第93話 次期魔王

「そんなことよりも今はもっと大事な話があるんじゃないか?」



ブリガンティスはそう話を切り出すとアルレイラは厳しい視線をブリガンティスへ向ける。



「そんなこと? あなたの蛮行を止めること以外に大事な事があるのですか?」



ブリガンティスは小さな声で笑う。



「そもそもの話をしていいか? アルレイラ殿は先程ギラスマティア様とアルジール殿が消えたと言ったな? 人間界の侵攻をするなと命令していたのはそのギラスマティア様だ。ならば、ギラスマティア様のいなくなった今、その命令を聞く必要がどこにある?」



魔人と人間の長い歴史の中で人間界侵攻にはっきりと反対したのは魔王ギラスマティアが初めてだ。


魔王ギラスマティアが誕生する以前の魔人と人間の関係は侵略する者と侵略される者だった。


魔王ギラスマティアの命令によって、この数百年は人間界侵攻が行われる事は無くなったが、ある程度年齢を重ねた魔人であれば、魔人が過去に人間界侵攻を数多く行ってきた歴史を知っているし、実際にそれを体験してきた者がほとんどである。



魔王ギラスマティアによって縛られてきたが、魔人のほとんどは心の奥底では人間界侵攻を望んでいる。——ブリガンティスはそう言いたいのだ。



「あなた、ギラスマティア様に忠誠を尽くす1番の魔人と先程言っていましたよね? ならばギラスマティア様の意思を継ぐのが普通ではないですか?」



「それはそれだ。俺はむしろ逆ではないかと思う。魔王ギラスマティア様亡き今、強き魔人によって再び魔界を統一される必要があるのではないか。多くの魔人の支持を得て、なおかつ最強の力を持つ魔王によってな。それが亡き魔王ギラスマティア様の願いだよ」



独自の理論を展開するブリガンティスを見るアルレイラの視線は厳しい。



「あなたがその魔王に相応しい者だと? 己の欲にまみれたあなたが?」



「それは分からないが、これから分かってくるんじゃないか? 誰が魔王の座に収まるべき者かがな。いずれにせよ、魔王は決めるべきだろう? あの混沌とした時代に戻る気か?」



魔王ギラスマティアの先代であった魔王が初代勇者に敗れた時から魔王ギラスマティアが誕生するまでの魔王が不在だった空白期間、その時代は魔界にとってかなり厳しい時代だった。


複数の勢力が乱立し、魔人同士の争いが延々と続くまさに混沌の時代だったのだ。


そこにこれまでほとんど発言をしなかったミッキーがここに来て、ブリガンティスの言葉に反応した。



「確かに魔王は決めるべき。あの方もそう願っているよ」



意外な人物の発言にガタンと音を立てアルレイラは席から立ちあがった。



「ミッキー殿まで!」



ミッキーの発言に意外感を示したものはアルレイラだけではなくブリガンティスも同じだった。



(……珍しいな。ミッキーが自ら意見を発するとは。……あの方? 生前のギラスマティアから何か聞いていたのか? ……まぁいい。俺にとっては好都合だ。ミッキーを連れてきたのが仇となったな! アルレイラ!)



「ミッキー殿もそう言っている事だし、やはり魔王は早いうちに決めるべきだな。俺としてはやはり魔王軍四天王筆頭であったアルジール殿が相応しかったと思うのだが、残念だ」



ブリガンティスはそんなことなど心にも思ってはいない。


アルジールが魔王ギラスマティアと共に消えた事をブリガンティスは心の底から2人を討ったであろう何者かに感謝していた。



「心にもない事を!」



「いやいや、そんな事はないぞ。俺はアルジール殿の実力を認めていた」



ブリガンティスはアルジールの実力だけは確かに認めていた。


そう、実力はだ。——それ以外の性格、出自、それ以外にもあらゆる面でブリガンティスはアルジールの事を認めてはいなかった。


だからこそブリガンティスとアルジールは長年に渡って、魔界を2分する争いをずっと続けていたのだから。



「さて、話は終わりだな? 俺も全ての魔族に認めてもらえるように行動しなくてはならないからな。お帰り願おうか?」



邪魔だから帰れと言外に言われたアルレイラだがなおもブリガンティスに食い下がる。



「待て、まだ話は終わってません」



「しつこいな、どれだけ話しても無駄だ。それに人間界侵攻は既に——」



ブリガンティスがそう言おうとしたその時だった。



会議室の扉が開かれ、ブリガンティスの配下の1人が会議室の中へと入ってきた。



「なんだ、おまえ。会議中だぞ」



ブリガンティスは入ってきた魔人を睨みつけるが、魔人はオロオロした様子でブリガンティスに耳打ちした。



「……なに?」



その時のブリガンティスの驚きの表情をアルレイラが見逃すことはなかった。



「どうしましたか? ブリガンティス」



アルレイラに問いかけられたブリガンティスは焦ったように更にアルレイラ達の帰りを促した。



「……なんでもない。アルレイラ殿達は早く帰ってくれ」



焦るブリガンティスにアルレイラは小さな笑みを浮かべながら更に言った。



「私達もその話には興味があります。私達にも関係のある話でしょう? そうは思いませんか? ミッキー殿」



アルレイラの言葉にミッキーが答える。起きているだけでもかなり珍しいミッキーがだ。



「うん、聞きたいかな。いいよね? ブリガンティス」



2人の四天王に問われ、拒否が難しいと観念したブリガンティスは魔人に命令する。



「おいっ、ここに通せ」


「えっ、いや、ですが」



オロオロする配下の魔人にブリガンティスは鋭く睨みを聞かせながら再度言った。



「いいから通せ」



すると、魔人は逃げるように会議室の外へ飛び出る様に出て行ったのだった。

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