第86話 セラフィーナ

「なんだ、貴様は?」



空から舞い降りた大きな翼を生やした少女にゾデュスは声を荒げながら誰何すると、少女は怪訝そうな表情でゾデュス達を見た。



「あなた達こそこんなところで何をしているのですか? ここは……人間界でしょう?」



自信なさげに少女はそんな事を言う。


しかし、現在ゾデュス達がいるここは確かに人間界と魔界の境界近くではあるが、ギリギリ魔界側に入っている。——つまりここは魔界なのだ。



(なんだ、こいつは? ハルピュイアか? ブリガンティス軍にはこんなやついなかったはずだが? ミッキーのとこの魔人か?)



ブリガンティス軍はアルジール軍やアルメイヤ軍とは違い、他種族が混在しているがハルピュイアは少なくとも主要の魔人にはいなかったはずである。



となれば仮に目の前の羽の生えた少女が魔王軍所属の魔人であった場合、消去方でミッキー軍所属の可能性が高いのだ。



(ミッキー軍の主力の魔人だった場合、ここで争う事は避けた方がいいな)



魔王軍四天王ミッキーは他の3人の四天王とは違い、謎に包まれる部分が多い魔人である。


長きに渡って、他種族を率い人間界侵略を目標に掲げていた魔人ブリガンティス。


ただ人間界や魔界で好き勝手に暴れていたが、魔王ギラスマティアに忠誠を尽くし始めてからは大人しくなった四天王筆頭にして最強と名高い魔人アルジール。


その魔人アルジールの姉にして龍神族の長であり、アルジールと同じく人間界侵攻に消極的な魔人アルレイラ。


そして、魔王ギラスマティアの出現と時を同じくして突如台頭を始めた謎多き魔人ミッキー。


魔人ミッキーは今の今まで人間界侵攻に対して、何かを発信したことは一度たりともない。


ただ分かっていることは、魔王ギラスマティアさえも認めたという他の魔王軍四天王にも劣らない圧倒的戦闘能力と会議の際にも魔王の目すら気にせず寝続ける圧倒的胆力を持つ魔人だという事だけである。


仮に目の前の羽の生えた少女がミッキー軍主力の魔人であった場合、ここで争ってしまえばブリガンティス軍に対する魔人ミッキーの心象を著しく損なう可能性がある。


今現在、ブリガンティス軍に明らかに敵対心を持っている勢力はアルジール軍とアルメイヤ軍であり、ミッキー軍は目に見えてどちらかに肩入れしている状況ではない。


そんな状況でゾデュスが四天王ミッキーの事を刺激してしまえばミッキー軍までも人間界侵攻の反対派に回ってしまう可能性があり、いくら魔王軍内で数の上では最大勢力を誇るブリガンティス軍といえどかなりまずい状況に陥る可能性があった。


とはいえ、ゾデュスもブリガンティス軍軍団長の地位につく上位魔人の一人である。


相手の機嫌を著しく損なわない範囲で舐められないように対応しなければいけないのだ。



「ここは人間界ではなく魔界だ。我々は四天王ブリガンティス様の命で人間界侵攻の足掛かりを築くべく作戦中だったゾデュスという」



ゾデュスがそう言うと横にいたガデュスが驚いたように言った。



「えっ、兄貴ぃ~、それ言っちゃっていいのぉ~?」



「どうせ、すぐバレる」



ガデュスにそう言った上で、ゾデュスは目の前の大きな翼を持つ少女に言った。



「それでお前はどこ所属の魔人だ? 見た所ハルピュイア系の魔人のようだが?」



すると、目の前の羽の生えた少女は何が面白かったのかクスリと笑った。



「私がハルピュイア? 貴方には私がそう見えるの?」



そう見えるも何も、翼を持つ魔人としては竜族系の魔人が一番有名だが、明らかに目の前の少女は竜族には見えない。



他で目の前の少女に一番近い特徴を持つ魔人といえばハルピュイア系の魔人と考えるのが普通なのだ。


ゾデュスがどう返そうか迷っていると少女は更に続ける。



「ていうか人間界侵攻とか言ってたけど……まさか2人だけで? あなた達がそんなに凄い魔人には私には思えないのだけど?」



(このクソガキ! ぶっ殺してやろうか!?)



