第102話 ミツキと裏切りのセラフィーナ

女は主の期待を裏切った男の顔を思い浮かべ、吐き捨てるように言ったユリウスに溜息を吐きながら言った。



「そうね、その為にも魔王には頑張ってもらわないとね」



女がそう言った所で2人しかいない部屋の扉が開き、一人の少女が入ってきた。


それに気づいた女は大きな声で少女を出迎えた。



「あっ、先輩、お疲れ様! 遅かったですね! ちっこい体で来たんですね! 私はそっちの方が好きですよ」



女は立ち上がって、少女の傍まで小走りして少女の身体を抱きつき、遠慮なく頭をわしゃわしゃと撫でまわす。



「——マリア。重い」



黒いローブで全身を覆い隠した少女は頭の上に乗っかっているマリアの大きな胸を手でむんずと押しのけようともがくがマリアは少女の頭の後ろに回している腕を離さない。



そんな光景を見て、ユリウスは呆れたように言った。



「おいっ、やめろ。ミツキ殿が困っているだろう」



「えー、困ってないわよー。アンタまさか羨ましいのー? アンタも抱きついてあげようか? ホレホレー」



マリアがニヤニヤしながらユリウスが手招きするがユリウスは心底嫌そうに顔を歪ませる。



「そんなに嫌そうにしなくてもいいじゃない。こんな美女を捕まえて。アンタがあの方ラブなのは知ってるけどさー」



拗ねるように言ったマリアは名残惜しそうにミツキを開放すると解放されたミツキは2人に言った。



「まずいことになったかも」



ミツキの一言にマリアはふざけながら返す。



「そうなんですよー、ユリウスったら聖竜様にボコボコにされちゃってー」



「そんなことはどうでもいい」



敗北をどうでもいい認定されたユリウスはちょっとだけショックを受けつつも、次の言葉を待っているとミツキは衝撃的な言葉を口にする。



「さっき、ブリガンティスの城に行ってきた。そしたらなんだかんだあって魔王軍全軍団による人間界への総攻撃が決まった」



「「……はぁ??」」



ミツキの言葉にユリウスとマリアは同時に声が出る。


あまりに予想していなかった展開だったためだ。


確かにクドウとアールが勇者パーティーと共にゾデュス兄弟を退けたことは2人の知っていたので、ブリガンティスが人間界に攻め込むのはまだ想定の範囲内ではあった。


だがそれでも、魔王軍全軍団による侵攻などどう考えてもありえない展開だった。



 「あ、ごめん、人間界というよりはクドウとアールへの総攻撃。それ以上の人間界への手出しはしたらダメってなったから人間界はとりあえず大丈夫」



ユリウスとマリアの驚きを見て、ミツキはそう訂正するがそれでも2人の驚きは和らぐ所か更に増した。



「どういうことですか? なぜギラスマティアとアルジールが? ……もしかして、あの2人の正体がバレましたか?」



出来る限り、2人の正体が露見しないように気を付けてきたユリウスだが、それも絶対ではない。


だが、仮に魔王軍に2人の正体が露見していたとしてもそんな事態になるはずがないとユリウスは見ていた。



「たとえ正体がバレたとしてもアルレイラがそんな作戦に首を縦に振るわけはない。もちろんアルジール軍も同様です。そしてミッキー……いやミツキ殿。あなたもその2軍に追従する予定だったでしょう」



そう、魔王軍四天王ミッキーの正体は神ユリウスの仲間にして天界にいる天使たちを纏める者——天使長ミツキだった。


ミツキは神の名こそ与えられてはいなかったが、ユリウスやマリアよりも遥か昔に力を与えれ、かつて始まりの神々が暮らした楽園を知るこの世界では数少ない存在の1人でもあった。


そんな四天王ミッキーの顔も持つミツキは四天王ブリガンティスにも四天王アルレイラのどちらにもつくことはなく、魔王軍のバランサーとなることと情報収集を目的に魔王軍にもぐりこんでいた。


今回のゾデュスとガデュスの人間界侵攻の問題に対してもブリガンティスとアルレイラの間に立ち、大掛かりな人間界侵攻もブリガンティスとアルレイラの戦争も阻止する予定だったのだ。


