第126話 邪竜ザラス

ここは暗黒に包まれた世界。


そんな世界の真ん中にひっそりと佇む巨大な竜の影。


当の昔に傷は癒えているが、それでも巨竜は1000年以上もの時をこの場で過ごしていた。



「——あぁ、ティア。どこにいるの?」



この1000年以上の間に何度言ったか分からない言葉を巨竜は呟く。


そんな時だ。


闇の奥から小さな光が突如現れた。


巨竜は彼女の再来の予感に目を見開き叫んだ。



「ティア!」



思わず叫んだ巨竜の声に小さな光から答えが返ってくる。



「申し訳ありません。ザラス様。私です」



ザラスは闇の奥から歩いてきた淡い光に包まれた男の姿を驚きと失意の表情で迎えた。



「どうやってここに来た? ティア以外の顔なんて見たくはない。今すぐ消えろ」



そんな冷たく突き放すザラスに男はなぜか安心したようにザラスに言葉を返した。



「お久しぶりです。ザラス様。ここの事は200年程前に見つけておりましたが、あの時はまだお話しできる状態ではなさそうでしたので」



「……もう一度だけ言う。死にたくなければ今すぐ消えろ」



ザラスの冷たい視線と共に圧倒的魔力が男の周囲を駆け抜けるが男はそんな事に気にする様子もなく、更に言葉を紡ぐ。



「協力しませんか? 貴方ほどの方がこんな場所で腐っているのはあの御方も見たくはないと思いますよ」



「……そうか、分かった。じゃあ死ね」



ザラスの言葉を合図に男の周囲に無数の闇の靄が形成される。


人間サイズの男でさえ通る隙間などなく空間に埋め尽くされたそれらが攻撃魔法としてはゆっくりとした速度で男に迫る。


一見防ぐ事ができそうなザラスの魔法は速度こそ遅いが黒い靄の一つ一つが超高密度の魔力で形成されており、包囲を破る事は困難だった。


更にこの靄は魔法攻撃、肉体に関わらず魔力を吸収する機能も持っており、生半可な魔法攻撃を打ち消すのはもちろん生身の身体で触れれば肉体に宿る魔力を全て吸いつくされて死に至る致死性が極めて高い魔法なのである。


この魔法を破る方法は主に3つ。


魔力を有さない弓や投擲武器で術者を攻撃して魔法を強制解除させるか、吸収性能を上回る更に超高密度の攻撃魔法を撃ちこむか。


3つ目の方法としては転移魔法で逃れる方法もあるが、それはザラスのもう一つ発動させている魔法によって完全に封じられている。


そんな絶体絶命に思える状況の中でも男の表情には余裕さえあった。


確かにまともに喰らえば男でさえタダで済むはずはない攻撃だったが、次の言葉でザラスの攻撃を中断させる確信があったからである。



「——レナザード様がこちらにこられたようです」



「……なに?」



男の言葉にザラスが驚きの表情を浮かべて、黒い靄が男を攻撃する直前で急停止した後、音もなく一斉に消え去った。


男の話に興味が湧いたのかザラスは神妙な顔で男を見た。



「……どうやって? ……ていうかなんで来た?」



「分かりませんが、あちらの世界で何かあったのでしょうね。魔力がまったく無い状態のようですよ」



「魔力が全くない? どういうこった? イケすかねぇ野郎だが、魔力総量だけならあいつは俺よりも上だ。そんな野郎が魔力喪失?」



ザラスから見てもただ事ではない。


あの日の突然訪れた別れから一度として会えてはいないが、レナザードは全ての世界を見渡したとしてもザラスが同格かそれ以上と認める数少ない存在の一人であった。



「……攫ってくるか?」



思わずザラスがそんな事を漏らす。


男の言う通りレナザードに魔力が残されていないのならば、ザラスの力を以ってすれば容易く捕縛する事も可能だと思えたからだ。


レナザードがなぜ今になってこの世界にやってきたのかはいくら考えても分からないが、ザラスがこの1000年以上会う事ができなかったあの人の行方に関係する事かもしれない。


そんな思いから出た言葉だったが、男は窘めるようにザラスに言った。



「それはやめた方がよいかと。ここから出たらすぐに見つかりますよ。喧嘩中なのでしょう? フィーリーア様と」


2体の始祖竜は1000年以上前にある1つの事で言い争いになり、魔界の地形を変えるほどの大喧嘩を繰り広げた。


最終的にザラスはフィーリーアに敗れたが、その喧嘩の最中にザラスはフィーリーアの更なる逆鱗に触れる事をしてしまったため、1000年以上が経った今でもザラスはフィーリーアから隠れるようにこの魔界の辺境で隠れ過ごしていたのだった。



「ならお前が行ってこい。お前はあのババアにもそこまで嫌われてねぇだろ?」



ザラスは命令口調で男に迫るが、男はそんなザラスの願いをすぐに断った。



「無理ですね。場所があまりにも悪い」



「場所? まさかあのイケすかねぇババアの城のすぐ傍か?」



ザラスの言う通りの場所ならいくら男が警戒されてなかったとしてもフィーリーアに気付かれることなく、レナザードを攫ってくるなど不可能に近いが、男の答えはザラスの予想とは全く違うものだった。



「シラルーク、人間界の都市です」


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