第78話 ギー君の魔力?

「なんだ! これは!」



そう言い放った後、言葉を失ったフィーリーアから次に出た言葉は——



「可愛い! なんだこの生物は!」



ちょこっとだけ飛び出ている角。くりっくりの瞳。ぷにぷにの白い肌。


どこをどう取ってもそれ以外の感想以外ありえないほどの絶望的までの愛らしさがそこにはあった。



「申し訳ありません、種族は分からないという事です。少なくても魔界の有力種族ではないとのことです。……可愛いのは同意します、うふふ」



満面の笑みで言うアクア。


それは仕方ないことだろう。


この子のまぶしい笑顔を見て、それ以外の表情を浮かべる事など物理的にも生物学的にも不可能だ。



「母様、返してー」



下の方からそんなシルフィルの声が聞こえてきた気もするが、きっと幻聴に違いない。


フィーリーアが赤子の頬をぷにぷにしていると赤子がフィーリーアの指を小さな手で握ってきた。



「ぎゃー!」



フィーリーアが絶叫を上げる。



「ど、どうされましたか! 母様!」



心配そうにフィーリーアを見るアクア。


赤子とはいえ魔人の子だ。もうすごい力で握られたの可能性もなくはないが。



「……可愛い、うふふふ」



どうやら萌え死にそうになっただけだったらしい。


まぁアクアにも気持ちは分からないでもない。


この可愛さは反則である。



「この子の名はなんだ? もし無いなら私がつけてしまってもいいのだよな? ていうか私がつけたい!」



アクアは両手が塞がっているフィーリーアに手紙の裏面を見せた。どうやらそっちに名前が書いてあったようだ。



「なになに、ギラスマティア=メルボラ……って長いわ! ギー君だ! この子はギー君と呼ぶことにするぞ!」



フィーリーアがそう言うと懐の赤子がきゃっきゃと笑い声を上げた。



「なになに、ギー君も気に入ったか? うふふふふ」



ギー君が笑ったのに特に意味はない。


そんな意味のないギー君の一挙手一投足全てにフィーリーアは夢中になってしまう。


これは一種の麻薬。


今日までの不機嫌な気分はどこに行ったのか。


フィーリーアの心は今、愛に満たされていた。


そして、フィーリーアは高らかに宣言した。



「決めた! 私がこの子を育てるぞ! この子は今日から私の子だ! うふふふふふ」



「それはいいですね! 遂に私にも弟が!」



「お姉さま、ガイア兄ちゃんがいるよ」



ガイアはアクアのれっきとした弟である。



「アレは生意気でダメです。真の弟はこのギー君なのですよ。分かりましたか? シルフィル?」



蚊帳の外に追いやられていたガイアは実の姉から知らない間に非弟宣言を受けたが、フィーリーアは特にそれを咎める事はしなかった。



今もきゃっきゃと笑うギー君に夢中なのだ。



「ギー君、母様ですよー、うりうりー」



フィーリーアはギー君のほっぺをぷにぷにしている。



「……ガイア兄ちゃん可哀そう」



ガイアの事を唯一、心配していたシルフィルだったが、そんなシルフィルも遂にギー君の魔力に屈してしまう。



「母様―、私もー! うりうりー」



「うりうりー」



「うりうりー」



そうして、聖竜女王の城の外で捨てられていたギー君は聖竜女王フィーリーアの子となったのであった。

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