第92話 魔人ミッキー

ブリガンティスの第2級魔法『シャドウバイト』は確かに発動されたはずだった。



…………。



「……えっ?」



静寂に耐え切れず、最初に言葉を発したのは四天王アルレイラだった。


予想した惨劇と結果がギャップが大きすぎて、思わず声が出てしまったのである。


攻撃されたはずのアルジール配下の魔人も何が起きたのか分からずキョロキョロと辺りを見渡していた。


そんな中、一番状況を冷静に見ていたのはシャドウバイトを行使したはずのブリガンティスだった。


そのブリガンティスが見る視線の先には四天王ミッキーがいた。


いつの間に起きたのかミッキーは気怠そうに薄眼でブリガンティスの事を見ている。



「うるさいよ、ここどこ?」



ここに来て初めて発言したミッキーに傍にいた配下の魔人がコソコソとミッキーに今の状況を説明し始めた。



「ミッキー様、ここはブリガンティス様の居城です。アルレイラ様の要請に答えて、私達と共にこちらに来たのではありませんか」



「……そんなこと聞いてない」



「確かにお伝えしました。お伝えしている途中でミッキー様が寝てしまったものですから私達がここまでお連れしたのです」



頓珍漢な会話だが、ミッキーは極めて素直に話しているだけだ。


うるさいから起きたのも本当だし、ここがどこか分からなかった事も本当。更にはアルレイラからそんな話があったというのもミッキーの記憶にはなかった。


そんな訳の分からない状況でミッキーはアルレイラから話しかけられた。



「ミッキー殿、ありがとうございます。我が愚弟の配下の者を助けて頂いて」



すると、ミッキーは目をごしごしさせながらアルレイラの事を見る。



「アルレイラ、いたの? 何の話か分からないけど私は変な感じがしたから、それを消しただけ」



「それでもありがとうございます。ギャガは所属こそは我が愚弟のアルジール軍ですが龍神族の民。龍神族の長として礼を言います」



「そう、よく分からないけどよかったねぇ」



アルレイラはミッキーに礼を言い終えると凄まじい剣幕でブリガンティスを睨みつけた。



「ブリガンティス! あなた、仮にも四天王筆頭である我が愚弟の配下の者に手を上げようとしましたね! 謝罪しなさい! 返答次第ではタダでは済ませませんよ!」



アルレイラの炎髪が薄っすらと光を帯びつつ、決して狭くない会議室の室内はアルレイラの膨大な魔力に覆いつくされる。



(……まずいな。思わずやっちまった。それにしてもミッキーのやつアレを防ぐか。相変わらず不気味な女だぜ)



確かに不気味だが、ブリガンティスはミッキーに勝てないとは思わない。


ブリガンティスは全然本気を出してはいないし、今まで本気を出しても決して勝てないと感じた相手に出会ったのはブリガンティスの長い人生の中でもたったの2人だけである。


ちなみにその中には目の前でブリガンティスに向けて殺気を放っているアルレイラは含まれてはいない。


決して簡単に勝てる相手ではない事は確かだ。



だが、タダでは済まないだろうが勝てない相手だとも思わないのがブリガンティスの率直な感想だった。



(つかあのクソガキが俺の事を弱小魔族って言ったのが悪いんじゃねぇか。……と言っても聞きそうにないな、ありゃあ)



目の前で殺気を放つアルレイラを見て、ブリガンティスはそう判断した。


アルレイラ一人相手なら勝機は十分あるが、この状況だとミッキーまで参戦してくる可能性も十分にある。


流石のブリガンティスもアルレイラとミッキー更にその配下全てを相手にして勝てると思うほど楽天家ではなかった。



「悪かったよ。だが、先に俺の事を侮辱したのはそこのガキだ。訂正しろ」



ブリガンティスが言うとアルレイラもアルジールの配下である龍神族の魔人ギャガを見る。



「す、すいませんでした。ブリガンティス……様」



ギャガの言い方が少し気になったブリガンティスだったが、アルレイラもブリガンティスの事を許したこの状況で話をぶり返すのは少々面倒くさく感じたブリガンティスはギャガの謝罪に目を瞑る事にした。



「話を元に戻しましょう。今すぐ、あなたが人間界に言って侵略を止めさせなさい」



アルレイラは話を戻し、ブリガンティスに要求するがブリガンティスもそう簡単に引くことはできない。



「だーかーらー、それは無理って言ってるだろう」



それに今から向かったとしても既にいくつかの町の占領は終わっているだろう。


全てブリガンティスの計画通りだが、今から向かったとしても無駄な事など分かりきっている。


そんな無駄な事に時間を使うほどブリガンティスは暇ではないのだ。


そんな事よりももっと有意義な話をするべきだろう。



折角四天王が自らやってきたのだから。

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