第170話 アルジールの戦いの裏で

エルナシティアに行く事が決まった俺達3人は3日間世話になったミンカにシラルークを離れる事を伝える為に宿へと戻っていた。






「あんな戦いがあったのにやっぱり行っちゃうんですね」






「まぁすぐに帰ってくるよ」






俺は名残惜しそうなミンカに小さな笑みを向けた。


まぁ実際、四天王軍を迎え撃たなくてはいかないのでどれだけ遅くても3日もしない内に帰ってくる予定なので、またすぐに会える。


都市長からは3日後には四天王軍の侵攻が始まると宣言が出されていて、冒険者達の前線基地の役割を果たす事が決まっているシラルークからは既に避難を始める者達が出てきているが、ふと気になった俺はミンカに尋ねた。






「そういえばミンカ達は避難しないの? 避難するんだったら手伝うけど」






俺達は宿のカウンターの前で話をしているのだが、昼前という事もあってかあまりまだ客は来ていないようだが、宿も食事処も見た感じ平常運転しているように見える。


俺の転移魔法と異次元空間を使えば、ミンカ達1家族の避難を手伝う事くらいなら1時間もかからないので聞いてみたのだが、そんな俺の問いかけにミンカは小さな顔を横に振った。






「いえ、大丈夫です。冒険者さん達が泊まるところがないと大変だからここに留まる事にしたんです。それに聖竜様に勝ったクドウさんが負けるはずありませんから!」






「え? いや、勝っては……うん、そうだね」






ミンカの勇気に満ち溢れた顔で言われた言葉に思わず苦笑いを浮かべてしまう。


いつの間に俺が母さんに勝ったというデマが完全にシラルークでは浸透していたからだ。


俺は一度たりとも母さんに勝ったなどと言った事もなければ、毎度のように「ただ数分戦っただけ」といつも否定しているのだが、それでもそんなありえないデマはシラルークには広まり続けていたのである。




恐らくは俺の横にいる頭のおかしい金髪イケメン勇者による情報操作の所為なのだろう。


本人は情報操作ではなく真実だと信じ切って吹聴しているのが本当にタチが悪い。






「当たり前の事だがよく理解しているな、ミンカよ。ブリガンティス如きにクドウ様が後れを取るわけがない」






そんなことを言いながら金髪イケメン勇者ことアルジールが満足げに頷いていた。


アルジールはこんなことを言っているが、そこまでブリガンティスは今の俺には決して油断出来る相手ではない。


確かに全盛期の俺なら苦も無く片手間に相手できた奴ではあるが、俺の今の魔力はかなり弱くなっているのだから。


とはいえそんな事を馬鹿正直に言ってミンカを心配させたくもないのでここは俺もアルジールに乗っかる事にした。






「まぁそういうことだから心配せずに待ってて」






「はい!」






そんなに心配はしていないのか元気にそう答えるミンカをなぜかアルジールがじろじろと見つめている。


あまり女の子に興味がないと思っていたのだが、案外そうでもなかったかもしれないと俺が思っているとそんな視線に気づいたミンカがちょっと恥ずかしそうに照れながら言った。






「えへへ、どうですか? 可愛いくないですか?」






もちろんミンカが言った「可愛くないですか?」の対象はミンカ自身の事ではない。


いや、まぁミンカはとても可愛らしい女の子なのだが、俺が言いたかったのはミンカが自分で自分の事を「可愛くないですか?」というようなどこぞの頭のおかしい受付嬢のような自意識過剰系なタイプではないという話だ。


ミンカは昨日までは付けていなかった数個の魔石が装飾された花の形の髪飾りを外して、アルジールに見せるように手の平の上にのせた。






「まぁ悪くはないな」






恐らくだが、年頃の女の子がつけるような髪飾りのセンスなどまったく分かっていない。


だがそんなアルジールもその髪飾りから僅かに何かを感じ取ったのか珍しく無難に返すと、ミンカは僅かに顔を赤く染めた。






「クドウさんに買ってもらったんです」






ミンカがそう言った途端、アルジールの態度は豹変した。


まるで、世界に一つしか存在しない宝石を眺めるような表情でミンカが持つ髪飾りを眺め始めた。






「実に素晴らしい逸品だ。流石はクドウ様。このような希少な髪飾りをポンとプレゼントしてしまうとは……ですが、いつお買い物へ?」






アルジールが不思議そうな表情で俺を見つめてくる。


確かにミンカは昨日までこの髪飾りをつけてはいなかった。


あまり言いたくはなかったのだが、流石に誤魔化せる気もしないので俺は正直にアルジールに話す事にした。






「今日だ」






「今日? 今日は足りなくなった物資を補充しに行ったのでは?」






確かに俺は今日の朝、アルジールと別れる時に物資の補充に買い物へ出てくると説明した。


すると「ではお供致します」といつものようにしれっとついて来ようとしたので俺はアルジールにこう言って、留守番を任せたのだ。




『そういえば、もうすぐアダマンタイトプレートが届くかもしれないとギルドマスターが言っていたな』と。




アダマンタイトプレートはS級冒険者——つまり勇者であることを証明する為に冒険者協会から発行される冒険者プレートである。


もちろんガデュスゾデュスの件で勇者になった俺達にも交付されるものだが、まだ手元には届いていなかった。


一般的に普通の冒険者プレートは冒険者協会支部の裏にいる彫師がすぐに加工してくれるため、すぐに用意してくれることが多いが、アダマンタイトほどの金属になると加工できる者が少ないらしい。


冒険者プレートは単に名前や所属パーティーを刃物で彫り込んでいるわけではなく、魔法の力も用いている為、ただ単に腕力と技術があれば彫り込めるものではないようだ。




そういう理由から魔法の力を用いてアダマンタイトに文字を彫り込める彫師に現在アダマンタイトプレートの作成を依頼している状況なのだが、俺はそのアダマンタイトプレートがそろそろ届くかもしれないとギルドマスターが言っていたとアルジールに嘘をついた。


本当はアダマンタイトプレートはエルナス王国の王都エルナシティアにある冒険者協会本部所属の彫師に依頼してあるので、受け取りは俺達がエルナシティアに到着してからと決まっている。




だが俺にそう言われたアルジールはすぐに『でしたら、メイヤに留守番を頼みましょう』と答えた。




だが、俺はその時には既に手を打っていた。


隣の部屋に泊っているメイヤに予め、お遣いを頼んでおいたのである。


そして、俺はメイヤが出て行くタイミングを見計らって、物資補充の話を切りだしたのだ。


そうすればアルジールは俺が待ちに待ったと思っているアダマンタイトプレートを受け取るために宿屋に待機する他ない。


そして、メイヤが返ってくる頃には既に俺は魔力を抑えつつ姿を眩ませるという完璧な作戦だったのだが——。




突然、ミンカとの買い物中にメイヤに呼び止められてアルジールとクロナの戦いの場に急行したため、ミンカに口止めをするのを忘れていたのだった。


アルジールは俺がついた嘘を疑っている様子はないが、不思議そうな表情で俺を見つめている。






「あぁ、今日な。物資補充に行くと言ったが、それはついでだ。ミンカへのプレゼントを買いに行ってたんだよ。ずいぶん世話になったからな」






そう言った俺をアルジールは珍しく驚いた表情で見返した。


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