






一種の伝統芸能のような物なのかもしれない。






まぁそれはさておいて。






エルナス王、俺の事、ガン見してんな。






ルオルを下がらせた後、エルナス王は俺の事を文字通りガン見していた。






まぁ、人間界に突如として現れた俺に興味があるのかもしれないが、それにしても凄いガン見である。




正直、イケメンとはいえユリウス激似のおっさんにそんな熱い視線を向けられても気持ち悪い以上の感想は浮かんでこない。




少しして、俺から視線を外したエルナス王は俺達全体へと視線を移した。






「さて、【光の剣】。そして新たになる勇者パーティー【魔王】。今回の人間界防衛、実にお見事でした。人間界全ての人間に代わり、私、カーティス=ハルマーン=エルナスが礼を言います」






そう言ってエルナス王カーティスは深々と俺達に頭を下げた。

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