ゾデュスは内心で激しく怒りを燃やすが、相手の正体が未だ分かっていない段階でそれを実行しようとするのは悪手だという事は分かっていた。


だが、ゾデュスの我慢も虚しく、横にいた弟ガデュスの事にまで気をかけてまでいられなかったのはゾデュスの失策だろう。——まぁ結果的に見れば最善の選択になったのだが。



「てんめぇ~、兄貴が黙って聞いてるのを良いことに好き勝手言いやがってぇ~! 俺らだって、あのアールとクドウっていうE級冒険者さえいなかったら今頃——」



 ガデュスもゾデュスの肩を借りている時は大人しくしていたが、色々鬱憤が溜まっていたようである。

普通に考えたら当たり前の話である。


ガデュスは仲間がやられただけのゾデュスとは違い、実際にボコボコにアールとかいう冒険者に痛みつけられたのだ。


内心ではゾデュス以上に悔しい思いをしていたとしてもなんらおかしくはなかったのだ。


ゾデュスがガデュスの心からの叫びを止めようとするその前に少女がガデュスの言葉に割って入った。



「今なんて言ったの?」



ガデュスの言葉のどこに引っかかったのかは分からないが少女はそんなことを言った。



「あぁ? だからぁ~アールとクドウとかいうE級冒険者がいなけりゃ俺達の作戦は——」



「ちょっと黙ってて、今考えてるから」



自分から促しておいて少女はそんな事を言い出し、何か思案を巡らせているのか細い顎に手を当てている。


少しすると何かの結論に至ったのか少女はガデュスを無視して、ゾデュスにいきなりこんなことを言いだした。



「なるほど、分かったわ。あなた達に協力してあげる。一緒に悪の冒険者クドウを倒しましょう」



ゾデュスには目の前の少女の言っている事が理解できなかった。


少女がブリガンティス軍所属の魔人ではないことは間違いない。


となれば魔人であった場合、他の勢力の魔人という事になるのだが、それだとボスである四天王の許可を仰がずそんな事を言い出す理由が分からない。


魔人でないなら更におかしい。


魔人でないなら人間界侵攻を行う意味自体ないのだから。


そもそも目の前の少女がE級冒険者クドウの事をなぜ知っているのかも分からないのだ。



「よく分からないが、信じられないな。結局お前の所属も聞いていないし、お前の実力も定かではない」



「それもそうね、……私の名前はセラフィーナ。野良のハルピュイア系魔人よ」



「いや、さっき違うと言っていたではないか? しかも野良とはなんだ? ミッキー軍ではないのか?」



ゾデュスが異論を唱えるがセラフィーナはそんなことには構わず更に話を続ける。



「違うなんて一言も言ってないわ。そう見えるの? って言っただけよ」



確かに言ってはいないが、あぁ言えば否定と取るのが普通である。


セラフィーナはゾデュスの言葉などお構いなしに肩を真横に上げると、手のひらに魔力を集中させた。



「実力はとりあえずこんなものでどうかしら? ——ホーリー・デスプロ—ジョン!」



セラフィーナの手のひらから発せられた光の玉が高速で森の奥に消えたかと思った次の瞬間、大きな爆発音と共に半径数十mの木々を瞬時に爆発で吹き飛んだ。


 爆発音が止み、メラメラと火が燻る木々を見てゾデュスはセラフィーナに言った。



「……いいだろう。我らが盟主ブリガンティス様の元まで案内してやる」



そうして、ブリガンティス軍軍団長魔人ゾデュスの仲間にハルピュイア系魔人(嘘)の少女セラフィーナが加わったのだった。

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