第152話 鉄の掟

「さて、蹂躙の始まりだ」



アルジールはそう言ってゆっくりとレナザードの前に立ち塞がるクロナの方へと歩いて行く。


明らかに無警戒すぎるアルジールにシステアが大きな声で注意した。



「アールさん! その女は魔王軍四天王魔人ミッキーです! 油断しないで!」



システアに戦闘を止めるように説得する気はなかった。


アールがそんな事を聞く性格ではない事が分かっていたからだ。


だからせめて油断せず本気で戦うように促すつもりでそう叫んだのだったが、アルジールはクロナの目の前だというのにシステアの方へ振り返り訂正した。



「ミッキーはもっと小柄な女魔人だ。それにミッキーは魔——クドウ様には劣るが、なかなかの魔力を有した強き魔人だ。そこの女のどこにそんな魔力があるというのだ?」



当たり前だがアルジールはミッキーと面識がある。


確かにミッキーは遅刻、無断欠席、会議中の居眠りの常習犯だったのでしっかりと顔を見る機会はアルレイラ、ブリガンティスと比べて少なかったのは事実だが、それでも同じ四天王だったので顔と体格くらいは人の顔を覚えないアルジールでも流石にしっかりと記憶していた。


だがそんな事を知る由もないシステアは驚きながらアルジールに尋ねた。



「……えっ? 魔人ミッキーを見たことがあるのですか?」



「何を言っている。見たことがあるもなにも私はミッキーと同じ——」



クドウ様に仕える魔王軍四天王と言いかけてアルジールは気づく。



(そういえばクドウ様が魔王だというのは秘密だったな。危うく口を滑らせるところであった)



数日前のアルジールならば確実に全てを暴露してしまっていただろうが、もうあの時の私ではないとアルジールは笑みを溢す。


クドウがこの場に居れば「お前がアルジールだという事もバラしちゃダメだからな?」とあきれ顔で言われそうなものだが、アルジールの脳内では「お前も遂に人間界の常識に慣れてきたな。偉いぞ!」とクドウが笑みを浮かべている。



そして、アルジールはクドウ直伝の誤魔化し術でこの場を乗り切る事にした。



「ふっ、ミッキーは私と同じくらい強いぞ。なんせあのクドウ様相手に短時間とはいえそれなりに戦った女なのだからな」



ちなみにアルジールが言ったのは本心ではない。


確かに魔人ミッキーがクドウと戦ったのは事実である。


だが、戦ったのは本当に一瞬の事でミッキーが放った第一級魔法を見て、クドウはミッキーを空席だった四天王の座に据える事を決めたのだ。


それにアルジールは今でも例外であるクドウを除けば自身が世界最強だと思っている。


例え魔王軍四天王だろうが3神だろうが正面から戦って魔人アルジールに勝つことができる存在などいるはずがないのだから。


アルジールが言い放った爆弾発言にシステアが「えっ? いつ? どこで!?」などと喚いているが、アルジールはそんな事は気にしない。


全てが終わった後、クドウが完璧に説明してくれるはずなのだから。



「——もういいですか? あなたでは話が通じなさそうなので、さっさと終わりにしてクドウという勇者を待とうと思います」



レナザードに後ろから視線で急かされてクロナが話に割って入る。



「そうだな。さっさと終わらせてクドウ様を待つことにしよう。まぁその後ろの男は死んでもら——」



アルジールが言い終える前にクロナが今まで立っていたはずだった場所から忽然と姿が消した。


そしてシステア達が気づいた時には、クロナの拳がアルジールの腹へと突き刺さっていたのだった。



「——アールさん!」



システアがアルジールに呼びかけるが返答はない。



(アールさんでもこの女に勝つことはできないのか。ミッキーでないのだとしたらこの女はいったい何者じゃ?)



多くの事が起き過ぎて未だシステアは頭の整理が追い付いていない。


ただ目の前の光景でシステアはアールですら女に勝つことはできないのだと悟ってしまった。


だが、アリアスと同様崩れ落ちるものだと思っていたアールの身体は微動だにしないことにシステアは気づく。



そして——



「おい、貴様。自己紹介中とか大事そうな場面では相手を攻撃してはいけないという鉄の掟を知らないのか?」



アルジールの整った顔が常識知らずのクロナを厳しく睨めつけ、僅かに歪む。


今言ったアルジールの言葉は冒険者になって初めてクドウと一緒に受けたD級依頼『洞窟のゴブリン討伐』で自己紹介中のゴブリンロードを一刀両断で切り捨てた時に注意を受けたクドウの言葉そのものだった。


アルジールは言うとほぼ同時に自らに纏わせていた雷をクロナに向けて至近距離から飛ばす。


普通では回避しようがない距離での雷撃だったが、クロナはそれを無言で回避して、元居た場所へと一瞬で移動した。



「正直驚きました。私の攻撃を受けて立つことができるとは」



「魔力もない貴様が素手で私を倒せると本気で思っていたのか? 剣を抜くがいい。無知な貴様に絶望というものを教えてやろう」

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