だが、そんな中に現れたのが——。



「……ユリウス?」



ミツキは黒いフードからユリウスにジト目を覗かせるとユリウスは訳も分からないまま問い返した。



「な、なんですか?」



「君のとこにセラフィーナって天使いたよね? ちょっと前に拾ってきて、君専属のワイン注ぎ係に任命した」



ユリウスとしてはセラフィーナをワイン注ぎ係に任命したつもりはない。


他にもセラフィーナにはユリスリティアへ定期的にワインを貰いに行ってもらったり、ワインの在庫管理、ワイン庫の清掃など様々な大事な仕事を任せている。


言いたいことはあるが、セラフィーナが何の係かはこの際置いておくことにして、なぜ今この場でセラフィーナの名が出てきたのかを考えてみたが、ユリウスには分からなかった。


ユリウスが黙っているとミツキが更に言った。



「あの子、ブリガンティス城に来たよ。なぜかゾデュスとガデュスと一緒に」



ミツキはそんなことを言いだすが、それはありえない。


セラフィーナはユリウスがフィーリーアとの戦いに出る寸前まで天界にあるユリウスの屋敷にいたのだから。


念のためユリウスは自分の屋敷に意識を向ける。



「——セラフィーナは今も私の屋敷にいるようですが?」



ここからは遠く離れてはいるが、ユリウスの屋敷はユリウスのテリトリーだ。


知らない者ならまだしも数百年も一緒にいるセラフィーナの魔力反応を見間違えるはずがなかった。


間違いなくセラフィーナはユリウスの屋敷にいる。


それこそミツキのように分身体でも作り出す魔法でも使えなければブリガンティス城にセラフィーナがいる事などありえないのだ。


そんな中、マリアが恐る恐る手を上げた。



「ちょーっといいかな? ユリウスさん」



「なんだ?」



こういう時のマリアはロクな事しか言わないのはユリウスは長年の経験で知っていた。


少しきつめの口調で聞き返したユリウスにマリアは珍しく申し訳なさそうな声で言った。



「だいぶ前にさー、フィーナちゃんになんでか知らないけど、分身魔法のやり方について尋ねられたんだんだけど……その時にやり方教えちゃった! てへっ!」



「てへっ! ではない! なぜ言わなかった!?」



マリアに詰め寄るユリウスだが、マリアにも言い分はある。



「だって、教えたくらいで使えるようになるなんて思わないじゃんー! だってアレ第1級魔法だよ? 今のフィーナちゃんならともかく当時のフィーナちゃんが使えるようになるなんて思わないじゃない」



確かにミツキが使用している分身魔法は第一級魔法に属する魔法であり、更に言えば転移魔法と同じく——いや、それ以上に習得できるかは本人の適正があるかどうかが大きい。


努力はもちろん必要だが、それだけではどうにもならない部分がかなり大きい魔法なのだ。


実際、教えたマリアですらやり方を知っているだけで実際には使えないし、ユリウスも行使できない魔法だ。



自分の責任ではないとばかりにマリアは他人事のように言った。



「あの子、天才だったのね。お姉さんびっくりだわ」



「そんなことを言っている場合か!? それでセラフィーナはなんと言ったのですか?」



マリアに大きな声を上げつつ、ユリウスはミツキに尋ねると、ミツキは無表情の中に少ししかめたような表情で言った。



「魔王と魔人アルジールを殺したのはSSS級勇者クドウとアールだと。おかしな話だけどそう考えると全てが良い感じに繋がっちゃうんだよね。これが」



ミツキの言葉でユリウスとマリアは全て納得がいった。


そしてユリウスは席を立ち、部屋の外に歩き出そうとした所でミツキに引き留められた。



「どこへ行くの? ユリウス」



「屋敷にいるセラフィーナに言って分身を消してもらう」



「いや、今いなくなってももうどうもならないけど」



「それなら嘘だったと説明させます」



「多分、信じてくれないし、下手したら私の潜入がバレると思うんだけど」



この時のユリウスは冷静ではなかった。


普段のユリウスであればすぐ分かる事だというのに、長年に渡るユリウスたちの計画がセラフィーナの独断行動で台無しになる事だけは避けたかったから。

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