第108話 良いママ、テンパるミンカ、イメージ気にする筆頭勇者
「何やってんだい? ミンカ。この忙しいときに」
騒ぎを聞きつけてやってきたミンカの母親が俺の顔を見て驚いて一瞬固まったが、ミンカのような事はなく泣きじゃくるでもなく俺に言った。
「アンタ……ってのは流石にもう失礼だね。それにしても驚いたよ。まさか魔人も聖竜様も倒しちまうなんて」
いや、だから母さんは倒してないけど。——と突っ込みたい所だが、もういくら訂正しても無駄な気がした俺はそこに触れることなくミンカ母に言った。
「アンタで構いませんよ。いきなりクドウ様なんて言われても落ち着きませんし」
「そうかい! とはいえ、流石にアンタは不味いだろうからダンナと呼ばせてもらう事にするよ。ところで……母親は前に見せつけてくれるねぇ。お嫁に貰ってくれる決心がついたのかい? ダンナ?」
俺とミンカを見てニヤニヤしながら言うミンカ母の言葉にビクンと反応したミンカは抱きついていた俺から離れて大きな声で叫んだ。
「ち、違うよ! ママ! 何言ってるの!」
「えっ? そうなのかい? ダンナが魔界に行くって聞いて店番もせずにしくしくと部屋に籠って泣いてたのは誰だったんだろうね?」
「きゃー! やめて! ママ!」
俺を目の前に俺の事で親子喧嘩を始めるミンカ達。
ほのぼのとした光景に俺は顔を綻ばせつつ、流石に否定する所は否定しないと不味いなと思い俺はミンカ母に言う。
「おかみさん、ミンカさんと俺はそういう関係ではありませんよ。ミンカは会って数日の俺の事を心配してくれたんです。とてもいい娘です。良いお嫁さんになりますよ。間違いなく」
俺が自信満々に言うとミンカ母は俺の事をなぜかじっくりと見て残念そうに言った。
「ちぇっ、そうかい。まぁ今後に期待する事にするよ」
ちょっと残念そうなミンカ母は忙しいのかそれだけ言うと酒場の方に戻って行き、ミンカは申し訳なさそうな顔で俺を見る。
「すいません、母が……」
「楽しそうな良いお母さんだと思うよ」
フォローとかお世辞とかではなく、俺は心底そう思う。
少なくても、自分の都合で人間界を破壊しにやってくる俺の母親よりかは一般的に見ていい母親だろう。
まぁアレはアレで良い所もあるんだけどね。
そもそも母さんがあの時、俺を拾ってくれなきゃ流石の俺でも野垂れ死んでいただろうしな。
その点については未だに感謝している。
少し子離れしてくれたら助かるんだが、数百年に渡って俺に甘々だったものを今更どうこうしようとしても無駄だろう。
「あ、ミンカ。ご飯なんだけどここで食べて行っていいかな? アリアス達も来るんだけど」
アリアス達のパーティーと夕食の約束をしていた俺だが、この店くらいしか俺はご飯処を知らない。
流石に知らない店に行ってハズレを引いたらアリアス達に申し訳ないし、そもそも俺はここの料理を気に入っている。
特にシステアと行く店の打合せしてはいなかったが、魔法で連絡をすればいいので、ここでミンカにOKさえもらえればいいのだ。
「えっ? アリアス様……? 勇者様パーティーの方々がこちらに来るんですか……?」
ミンカは驚きの表情を浮かべたが、少しすると納得したように呟いた。
「そっか。クドウさんはアリアス様達と魔人を撃退したんだし、そもそもクドウさんはアリアス様より更に上の筆頭勇者様……」
丸聞こえの呟きを俺達に聞かせたミンカは今度は次第にテンパり始めた。
「ク、ク、クドウさん! う、うちって只の町酒場なんですけど、アリアス様達のお口に合いますでしょうか? シラルークはそれなりに大きな都市ですので、うちより美味しい店は沢山あると思いますし、そ、そちらの方がいいのではないでしょうか?」
ミンカはテンパって飯処の娘としては口走ってはいけない言葉を口走り始める。
自分の店より美味しい店があると知っていたとしても一番美味しいのは自分の店と胸を張って言うのが飯処の娘としては正しいだろう。
とはいえ、こういう所もミンカの好ましい所といえる。
テンパりすぎた所為もあるかもしれないが、俺はそんなミンカのテンパる姿を微笑ましく思いながら見ていると、アルジールが珍しくミンカに言った。
「心配するな、ミンカよ。俺が知る限り、ここはシラルークで一番美味しい食事を出す店だ。自信を持つがいい」
アルジールが良い顔でそんなことを言うが、アルジールはここ以外で飯を食べたことがないので、当たり前だ。
とはいえ、アルジールがここを気に入っているのは間違いないだろう。
もし、不味いと思ったならアルジールは遠慮なく、この店はシラルークで一番マズい飯を出す店だ。——とミンカを前にしてもはっきりと吐き捨てたはずだからだ。
アルジールという男は良い意味でも悪い意味でもそういう男なのである。
まぁ99%くらい悪い意味でだが。
「あ、ありがとうございます! アールさん! じゃ、じゃあお母さんに頼んでお店を貸し切りにしなきゃ!」
アールの言葉にテンパりが抜けきらないミンカがそんなことを言いだし、酒場の方に行こうとするミンカの肩を俺は掴む。
どう考えても今から貸し切りにするのは不可能なはずだ。
ミンカ母もかなり忙しそうにしていたし、俺達の耳にもいつも以上の喧騒がミンカと話している間にもずっと聞こえてきていたのだ。
アルジールはアルジールで「そうだな、頼む」と非常識な返事を返しているのが聞こえたが、仮に俺達とアリアスパーティーが食事をするためだけに今いる客を全員外に追い出したら、せっかく鰻登りになっている俺達のイメージも悪くなるし、この店の評判もかなり悪くなるだろう。
人間界を救った勇者達の為に快く席を譲ってくれる客もいるだろうが、それでもやはりダメだ。
ていうかそもそも大きめの1テーブルだけ用意さえしてくれれば俺としては問題ないのでそんなリスクを負う必要性が微塵もない。
肩を掴まれ、ビクッと振り返ったミンカに俺は言った。
「ミンカ、そういうのはいいから普通に大きめのテーブル席を1つだけ抑えてくれる?」
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